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 ちょっと珍しいところで土英雄の作品集『あてどなき脱出』を読む。探偵小説好きでも土英雄を知っている人は少ないかも知れない。光文社文庫のミステリー文学資料館/編『江戸川乱歩と13の宝石 第二集』にその短編が収録されているぐらいで、一般的な知名度はほぼ皆無だろう。版元もまた長崎文献社という馴染みのない地方出版社である。

 土英雄は本名を土山秀夫という。一般的な知名度はほぼ皆無と書いたばかりだが、これはペンネーム土英雄での話。本名の土山秀夫としては、医学者にして元長崎大学学長という肩書きを持ち、かつ被爆体験者として社会的な活動をされていることでも知られている。
 どういった経緯で探偵小説に筆を染めることになったかは不明だが、若い頃から(昭和三十年頃)探偵小説誌『宝石』に投稿し、乱歩に評価されて数編が本誌に掲載された実績をもつ。惜しいことに(探偵小説界にとっては、だが)同時に医学の分野でも認められ、客員研究員としてアメリカの大学にも派遣されるなどしたが、そのまま創作からは疎遠になってしまったようだ。

 あてどなき脱出

「あてどなき脱出」
「深淵の底」
「影の部分」
「妄執」
「切断」

 収録作は以上。 「あてどなき脱出」のみ昭和五十年頃に書かれた中篇で、まったくの未発表作品。その他は『宝石』に収録された短編から採られている。多かれ少なかれどの作品にも医学的なテーマやモチーフが用いられているのはさすが医学者。そしてここが肝心なところだが、予想以上に出来がいいのである。
 ただし、表題作の「あてどなき脱出」だけはやや期待はずれ。大戦中のナチスドイツを舞台にしたスリラーで、収容所脱出という設定自体は悪くないのだが、いわゆる探偵小説を期待すると肩すかし。脱出劇が中途で終わっていることも不満である。
 それに比べて「深淵の底」以降の短編は、探偵小説としての出来も雰囲気もなかなかのものだ。異常心理ものからタイムサスペンスものまで、短いながらも全体的に不穏でピリピリした緊張感に包まれ、これが実に心地よい。

 ちなみに版元の長崎文献社は長崎県の地方出版社である。著者の探偵小説的知名度や作品数を考えると、論創社でも今回のような本は難しかったはずで、よくぞ長崎文献社は出版に踏み切ったなぁと思う。素直に感謝。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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