本日は論創ミステリ叢書から『戸田巽探偵小説選I』を読了。
戸田巽は神戸出身。戦前から戦後にかけて活躍した作家だが、その本業は百貨店勤務というアマチュア作家で、活動の舞台もほぼ地元関西の探偵小説誌に限られていた。
当然ながら作品数も多くはない。本書が刊行されるまでに多少なりとも読めたのは、光文社文庫の『探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)』に収録された「目撃者」。同じく光文社文庫『「新青年」傑作選』に収録された「第三の証拠」、ハルキ文庫の『怪奇探偵小説集2』に収録された「幻のメリーゴーラウンド」ぐらいという稀少さ。幻の作家扱いされるのもむべなるかなという感じである。

収録作は以下のとおり。本書に続いて『〜II』も出ているが、発表順に構成しているようで、本書に収録されているのはすべて戦前に書かれた作品である。
「第三の証拠」
「財布」
「三角の誘惑」
「或る日の忠直卿」
「LOVE」
「目撃者」
「隣室の殺人」
「或る待合での事件」
「出世殺人」
「三つの炎」(連作「A1号」第四話)
「幻のメリーゴーラウンド」
「相沢氏の不思議な宿望工作」
「南の幻」
「ムガチの聖像」
「吸血鬼」
「退院した二人の癲狂患者」
印象に残った作品をいくつか。
「第三の証拠」は殺人を犯した男の鉄道での逃避行を描いた物語。警察への恐怖に加え、なぜか親切にしてくる同乗した男の真意がわからず、主人公の切迫する心理が読みどころ。これはオチも効いていて比較的面白い。
「目撃者」もアンソロジーに採られただけあり、まずまず読ませる。金策に悩む男が帰りの列車で旧友に出会い、その所持金を奪うが……。こちらも心理描写が巧い。
比較的長めの「出世殺人」はちょっと変わったプロットである。音楽学校の機関誌の編集主幹・春木は、うだつが上がらず友人の出世を羨ましがっていた。しかしその実、新聞記者と映画監督の友人は、出世のために犯罪まがいのことまで手を出していたのである……。
それぞれの犯罪を描くごとに主人公が入れ代わるような構成で、正直、それが成功しているようには思えないのだが(苦笑)、個々の犯罪自体には面白味がある。
「三つの炎」は今でいうバカミス。実際、このトリックが実現可能かどうかはすこぶる疑問だが、もし実現できるとしたら、それなりに効果はありそうな気がする。駄作ではあるが本書中でも最大のインパクトを持つ一作。
「幻のメリーゴーラウンド」は画家の男と知り合いになった主人公が、画家の留守中に家を訪ね、その絵を見たところ……という物語。特徴がないと上で書いてはいるが、こういう雰囲気を活かした作品がもっとあればよかった。
全体的な感想としては、まあこんなものかなというのが正直なところである(苦笑)。
雰囲気もそれほど悪くはないし、けっこう読みやすいのだけれど、なんというか一作あたりのボリュームが小さい上に、内容も味付けもアッサリ目のものが多いのが不満である。もとよりミステリとしての過度な期待はしていないのだけれど、著者ならではという強烈な個性に欠ける。同時代の曲者たちに比べると物足りなさばかりが先に立ってしまうのである。
なかには百貨店勤務という経歴を活かした作品、鉄道もの、絵画趣味を打ち出したものなど、一応は著者独自の路線の作品もあるけれど、トータルではこれぞ戸田巽というところまでには至っていないのが残念。
とりあえず印象が薄れないうちに、戦後作品中心の『〜II』にも着手しなければ。