戸川昌子の短編集『黄色い吸血鬼』を読む。戸川昌子は『大いなる幻影』で乱歩賞を受賞した女流作家。今ではそれほど読まれることもないのだろうが、ひと頃はシャンソン歌手という経歴や特異なキャラクターもあってテレビにもよく出ていたし、何より作品がよく売れていた。
作風は乱歩賞受賞作家ながら本格というよりサスペンスやスリラー中心。エロティシズムやセックスをテーマとすることが多く、そのあたりも読者を多く掴んだ要因だろう。
ただ、エロティシズムやセックスといっても、彼女の作品は単なるお色気路線ではない。そのジャンルの特殊さや発想の豊かさにこそ注目しなければならない。ぶっちゃけると、人はどこまで変態チックに走れるかがポイントであり、そこから発生する悲劇、滲み出る男女の心理が読みどころとなるのだ。

本書はそんな戸川昌子の傑作選である。出版芸術社の「ふしぎ文学館」の一冊だからある程度の水準は保障されているし、実際、なかなか読み応えのある作品ぞろいだった。まずは収録作。
「緋の堕胎」
「人魚姦図」
「円卓」
「変身」
「疑惑のしるし」
「蜘蛛の糸」
「ウルフなんか怖くない」
「猫パーティ」
「蟻の声」
「砂糖菓子の鸚鵡」
「誘惑者」
「黄色い吸血鬼」
いきなりになってしまうが、冒頭の「緋の堕胎」は本書中のベスト。
金儲けに走り、違法行為を積み重ねる堕胎専門の医者。その妻で、新興宗教に走り、夫を責め続ける女。医者の言われるまま違法行為に手を染める助手。ある日、中絶にやってきた女性患者が行方不明になったことで、彼らの微妙な関係が崩れ始める。
重苦しさを通り越して吐き気さえ覚えるような密度が秀逸。事件の全貌が明らかになったとき、さらにダメージ必至である。
次点は表題作の「黄色い吸血鬼」。舞台は吸血鬼への血液提供者が監禁されている寮。その血液提供者の一人の眼を通し、吸血鬼や血液提供者、寮の様子が語られる。
ファンタジックな世界観でありながら、物語が進むうち、どうやら語り手が信頼できない存在であることに気づかされる。お見事。
三位は「ウルフなんか怖くない」を推す。ミステリ的な興味は低いけれども、とことん人間の業の深さを見せられる作品であり、戸川昌子は下手に技巧に走るより、こういうタイプの方が合っている気がする。
このほか人魚と人間の相姦を描く「人魚姦図」、犬の着ぐるみで女性を襲う「変身」、蟻による拷問が恐ろしい「蟻の声」など、もう尋常ではないシチュエーションが目白押し。エロ耐性が低い人にはちょいとあれだが、戸川昌子の発想の奔放さを存分に愉しむなら、まず文句無しにおすすめの一冊といえるだろう。