ハーバート・ブリーンの『メリリーの痕跡』を読む。
著者は主に1940年代後半から60年代にかけて活躍した、当時のアメリカでは珍しい本格探偵小説の書き手。かの乱歩をして、カーの作風を継承するものとして言わしめたブリーンだが、そのイメージ、実はちょっと違うんじゃないのというのが本書。
まずはストーリー。雑誌記者のウィリアム・ディーコンは、恋人のトゥイッケンハム、友人のドーラン夫妻と共に豪華客船モンマルトル号に乗り込んだ。一見すると友人同士で楽しむ旅に見えたが、実はディーコンには秘密の使命があった。秘密裡に乗船した映画女優メリリー・ムーアを警護しなければいけないのだ。
ディーコンは船内で無事、メリリーと落ち合ったが、そこで奇妙な話を告白される。なんと彼女には予知能力があり、緑色の顔の男が首を吊っている夢を見たというのだ。果たしてそれは予知夢なのか。半信半疑のディーコンだったが、彼女の周囲にいるものが次々に殺されて……。

ミステリの出来としてはまずまず。
本作でいえば殺人事件という柱のほかに、メリリーの超能力は本物なのかというサブ的な謎や主人公の三角関係というロマンスも盛り込まれて、リーダビリティはなかなか。航海中の船上という閉ざされた空間による舞台設定も効果的だ。
ただ主人公の使命があくまでメリリーの護衛であり、事件の真相を解き明かすことではないため、謎解きものとして見た場合やや散漫な感じも受けるのは残念。とはいえ語り口は柔らかく、ユーモアも多いので退屈はしないだろう。
先に書いたように、ブリーンの作風については、これまではあくまで本格探偵小説として語られることが多かった。しかし実はそんなにガチガチしたものではなくて、都会的な語り口やユーモアを楽しむ緩めの本格風味ミステリーではないかというのが解説にあって思わず納得した。
その例としてネルソン・デミルやデヴィッド・ハンドラーの名前が挙げられており二度納得である。ハンドラー、確かにいいところを突いている。
とはいえ恥ずかしながら管理人はほかのブリーン作品といっても代表作『ワイルダー一家の失踪』ぐらいしか読んでいないので、あくまで二冊読んだだけでの印象である。最終的な判断はもう少し持ち越しで。