論創ミステリ叢書から『三遊亭円朝探偵小説選』を読む。ラインナップのマニアックさでは他の追随を許さない論創ミステリ叢書だが、本書はひときわマニアック。なんと近代落語の祖とも言われている三遊亭円朝の創作落語から、探偵小説的な作品をまとめているのだ。
三遊亭円朝といえばまずは「怪談牡丹燈籠」あたりはすぐに思い浮かぶけれども、それ以外に探偵小説まで落語にしているとは知らなかった。

「英国孝子ジョージ・スミス之伝」
「松の操美人の生埋」
「黄薔薇」
「雨夜の引窓」
「指物師名人長二」
収録作は以上。落語とはいえなんせ明治初期の作品。読むのにかなり難儀するのではのではないかと思ったのだが、語りをそのまま活字化したものらしいので、思ったよりは読みやすいのでひと安心である。こういった落語や講談などの口演を速記によって筆録した刊行物を速記本というのだが、これらの速記本が明治文学における言文一致運動にも大きく影響を与えたということだ。
ただ、落語の言い回しゆえか、ひとつひとつのセンテンスをすぐに終わらせずに読点でつなげていくので、けっこう文章は長い。加えて独特の表現も多いし、聞いている分には心地よいのだろうが、読む分においてはまずこのリズムに乗ることが肝心である。まあ、それでも文語体よりは全然楽なので、変に構えずに読むほうがかえっていいだろう。
内容的には探偵小説というよりも犯罪小説に近い。そもそも創作とはいえ、実はこれらの作品は海外の小説を元にしていたらしく、言って見れば黒岩涙香らの翻案小説と同じようなものである。登場人物や地名、設定もすべて日本に置き換えているのだけれど、これが意外なまでに違和感なくすっきりと落とし込まれているのはさすがだ。
とはいえ普通のミステリに対する興味と同じ次元で読むのはさすがにオススメできない。端から探偵小説としての期待はせす、あくまでミステリの一般教養として読むのがよろしい。そういった興味がない人にはやはり辛いだろう。
そんなわけで管理人も全編楽しめたかというと素直に認めにくいとところはあるのだが(苦笑)、モーパッサンの短編「親殺し」の翻案といわれている「指物師名人長二」は推しておきたい。
これは長二という職人が主人公。自分を捨てた親と再会するが、それを頑として認めないことから殺害に至るというストーリー。面白いのはここからで、長二は実の親を殺したのだから死罪にしろというのだが、周囲の人々は彼の人柄と技術惜しみ、奉行もなんとかして長二を助けようとする。この展開がかなり意表を突くというか、真相を含めて探偵小説的なのである。
ところで当時(明治時代)は、こういう長い物語を毎日、続き物として出すのが割と普通のことだったらしい。真打が演じるこれらの物語は”落語”ではなく”噺”と呼ばれ、”落語”といえば前座が演じる滑稽噺や小咄を指していたという(もちろん今では全部まとめて落語になっている)。以上、蛇の足でした。