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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

水上幻一郎『水上幻一郎探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

 論創ミステリ叢書が先日の『横溝正史探偵小説選V』でついに百巻ということで、いやなんともめでたいことである。
 この出版不況のなか、戦前戦後のマニアックな探偵小説だけで百巻も続けてこられたというのは奇跡に近いのではないか。しかもほぼ月一冊刊行というハイペース。書誌的に難しい作家がほとんどだろうし、編集だってこのペースは辛いはず。もちろん採算が合わなければここまで続かなかったであろうし、関係者の苦労は並大抵のものではないだろう。
 ともかくこれは間違いなく日本ミステリ出版史の快挙。関係者がどこまで続ける気があるのか知らない、いっそのこと1980年あたりまで網羅してもよいのではないか(笑)。

 ハイペースで続く論創ミステリ叢書だが、これは読むほうもけっこう大変で、中身が濃いのと持ち歩きが面倒なこともあって、管理人などは読むのも月一冊がせいぜい。全然、積ん読との差が縮まらないのだが、何とか今月も一冊読み終える。
 ものは『水上幻一郎探偵小説選』。

 水上幻一郎探偵小説選

 水上幻一郎は東京都出身。学生時代から探偵小説に興味をもち、同人活動を続けながら、ときの探偵小説家らとも親交が始まるが、大学卒業後は新聞社に就職。その後、商業デビューするが作家専業とはならず、本業の忙しさから1950年の「青髭の密室」(改訂版)を最後に筆を断った(私淑する小栗虫太郎や海野十三の物故を理由とした説もあるらしい)。

 本書ではそんな水上幻一郎の現在判明している作品をすべて収録。小説以外に犯罪実話系のものから評論等も収めており、これ一冊で水上幻一郎全集というわけである。
 アンソロジーで二、三作は読んだことはあるのだが、実際、それ以外のほとんどの作品が単行本初収録ということで相変わらず論創クオリティ恐るべし。

 さて肝心の中身だが、実はアンソロジーで読んだときの印象があまり残っておらず、かなり新鮮な気持ちで読み始めた。収録作は以下のとおり。

「Sの悲劇」
「二重殺人事件」
「貝殻島殺人事件」
「蘭園殺人事件」
「青髭の密室」
「火山観測所殺人事件」
「青酸加里殺人事件」
「神の死骸」
「青髭の密室」(改稿版)
「毒の家族」(「青酸加里殺人事件」のリメイク)

※以下ノンフィクション系
「新版「女の一生」」
「女郎蜘蛛」
「兇状仁義」
「消えた裸女」
「肉体の魔術」
「幽霊夫人」
「淫欲鬼」
「南海の女海賊」

 読んでまず驚いたのは、その作風がヴァン・ダインに影響を受けたかのようなをガチガチの本格だったこと。法医学教授・園田郁雄をシリーズ探偵とし、ほぼ定型化された実にオーソドックスな本格なのである。ロジックとして強引なところが目につくが、このスタイルにこだわったことは素晴らしい。

 ただ、こだわりは評価したいのだけれど、続けて読んでいるとある欠点が気になってくる。ちょっと説明が難しいのだが、何というか語りに潤いがないのである。
 原稿枚数や文字数の制限はあったのだろうけれど、余計なものを排しすぎる、あるいは事実関係だけでストーリーが進むような感じ。文章自体は固くも古臭くもないのだが、遊びの部分が全体的に不足しているため、結果的には読みにくさが先に立つ。
 たとえば探偵役の園田郁雄教授にしても、その人物像についてはあまり説明もなく、その他のキャラクターもご同様。登場人物の説明に「ファイロ・ヴァンスに対するマーカム検事のような間柄」というのはダメだろう(苦笑)。
 身も蓋もない言い方をすれば、単に小説が上手くないということか。 もし制限を与えず自由にヴァン・ダインばりの長編など書かせていたらどんなものができたか、という興味はないでもないが、ううむ、やはり厳しいだろうなぁ。

 なお、水上幻一郎の読みだが、本書では「みずかみ・げんいちろう」とあるのが気になった。これまでの資料や文献ではほとんど「みなかみ・げんいちろう」とされていたはず。これ、今までの読みが間違っていたということだろうか。ご存知の方、御教授請う。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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