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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ディディエ・デナンクス『カニバル(食人種)』(青土社)

 ディディエ・デナンクスの『カニバル(食人種)』を読む。デナンクスはフランスの作家で、ミステリという体裁をとりながらも、扱うテーマはフランスが抱える歴史の暗部や恥部をえぐるものが多く、内容は極めて硬派。
 本作もまた1931年に開催されたパリ植民地博覧会に秘められた事件をもとにしており、もはやミステリですらないが、冒険小説的な味付けがされており、むしろ『記憶のための殺人』や『死は誰も忘れない』のようなミステリよりも取っつきやすい読み物となっている。

 カニバル

 さて、その事件。今では“パリ植民地博覧会”という名称だけでも既に噴飯ものだが、当時のフランスは多くの植民地を有しており、その世界中の領土から特産品を集めて披露しようとしたのである。
何よりひどいのは、なんと“人”まで展示しようとしたことだ。
 フランスはカナック(ニューカレドニア)の若者数十人をパリ旅行と偽って連れ出し、劣悪な環境で“食人種”を演じさせた。さらにはフランスがドイツの動物園から借りてきたワニが大量死してしまったため、ドイツの動物園にその代わりとして三十人のカナックを貸し出してしまう。

 もう無茶苦茶である。国家の威厳を世界にアピールしたい政府は今も昔も変わらないが、人種差別に関しては圧倒的な酷さ。アメリカの人種差別もひどいが、ヨーロッパのそれは自分たちが正しいことをやっているという認識のうえでなされているイメージがあり、より根深い感じである。

 本作の主人公はそんなフランスに連れてこられたカナック族の若者ゴセネ。
 彼は恋人とともに連れてこられたが、彼女がドイツの動物園送りになったことを知り、彼女を連れ戻そうと決意する。そして仲間の一人とともに脱走し、ドイツへ向かおうとするのだが……。

 本作は決して純粋な冒険小説ではないのだが、それでも主人公のパリでの活躍は非常に面白く読むことができる。
 普段は近代文化と切り離された生活をしているから当たり前のことなのだが、見るもの聞くものすべてが知らぬものばかり。それでも多少の知識をもとに考え、ときには親切な人々の手を借りながら、なんとかドイツへの道を探そうとする主人公。事実をもとにしているとはいえ、それなりに膨らませているところもあるのだろうが、ストーリーはけっこうスピーディで引き込まれる。
 いかんせんボリュームが中編程度なのでお腹いっぱいにはならないけれども、テーマがはっきりしていることもあり、まずまず読み応えのある一冊だった。


ディディエ・デナンクス『死は誰も忘れない』(草思社)

先日読んだ『記憶のための殺人』に続き、ディディエ・デナンクスをもう一冊。ものは『死は誰も忘れない』。

 まずはストーリー。
 寮制の職業専門学校で孤独を噛みしめる少年リュシアン。あるとき同級生から「人殺しの息子」と罵られた彼は、寄宿舎の近くにある池で自殺する。体面を重んじる学校は自殺として処理を図る。
 二十四年後、リュシアンの両親、ジャンとマリーのもとへある若い研究者が現れた。ジャンが若い頃に体験した第二次大戦時のレジスタンス活動について取材したいのだという。ジャンは対独協力者を処刑した容疑で、戦後になってから投獄された過去があったのだ。ジャンは自分の過酷な体験を話し出すが……。

 死は誰も忘れない

 著者の興味は謎解きではなく、人間の闇や社会の暗部にある。日本流にいいえば社会派であり、フランス版松本清張みたいなイメージをもってもらえればよいだろう。『記憶のための殺人』もミステリーの体裁をとりつつアルジェリア移民に絡むフランス現代史や行政システムの課題に迫る作品だった。
 本作はそれがよりいっそう顕著な作品で、戦争の悲劇はもちろんのこと、フランスの司法システムにもアプローチする内容となっている。ほとんど戦争小説といってもよく、そこにミステリ的な味付けがされているぐらいの印象である。

 したがってミステリとしてはやや期待はずれだったが、小説としてはなかなか読ませる。
 物語のほとんどは過酷なレジスタンス活動の内幕であり、祖国を取り戻すという大義名分はありつつも、その手段はやはり暴力である。組織に入ったばかりのジャンをはじめとする末端の人々は、自分がどういう活動をしているのかも知らされず、ただただコマとして動くのみ。そこには個人の感情が入る余地はなく、ときには人の命も奪わなければならない。また、敵はドイツだけでなく、フランス人同士での対立や裏切りも少なくない。
 そういった非情な世界を、デナンクスは実に迫真性をもって描写してゆく。あとがきによるとレジスタンスの部分はほぼ実話に基づいているとのことで、そのリアルさも納得である。

 上でミステリとして期待はずれとは書いたが、要素だけをとってみると、実はミステリとしても傑作になった可能性はある。ジャンが巻き込まれた事件に潜む秘密、全体に仕掛けられたある仕掛けは、アイディアとして全然悪くない。
 トマス・H・クックあたりが手掛けたら相当いい感じに仕上がっていたと思うのだが、いかんせんそういう山っ気とはデナンクスは無縁らしく、割とさらっとまとめているのがもったいないところだ。


ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社)

 かつて草思社が〈ロマン・ノワール〉というシリーズ名でフランスミステリを発刊したことがある。だが日本の翻訳ミステリシーンに新風を吹き込むところまではいかず、ジャン・ヴォートランとデイディエ・デナンクスの二人を紹介しただけで、割合に早く頓挫してしまった。
 とはいえ作品がつまらなかったわけでは決してない。ジャン・ヴォートランの『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』は「このミス」1996年度ベストテンに入ったほどで、一般にウケる作品ではないのだけれど、捻くれ具合が悪くなかった。その後文春文庫から出た『グルーム』はストレートに狂気を孕んだ物語で、こちらもなかなかの出来であった。

 一方のデイディエ・デナンクスだが、こちらは読む機会を逸したまま、はや十年以上の積ん読。今度、草思社からハメットの短篇集が出るというニュースを知り、そういえば草思社って昔ミステリを出していたよなぁと思い出したのがデナンクスの作品だった。まあ、こういうキッカケでもないとなかなかこの辺りの作品は手に取らないので、興味が失せる前にあわてて読んでみた次第。
 デナンクスの作品は草思社から都合三冊刊行されたが、まずは『記憶のための殺人』。

 1961年、パリでは大規模なアルジェリア人のデモが行われ、その最中に一人の歴史教師が殺害された。機動隊の制服を着た何者かに襲いかかられ、頭部を撃たれたのだ。
 それから20年後、歴史教師の息子が恋人とともにフランス西南部の町トゥールーズを訪れていたが、公文書館を出た直後に射殺されるという事件が起こる。捜査を担当した刑事のカダンは二つの事件に関連があるのではないかと考えるが、やがてフランスの抱える闇に直面してゆく……。

 記憶のための殺人

 フランス現代史を背景にしたミステリで、二十年越しの二件の殺人という設定と導入は魅力的だが、正直な話ミステリとしてそれほどスリリングというわけではない。謎が明かされる過程も意外に淡々としており、全体にフランスのミステリ作家はこの辺りが英米の作家に比べると淡白なのが残念だ(ポール・アルテや最近のルメートルなどはこういう部分が負けていないからこそ、日本でもあれだけ評判になったのだろう)。

 ただ、フランスの作家が犯罪の謎に興味がないかというとそんなことはなく、その謎をどこに置くかが異なるのである。例えば本格作家がトリックやロジックに謎を設定するように、フランスの作家、特にノワールの作家は個人の内部にある闇、さらには社会システムの暗部について設定する。
 そういう意味では、本作におけるデナンクスの視線は間違いなくフランスの現代史に向けられており、ひとつの問題定義をストレートに行っているのが大きな特徴である。

 惜しむらくはそういうアプローチが、もう少し物語としての面白さに直結していれば、ということ。本作も一応フランス推理小説大賞受賞作なのだが、お国柄もあるのか、面白がるポイントはやはり違うのかねぇ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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