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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

多岐川恭『濡れた心』(講談社文庫)

 多岐川恭のデビュー長編『氷柱』が思いのほか良かったので、お次は第四回江戸川乱歩賞を受賞した第二長編の『濡れた心』を読んでみる。

 こんな話。感受性に富んだ文学少女・御厨典子とスポーツが得意な南方寿利は同じ女子高に通う同級生。どちらも美貌の持ち主だが、神秘的でコケティッシュな雰囲気の典子、大柄で健康的な寿利と、タイプはそれぞれ異なるがそれ故か二人はいつしか惹かれあい、友情を越え、同性愛へと発展する。
 だが、独特の魅力をもつ典子には元から親友の小村トシ、その魅力に興味を抱く英語教師・野末、典子が幼い頃から心を寄せている自称許婚の楯らがおり、愛憎入り混じった人間関係が生まれていた。
 そして典子がある関係を断ち切ろうとしたとき、悲劇の幕は切って落とされた……。

 濡れた心

 ふうむ、これもいいぞ。乱歩賞を取っているから、そこそこ良い作品だろうとは思っていたが、『氷柱』同様、なかなか一言では表し難い魅力がある。
 まず注目すべきはそのテーマ。女子高生同士の同性愛というのは、今だったらそれほどの驚きもないけれど、1950年代後半でこれを題材にするのはけっこうな冒険だ。著者はそれを興味本位とかではなく、きちんと青春小説としても読めるぐらい掘り下げ、彼女たちの苦悩や喜びを丁寧に綴っていく。

 そしてその手段として用いられたのが、全編、日記と手記で構成されたスタイル。特に前半は典子と寿利の日記が交互に記され、二人の心情や交流が密に描かれる。
 ただ、序盤こそ二人の物語に見えるけれども、実は主役はあくまで典子であり、次第に典子を中心にした様々な愛憎劇を展開してゆく。同級生同士の同性愛はその中のひとつの枝に過ぎず、上でも紹介した典子の親友や英語教師、自称許婚、さらには二人の家族までも枝葉となり、典子とのドラマを形成してゆく。
 その様子が典子と寿利の日記から少しずつ判明するのだが、中盤から二人以外の日記も入ってくることでドラマとしては一気に加速するし、ミステリとしても明らかに叙述ネタを意識する構成となるため、あとはもう一気である。

 ただ、乱歩賞作品としてはちょっと粗さも目立つのが残念。
 ひとつは日記形式の割には「」での会話文を多用していること。もうひとつは銃の扱いに関する部分。前者はそこまで目くじら立てることもないのだが、問題は後者だ。中身を書いてしまうとネタバレにつながる可能性もあるので詳細は省くが、ちょっとひどいレベル。これらが時代ゆえ本当にその程度だったのなら著者に罪はないのだが……。

 という弱点も踏まえつつ、それでもトータルでは押さえておきたい一冊。
 それもこれも結局は小説としての満足度が高いからである。女子高生の同性愛などといえばエロ小説やら美少女小説、ラノベみたいなアプローチしかないようにも思えるが、きちんとそういう多感な年頃の女性心理を描き、それをミステリに融合させる試みはさすがの一言。
 ミステリとして弱い面はあるので『氷柱』よりは落ちるけれども、多岐川恭、ますますよろしい。


多岐川恭『氷柱』(講談社文庫)

 多岐川恭のデビュー長篇『氷柱』を読む。
 著者はデビュー当時から個性的なミステリを書いてきた作家だが、著作が多いことや途中から時代物をはじめとした他ジャンルで活躍したこともあって、ひと頃は単なる流行作家みたいなイメージもあった。
 だがもともとはミステリのマニア筋でも評価は高く、特に初期のものは傑作が多いと聞く。管理人もそのうちまとめて読もうかと思っていたら、あっというまにはやン十年。ようやく積ん読を消化する気になった次第である。(こんなのばっか)

 まずはストーリー。どこにでもあるような地方の小都市。そこに親から受け継いだ資産で、世捨て人のような生活を送る男、小城江がいた。何物にも情熱を持たず、その冷めた性格から、学生時代には"氷柱”という綽名までつけられていたほどであった。
 そんな小城江が散歩の途中で、轢き逃げされたと思われる幼女の死体を発見した。死んでいる以上、自分には何もできることがないとそのまま帰宅したが、女中の政に咎められ、しぶしぶ警察に通報する。
 そして翌日。新聞で事件に進展がないことを知った小城江は警察署へ向かい、自分が目撃・推察した情報を提供するが、その縁で被害者の母親、登喜子との交流が始まり、彼女の悲しい身の上と過去に起こった事件を知ることになる。
 やがて小城江の胸中に、これまでにない"何か"が芽生え、彼はある計画を企てるが……。

 氷柱

 多岐川恭の長篇を初めて読んだが、正直、こんなにひねくれた本格ミステリ、そのくせ実に味わいのある叙情的な作品だとは思わなかった。これは予想をはるかに超える収穫である。
 表面的には必殺仕事人というか一種の復讐譚と言っていいだろう。法では裁けない悪党に対し、独特のやり方で処刑を繰り返していく。しかし、ただの復讐譚ではない。普通のその類の物語とは大きく異なるポイントが二つある。

 ひとつは何といっても主人公の設定だろう。
 主人公の小城江は世捨て人、今で言えばニートのような存在であり、親の資産だけで日々をだらだら暮らす。 必殺仕事人などでもたまにこういうキャラクターはいるが、それは世を忍ぶ仮の姿。その実は正義感に燃えていたりするのだが、小城江の場合はリアルに虚無感に包まれていて、積極的に生きることに対しての欲望や喜びはない。
 その彼が、悲劇のヒロイン登喜子を身の上を知ることで何かが変わり始める。この心情の移り変わりがなかなか味わい深い。これで劇的に性格が変わるようならちょっと嘘くさいのだけれど、著者もその辺は焦ることなく、着実に描いていくのがよい。
 ただ、小城江も単なるだめ男なのかと思いきや、警察や悪党とのやりとりでは頭の良さだけでなく胆力も相当に座っていることが示される。このギャップは少々あざといのだけれども、物語の推進力としては必要な部分であり、暗い本作のなかでは非常に映えるシーンでもある。ここは素直に拍手を送りたい。

 さて、もうひとつのポイントは、本格ミステリでありながら、主人公の一人称で語られる復讐譚というスタイル。ハードボイルドや犯罪小説ならいざ知らず、このスタイルで本格ミステリに挑戦したというのが面白い。
 部分的なトリックなどはいまひとつながら、全体を通した仕掛けは悪くなく、珍しいタイプのフーダニットとして成立している。このスタイルだから主人公の設定がより生きてくるのだろうし、二つのポイントが相乗効果をもたらしている感じである。

 ということで本作は叙情的な本格ミステリとして、十分に満足できる一冊。多岐川恭の積ん読は相当にあるのだが、いや、これは楽しみが増えました。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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