西荻窪の一箱古本市に会社の同僚が出店するというので冷やかしがてら出かけてみる。ちょうどチャサンポーも同日に行われており、駅前には西荻窪非公認ゆるキャラ”にしぞう”などもお出まししているなど、西荻窪なかなかの盛況である。
肝心の一箱古本市だが、さすがにこちらが望むような掘り出し物などはなかったものの、人の古本をぶらぶらと眺めて歩くだけでも楽しく、久しぶりにゆったりした気分で古本版フリマを満喫。
もちろんせっかく西荻窪に来たので、盛林堂や音羽館などの定番は当然のぞく。盛林堂さんではチャサンポーに合わせて小冊子『盛林堂の謎めいた本棚』を無料配布していたので、橘外男のカバ欠け本『私は前科者である』と鷲尾三郎『屍の記録』(新刊の方です、笑)を買って、そのついでにありがたくいただく。これ八十ページもあるのに、無料ってすごいね。
ひと通り回った後は、駅前の天下寿司で昼酒&昼食して帰宅。
さて本日の読了本は、ドロシー・L・セイヤーズの『箱の中の書類』。セイヤーズのほとんどの長編にはシリーズ探偵としてピーター・ウィムジイ卿が登場するが、本作は唯一のノンシリーズ作品である。
まずはストーリー。電気技師のジョージ・ハリソンとその妻マーガレットが暮らす家に、二人の下宿人がやってきた。一人は若い画家のレイザム、もう一人はその友人の作家マンティングである。
いち早く夫妻に気に入られたレイザムだが、いつしか水面下では人間関係がもつれ、あるとき家政婦がマンティングに襲われるという事件が起こる。マンティングはあえて弁解せず、下宿を離れるが、逆にそれが間違いの元であった……。

セイヤーズのノンシリーズ作品というだけでも珍しいが、むしろ注目したいのはほぼ全篇にわたり、書簡と供述書で構成したそのスタイルだろう。
ただ、スタイルが珍しいからというのはあくまで表面的な話で、肝心なのはそのスタイルによって際立つ登場人物の姿である。それぞれがそれぞれの主観で語る、そのニュアンスの違い、ときには偏見が混じり、最悪、事実まで違ったりもするのだが、それが面白い。
ハリソン夫妻と二人の下宿人はもちろんだが、前半を引っ張るハリソン家の家政婦アガサ・ミルサムの存在が特に良い。彼女の手紙が入ることで、上っ面の事実が実は迂闊に信用できないことが匂わされており、それが不穏な空気を高めて実に効果的なのである。
後半は犯人の見当がほぼついてきて、本格ミステリとしてのサプライズにはやや欠けるところもあるが、逆に容疑者と思しき人物の描写が余計に際立ち、興味が切れることなくきっちり持続するのも見事である。
唯一、惜しまれるのは、トリック部分がかなり専門的で、その説明も急に味気なくなっているところか。とはいえここさえ目をつぶれば本作は十分に楽しめる一作といえるだろう。実は重いテーマを描いているのに、全体的には軽い感じでまとめているのはさすがセイヤーズである。