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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ドロシー・B・ヒューズ『青い玉の秘密』(論創海外ミステリ)

 ドロシー・B・ヒューズの『青い玉の秘密』を読む。
 帯の惹句によると本作はスパイ小説とスリラーを融合させた作品。しかしながらこれがデビュー作、しかもタイトルがなんだか子供向けミステリっぽいのでやや不安を覚えてしまうところだが、以前に読んだ『孤独な場所で』はシリアルキラーの心理を描いたなかなか見事な犯罪小説だったので、まあ、さすがに大外しはあるまいと手に取った次第。

 こんな話。
 元女優のデザイナー、グリゼルダは仕事でニューヨークを訪れることになったが、そこへ別れた夫のコンがしばらくニューヨークを離れるので、アパートを使ってかまわないと申し出る。
 快くその申し出を受けたグリゼルダだったが、ある夜、帰宅途中で双子の若者に声をかけられ、そのままアパートへ押入られてしまう。二人の目的は青いビー玉だと言われたものの、彼女にはまったく心当たりがなく……。

 青い玉の秘密

 これはまた何とも落ち着かない作品である。どうやら本筋は、世界の富を左右するとまで言われる“青い玉”の争奪戦らしいのだが、ストーリーらしいストーリーもなく、この“青い玉”をめぐっての敵味方入り乱れての駆け引きが繰り返される。
 正直、出来映えについてはかなり荒っぽい。前後で設定が矛盾していたり、“青い玉”の秘密もスッキリしなかったり、ラストもこれでいいのかと思うやっつけ具合である。

 普通なら期待外れで終わるところだが、それをかろうじて踏みとどまらせているのはキャラクターの面白さ。『孤独な場所で』もそうだったが、人物造形や描き方がなかなか個性的なのである。
 特に双子の存在感はずば抜けている。ぱっと見はハンサムな若者で礼儀も正しいのだが、実は人を殺すことなど何とも思わない人種。二面性を持つだけならよくある話だが、この双子が面白いのは、その暗黒面がしょっちゅう顔を出すそのアンバランスさ。いつ双子が爆発するのかという、いやーな不安感。それでいて一周回った感じの、そこはかとないユーモアまで感じられるのが魅力的だ。

 というわけで何とも評価に困る変な作品である。『孤独な場所で』も含め、この人の作品はひとつの物差しでは計りきれないところがありそうなので、できれば他の作品も読んでみたいところだ。


ドロシイ・B・ヒューズ『孤独な場所で』(ハヤカワミステリ)

 ちょっと懐かしいところでポケミス名画座からドロシイ・B・ヒューズ『孤独な場所で』を読む。ハンフリー・ボガートが気に入って、自らのプロダクションで製作・主演した映画の原作として有名な作品である。
 ただ、著者ドロシイ・B・ヒューズについては、我が国ではそれほど知られた存在ではない。かつては『別冊宝石』で長編が訳載されたり、ハヤカワミステリで『デリケイト・エイプ』なんてものも出ていたが、いま読めるのは本書と論創海外ミステリの『青い玉の秘密』ぐらいである。実は本国ではアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の評論賞や巨匠賞まで受賞したほどの作家なのだが、まあよくある話とはいえ残念なことだ。

 まずはストーリー。東海岸からロサンジェルスにやってきた戦争帰りのディックス・スティール。自称作家の彼は、昼間は怠惰な生活を送り、夜になればふらりと街へ出かけてゆく。彼の目にとまるのは若い女。かつて彼が愛した女性の面影をたたえた女だった。
  そんなディックスがあるとき戦友のブラブと出会う。今ではロス市警の刑事となったブラブは、世間を騒がす美女連続殺人事件を捜査していた。犯人の足取りは掴めず、事件に共通するのは絞殺されたという事実のみ。ブラブの話に思わず引きこまれたディックスだが、それには密かな理由があった……。

 孤独な場所で

 映画は傑作の誉れ高いものの(恥ずかしながら未見です)、それは原作の設定やストーリーをかなり改変した結果ということでやや心配したのだが、いやいや、原作もなかなか読ませる。

 本作はシリアルキラーを主人公にし、犯罪者の側から連続殺人を描いた物語。ただ、いわゆる倒叙ものではなく、ノワール、サスペンス、犯罪小説といったテイストだ。
 ポイントはなんといってもディックスが殺人鬼であることを明言しないそのスタイルだろう。殺害シーンなどの描写も一切ない。犯罪を犯したことはあくまで匂わせる程度であり、また、彼の暮らしぶりや友人たちとの会話などから、少しずつ彼の病んでいる部分が浮かび上がり、静かにカタストロフィへ雪崩れ込んでゆくという寸法。最近のド派手なシリアルキラーものとは極北にあるような作品で、ゆっくりとした、だが確かな物語に酔うことができる。
 とりわけ秀逸なのは会話の部分。特に警察関係者との会話では、怪しまれないよう細心の注意を払って情報を手に入れるべくカマをかけたり、相手が自分を試しているのではないかと疑心暗着に陥ったり、ディックスの不安に苛まれる気持ちが実に巧く表現されている。

 惜しいのは終盤のバタバタ感か。まずディックスが容疑をかけられるきっかけが雑というか、ざくっと片付けすぎる嫌いがある。いわゆる推理の部分がほとんどないのはかまわないけれど、物語の整合性まで不足するのはいただけない。
 また、ディックスの闇の底の部分が完全に明らかにならないもどかしさがあるのも残念。早い話が、連続犯罪に走った動機がもうひとつ見えてこない。
 もちろん説明はある。むしろ物語のラスト一行でその答えを劇的に見せる演出を企てているほどなのだが、この答えは表面的に過ぎるだろう。そこは読者が汲み取るべきなのかもしれないが、ラストまでの積み重ねが良いだけに、著者には最後までトーンを維持してほしかったところだ。

 これらの弱点を考えると傑作とまではいかないのだが、それでもシリアルキラーの心情を見事に描いた佳作として評価したい。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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