ジェイムズ・リー・バークの『太陽に向かえ』を読む。著者は1990年代に角川文庫で精力的に紹介されていたアメリカのハードボイルド作家。当時は管理人もはまった口で、ちょっと懐かしい名前である。
代表作は元警官のデイヴ・ロビショーを主人公にしたシリーズ。もともと純文学畑の人だったので、その風味がハードボイルドに転向したあとも色濃く残っているのが特徴だろう。当時は評価も高く、最近のマイクル・コナリーぐらいの評判はとっていたように記憶する。実際、2009年にはアメリカ探偵作家クラブから巨匠賞も授与されているほどだ。
ただ我が国では売れ行きがそこまで芳しくなかったのか、邦訳は2002年頃を最後に途絶えていたのだが、なんと十二年振りに翻訳されたのが、この『太陽に向かえ』である。
しかも驚いたことに、論創海外ミステリとしての刊行である。論創海外ミステリといえば基本は版権料のかからないクラシック中心の叢書。したがって現代の作家は滅多なことではラインナップに並ばないのだが、これはいったい何があったのだろう? 関係者からの強力なプッシュ、それとも新たな需要を見るためのテストだったのか。
詳しいことはわからないが、まあ個人的には歓迎である。『ネオン・レイン』や『天国の囚人』などはどれも楽しめたし、その著者が書いた初期のノンシリーズということであれば、これは何とも興味深い一冊といえるだろう。
まずはストーリー。
舞台は1960代初めのケンタッキー東部。炭鉱だけがすべてのその一帯では、誰もが夢も希望も失い、終わりのない閉塞感に包まれていた。危険と隣り合わせの過酷な仕事、その日の食事にも事欠くほどの貧困、資本家と組合の激しい対立……。
そんな町で十六歳の少年ペリーは、母と事故で働けなくなった父、病気の兄弟を支えるため、職業学校に入学する。あまりに真っ直ぐな性格ゆえ、行く先々でトラブルメイカーとなるペリー。だが、厳しい生活から彼もひとつひとつ学んでゆき、その甲斐あって事態は少しずつ好転するかに思われた。
だがあるとき、彼のもとへ故郷から父の危篤の知らせが飛び込んでくる……。

何より当時のアメリカの炭鉱町の描写が強烈。
町全体が炭鉱なしでは成り立たず、そこに資本家が圧倒的なアドヴァンテージをもつ構図が成立する。搾取される労働者は貧困にあえぎ、資本家に抵抗するも理屈では勝てず、残された手段は暴力のみという世界。陳腐な表現だが、この町そのものが主人公といってもいいだろう。
この暴力に充ちみちた世界で、著者は一人の少年の成長する様を描く。
根は家族思いで正義感もあるのだが、一本気な性格が災いし、何かとトラブルに巻きこまれていく少年ペリー。このあたりはのちのデイヴ・ロビショーとも共通するところで、決して感情移入しやすいタイプではないのだが、そんな彼が少しずつ物事の道理を身につけていくあたりは素直に感動でき、胸に迫るものがある。
少年の成長を描くといえば、普通は教養小説とか青春小説っぽくなるが、本作のテイストは犯罪小説やハードボイルドのそれである。ただし、それはあくまで雰囲気の話であって、テーマやストーリーはむしろ普通小説に近い。その妙が本作を際立たせている印象だ。
決してハッピーな物語ではないし、消化不良なところもちらほらあるのだが、かすかな希望を感じさせるラストシーンは美しく、全体的には満足の一冊。久々にジェイムズ・リー・バークの魅力を味わうことができた。