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 「ミステリ珍本全集」から下村明の『風花島殺人事件』を読む。
 お初の作家ではあるが、名前だけは知っていた。本書の解説にもあるとおり、鮎川哲也編纂のアンソロジー『硝子の家』に収録された山前譲「必読本格推理三十編」にその名が載っていたからだ。
 その当時三十編すべてを読んでいたわけではなかったが、必読と謳っているぐらいなので作品はどれもメジャー級。ところがその中で名前すら知らなかった作家がいて、それが下村明だった。入手が困難なのも下村明がおそらく筆頭で、それだけに一度は読んでおきたい作品だったが、ようやく念願がかなったわけで、しかも怒濤の長篇三作収録(プラス短篇一作)。毎度のことながら実にありがたい。 

 ただ、本書についている月報に山前氏のコラムが載っており、それには苦笑した。
 ありきたりの作品ばかりではあれなので、どこかに捻りを入れたくなり、そこで下村明『風花島殺人事件』をランクインさせたのだが、今思うとそこまでの作品ではなかった、過大な期待を抱かせてしまってすまんすまんという内容である。
 まあ、そのおかげでこうして本になったのだから、誰もそれについて文句は言わないだろうし、わざわざそれを月報に載せることもない。あまり気にする必要もないと思うが、律儀な方である。

 ちなみに下村明についてだが、こちらは残念なことにその経歴などはほとんど不明らしい。1950〜60年代にかけて二十作ほどの著作があるので、それなりに人気はあったはずだが、本来は柔道をテーマにしたものや活劇系の娯楽小説が中心だった。探偵小説に手を染めるのは60年代に入った頃で、どういう心境の変化があったのか気になるところである。

 それはともかく。そろそろ本題に入ろう。まずは収録作から。

『風花島殺人事件』
『木乃伊の仮面』
「消された記憶」(短編)
『殺戮者』

 風花島殺人事件

 まずは表題作の『風花島殺人事件』。
 青江糸代という女性から失踪した内縁の夫・花紋を探してほしいと依頼された私立探偵の葉山。花紋は大分県の風花島という小さな島の網元であり、湯治で別府にきたときに看護で派遣された糸代を気に入り、島を出て一緒に暮らすようになった。
 その頃、風花島では花紋の正妻・多加江が失踪し、翌朝絞殺死体で発見されるという事件が持ち上がっていた。容疑は失踪中の花紋にかかるが、彼は失踪する夜の十時ごろまで囲碁クラブにいたことが目撃されている。
 葉山は風花島に渡って調査を続行するが、そこで過去の因縁を老婆から聞かされた……。

 大分県が舞台のミステリというのは珍しい。地方色を活かし、風花島での複雑な人間関係、過去の因縁など、横溝正史を彷彿とさせるネタが散りばめられているのが微笑ましい。ただ、変に真似るとかではなく、あくまで素材として真面目に本格探偵小説にアプローチしているのは好感が持てる。台風と事件を絡める展開は面白いし、盛り上がりとしてもなかなか。
 ただ、島と本土を行ったり来たりというのはやや興醒め。中盤からは島オンリーで進めた方が効果的だったと思うが。
 とはいえ探偵と女助手のキャラクターや掛け合いも含め(ちょっとB級ハードボイルドのノリ)、なかなか楽しめる一作である。


 続いては『木乃伊の仮面』。
 しがない興信所の所長・浅丘は出版社社長・笠松の妻・加根子から浮気調査を依頼される。あっさりと浮気の事実を掴んだ浅丘はさらに笠松の弱みを調べ上げるよう依頼を受けるが、そこで明らかになったのは、笠松が戦時中に犯した、ある出来事だった。
 だが加根子に郵送したその報告を笠松が先に手に入れ、笠松は浅丘にこれを秘密にしてくれるよう頼み込む。笠松の事情も考慮して伏せておくことにした浅丘が、その見返りとして受けたのは笠松からの仕事の依頼だった。
 笠松は加根子と別れ、浮気相手の律子と結婚するつもりなのだが、なぜか律子が承諾しないというのだ。その理由を笠松は知りたがっていた。浅丘はさっそく調査を開始したが……。

 『風花島殺人事件』に比べると舞台設定はかなり通俗的でB級ハードボイルド臭さが漂うのだが(むろん味としてはそれもまたよし)、笠松の絡む過去のある出来事というのがけっこう独創的で、この出来事と律子の身辺調査が交差するあたりから俄然、盛り上がってくる。最初の浮気調査からこの展開は予測できなかっただけに、出来としては『風花島殺人事件』と甲乙つけがたい。
 惜しむらくはミカンのトリックを適当に流してしまっているところ。肩すかしをくらった感じで、この中途半端さが何とももったいない。
 ちなみにこの作品も探偵と女助手という組み合わせであり、やりとりが同様に楽しめる。


 息抜きというわけでもなかろうが、お次は短編「消された記憶」。もともとは『木乃伊の仮面』刊行時にも収録されていたので、本書でも一緒に収録したとのこと。
 若い妻をもらい、仕事も順調な出版社社長。だが最近、記憶が抜け落ちていることが多く、妻や部下にも指摘される始末。そんなとき自宅の庭で死体を発見し、あわてて警察を呼ぶが、なぜか死体は消え失せていた……。
 ウールリッチにありそうな記憶喪失もの。当時はともかくさすがに今では簡単に先が読めてしまうのだけれど、雰囲気は悪くないし、ラストもいいセンスである。


 トリを飾るのは『殺戮者』。長篇という体だが、中は大きく三つの話に分けられ、言ってみれば連作形式である。
 終戦後、中国に捕虜として収監されている日本兵たち。日本へ帰ることを夢見る彼らはそれなりの秩序を保っていたが、もはや階級なども大きな意味をもたない状況であり、上官も一兵卒も特殊な緊張に包まれながらその日を送っていた。
 そんなとき五瓶軍曹は看護婦長から奇妙な相談を受ける。かつて卑劣な振る舞いをした兵士がいて、口封じのために自分を殺すのではないかというのだ。しかし、その兵士が誰かわからないため、五瓶に調べてほしいというが……。

 終戦後の復員兵の様子や心情が描かれ、退廃的で殺伐としたムードが全編を覆っているのが特徴的。探偵小説としては小粒で、他の二作に比べると出来は落ちるが、それでもきちんとした謎解きもののスタイルをとっており、まったくブレがない。
 ストーリー展開もしっかりしたもので、連作という枠組みをきちんと活かしたプロットもいい。本格としての弱さはあるが、好みだけで言えば本書の中ではもっとも惹かれた作品だ。


 さて総括。全体的には十分に楽しめる一冊だった。
 どれもフーダニットを基調としつつ、非常に丁寧に書かれた本格探偵小説という印象で、謎の提示から回収までしっかりと構築されている。プロパーではない作家が書いた本格探偵小説としては十分なレベル。上で書いたように山前氏が必読三十編に入れたことを詫びていたけれど、そんなに捨てたものではない。むしろ当時の本格作品と比べても遜色ない出来だろう。
 大がかりなトリックなど、これぞ本格といった武器を持たない点が忘れられた作家になった原因のひとつかなとは思うが、ストーリー構成も手慣れたもので、逆にこれだけの水準の作品を書いていて消えてしまったのが不思議なほどだ。
 文章も悪くない。特別美文というわけではないが、非常にこなれていて読みやすく、描写も上手い。主人公が軍人だったり、興信所の探偵といった設定ということもあって、気持ちハードボイルド調の文体で、比喩もなかなか決まっている。ここは同時代の作家に比べても勝っている部分といえるだろう。

 ともかくこれは読めてよかった。「ミステリ珍本全集」、確かに最初はトンデモなものが多かったが、ここのところは内容的にもレベルの高いものが多くて嬉しいかぎり。三橋一夫も楽しみだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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