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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

蒼社廉三『殺人交響曲』(戎光祥出版)

 戎光祥出版から刊行されているミステリ珍本全集は、第二期第12巻の鷲尾三郎集でひとまず完結となったようだが、果たしてどの程度の需要があったのだろうか。編者の日下氏がTwitterでたまに売り上げに関することをつぶやいていたが、とにかく最低限のラインは売れないことには続かないだろうしなぁ。
 ともあれ、このラインナップで十二冊出したというだけでも十分偉業であると思うし、第三期でももちろんいいし、違う形でもいいから続きを期待したいところだ。
 ところで、ミステリ珍本全集とか論創ミステリ叢書は、ちゃんと読んでいる人がどれだけいるのかも気になるところである。
 両者とも相当のボリュームがあるうえ、文庫本のようにいつでも手軽に読めるという形体ではないので、通勤電車が重要な読書タイムの管理人などはどうしても後回しにしてしまう。部数や価格との兼ね合いもあるだろうが、もう少しハンディな形にしてもらえるとありがたい。


 さて、後回しにしがちなミステリ珍本全集ではあるが、管理人もようやく11巻目まで辿りついた。本日の読了本は蒼社廉三の『殺人交響曲』。

 殺人交響曲

『殺人交響曲』
『紅の殺意』
「戦艦金剛」
「地球が冷える」
「大氷河時代」
「地球よ停まれ」
「宇宙人の失敗」

 収録作は以上。 蒼社廉三は雑誌『宝石』などを中心に活躍した作家だが、代表作『戦艦金剛』の印象が強いせいか戦記ミステリの専門家というイメージがある。ただ実際はそこまで戦記ミステリばかり書いていたわけではないらしい。
 本書ではそんな蒼社廉三の長篇二作『殺人交響曲』『紅の殺意』と、長篇『戦艦金剛』の原型となった中篇版、そしてSF短篇四作というバラエティに富んだ構成である。

 『殺人交響曲』は交響楽団のバイオリン奏者がひき逃げされるという事件で幕を開ける。ひき逃げ事件のみならず、その現場から見つかった三枚の楽譜を巡り、さまざまな男女が欲望のままに火花を散らすという物語である。
 楽譜そのものの謎で引っ張ってはいるが、それを巡っての争いがより前面に押し出されているため、本格と通俗的スリラーが中途半端にまじって上手くブレンドされていない印象。偶然的な要素が多くあるのもいただけない点だ。
 真相はそれなりに面白いのだが、やはりサスペンス仕立てが物語にマッチしていないのではないだろうか。

 『紅の殺意』は工業地帯として栄えていた頃の埼玉県川口が舞台で、ある交通事故を発端に、リストラ、殺人へと事件が広がっていく。
 地味ながら地方警察署の刑事たちの活躍がリアルに語られて、ちょっと明るい松本清張みたいな感じの作品で引き込まれる。表題にもある”紅”がそれほど効いていなのは惜しまれるが、これは悪くない。

 中篇版「戦艦金剛」はやはり本書中のベスト。
 戦時中を舞台にした本格探偵小説、しかも戦艦という設定なくしては成立しないトリック。もうこれだけでも十分素晴らしいのだが、本作は戦争ドラマとしても読み応えがあり、中編ながらも圧倒的なインパクトだ。

 SF四篇はなんともクラシカルかつオーソドックスな世界終末ものがメイン。そんななかで「宇宙人の失敗」はミステリ的な展開があって、四作のなかでは一番楽しめた。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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