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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ハリー・スティーヴン・キーラー『ワシントン・スクエアの謎』(論創海外ミステリ)

 ハリー・スティーヴン・キーラーの『ワシントン・スクエアの謎』を読む。
 キーラーの長編作品が刊行されるのは本邦初である。当然ながら一般の知名度はほぼ皆無。ミステリファンでも論創社の本が出て初めて知ったという人も多いのではないかと思うが、実はこの作家、海外では「史上最低のミステリ作家」とか「ミステリ界のエド・ウッド」と呼ばれるぐらい、一部のマニアにはカルトな人気を誇る作家なのだ。
 活躍したのはなんとミステリ黄金期、当時は普通に人気があったようで著作は七十作以上に及ぶのだが、1940年代頃から人気が下火となり、50年代には表舞台から消えてしまった。
 日本では翻訳家の柳下毅一郎氏らが早くからこの作家の特異性について注目しており、ホームページで詳しく紹介していた>詳しくはこちら
 管理人もこういう情報で噂だけは知っていたので、果たしてどれぐらい最低でどのぐらい特異なのか、近年ここまでワクワクして読んだ海外ミステリはない。なんせ何年か前には論創社さん自らが無理とつぶやいていたぐらいなので(苦笑)。

 まずはストーリー。 シカゴのワシントン・スクエアで一人ベンチに腰かけている青年がいた。名前はハーリング。彼は仕事で大きな失敗をしたため、その手がかりを追ってサンフランシスコからやってきた。だが万策は尽き果て、所持金も残り僅か。
 そんな彼が目にしたのは、自由の女神像が12個しかないエラー硬貨を持ってくれば5ドル払うという奇妙な新聞広告だった。ハーリングは偶然その硬貨を持ち合わせていたが、あいにく広告主のところへいくほどの金がない。金目のものはないかと近くの廃屋に忍び込んだところ、そこで見つけたのは男の死体。しかもなぜかそこへいきなり警官が現れて……。

 ワシントン・スクエアの謎

 ううむ、確かに妙な作風である。ただ、本作に限っていえば基本的には巻き込まれ型のスリラーで、テンポも早く、正直予想していたほどひどい作品ではなかった。もちろん間違っても傑作とはいえないし、純粋にミステリとしてみればせいぜい並といったところである。
 だが読んでいるといろいろな意味で引っかかる点が多く、確かに他の作品を読んでみたいという気持ちにならないわけではない。
 とりあえずその引っかかったポイントをいくつか挙げてみよう。

 まずは複雑に入り組んだプロット。キーラーは自らの作風をwebwork novelと称しており、複数のプロットやエピソードが人や物を介してクモの巣のように繋がり、絡み合う物語を最優先していたらしい。本作でもメインの殺人事件だけなら恐ろしいほどシンプルな話なのに、硬貨の話やら何やらが絡んで、それがのっけから立て続けに発生するため、読者は先がまったく予想できない。

 続いては御都合主義の多さ。プロットが複雑な割には、そのつながりが偶然によっていることが極めて多い。そのときはあとで必然性が明らかになるのだろうと思っていると、本当に偶然だったりする。おかげでテンポは早くなり、何が連鎖するかわからないため、やはり読者は先が予想できない。

 三つ目は「読者への挑戦」。こんなものが入っているとクイーンばりの正統派本格探偵小説かとも思えるが、実際はまったくそんなことがなくて、むしろ「読者への挑戦」以降にも新事実が出てくる始末である。なぜそんなアンフェアな真似をするのか、あるいはアンフェアなのになぜ「読者への挑戦」などを入れているのか、そもそも「読者への挑戦」の意味がわかっているのか。

 最後に結末の意外性。良い意味ではない(笑)。
 これもプロットの問題とも関連するが、メインのストーリー展開は何だったのだというぐらい本筋と離れたところに真相がある。その犯人や動機も恐ろしいぐらい腰砕けで、「まさかそうくるとは」というサプライズはある意味、非常に得ることができる。

 挙げていくときりがないので一応まとめに入るが、深読みはできるけれども、やはり基本的にはミステリがヘタなんだと思う(笑)。ミステリとしての要素はそれなりに揃っているのだけれど、それの組み合わせやバランスの勘所が著しく悪い。そしてその原因は、本書の解説や柳下氏のホームページでも書いてあるがキーラーのミステリに対する解釈が一般のそれとズレていることにある。
 キーラー自身はミステリを普通に書いているつもりでも、そのズレがいい按配に収まって、結果的に奇妙な味(といっていいのかどうか)に昇華しているのである。いわゆる"天然”。まあ、これを狙ってやっているならキーラーは天才と言えるだろうが、おそらくそれはない(苦笑)。

 実際こういうタイプの作家はほとんどいないだろうが、むちゃくちゃ強引にいうと、リチャード・ホイトの作品とかジョエル・タウンズリー ロジャーズの『赤い右手』、シニアックの『ウサギ料理は殺しの味』あたりは、キーラーの持つ魅力にやや近いものを感じる。これらの作品がぴんと来た人は、ぜひキーラーを試すべきだろう。
 ちなみに管理人としてはこの一作だけでまだ評価をくだす気にはなれないので、論創社さんには頑張ってもらって、少なくとももう一、二作は読ませていただきたいものである。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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