少し前の話だが、サイト『奇妙な世界の片隅で』のkazuouさん主催による「怪奇幻想読書倶楽部 第1回読書会」に参加してみた。二次会含めトータルで三時間半ほどと長丁場だったが、10名ほどの参加者があり、最後までずっと話が絶えず、なかなかの盛り上がりだったように思う。
テーマは「怪奇幻想小説のアンソロジーをめぐって」というものだったが、そこから話がいかようにも広がるので、一冊を決めてやる読書会と違い、オフ会に近い感じだったかも知れない。おかげで怪奇幻想小説にはそれほど強くない管理人でも、むりやりミステリの話と絡めて発言できて楽しめた(苦笑)。
どんな話題が出たかは、人任せで恐縮ですが、
こちらを参考に。
その読書会に感化されたわけでもないが、本日の読了本はロバート・エイクマンの短編集『奥の部屋』。元は国書刊行会〈魔法の本棚〉の一冊として刊行されたもので、その増補改訂版である。
収録作は以下のとおり。
The School Friend「学友」
Bind Your Hair「髪を束ねて」
The Waiting Room「待合室」
Your Tiny Hand Is Frozen「何と冷たい小さな君の手よ」
The Visiting Star「スタア来臨」
Ravissante「恍惚」
The Inner Room「奥の部屋」

ロバート・エイクマンはイギリスの怪奇小説家である。しかし、本人はゴースト・ストーリーの書き手といわれることに納得がいかなかったようで、その理由として本人が挙げているのが、「だって僕の小説、幽霊とか怪奇現象とか出ないことも多いもんね」というもの。自身では「ストレインジ・ストーリー」などと呼んでいたらしい。
これは確かにそのとおりで、エイクマンの書いているものには、直接的な幽霊やモンスター、超常現象などの描写は非常に少ない。むしろ出るか出ないかといった境目ぐらいで物語が唐突に終わることも少なくはなく、そこに読者を怖がらせようとか、物語の真相がなんであったかとか、そういうことにすらあまり興味がないように思える。
それでは怪奇小説と言えないのではないかというと、実際に読めばこれはもう間違いなく怪奇小説の味わいなのである。ただ、その味わいが直接的な怖さではなく、読者の想像をかきたてる奇妙な気味の悪さとでもいうべきものなのだ。
日常とは違う何かが少しずつ起こり始め、そこに言いしれぬ不安をかきたてられるのである。通常のホラーであれば、そこからカタストロフィへもっていったり、ギョッとするオチをつけたくなるところだが、エイクマンは正に不安の部分だけで勝負する。その不安の後ろにあるものを読者が想像できたとき、何ともいえないじわっとした気味悪さがくるのである。
そういう意味では物語の筋やオチなどあまり関係なく、ただただ過程を味わう小説といっていいのかもしれない。本筋に入るまでの描写も丁寧で、その助走部分がしっかりしているから、小さな奇妙な出来事でも、こちらに大きく響いてくるのかもしれない。
「学友」は地元に帰ってきたかつての学友が、亡くなった父の家に住み始めてからだんだん人が変わっていくという物語。父の霊に取り憑かれたのだろうとは想像できるが、主人公と学友の距離感がどこかバランスを欠いており、それが物語の気味悪さをさらに引き立てている。
婚約者の家を訪ねる女性の話「髪を束ねて」。異文化というか異邦人というか。外の人が決して理解できない"何か"をベースにしており、非常に気持ち悪さがある。これはかなり好み。
「待合室」は寝過ごして真夜中の駅に泊まることになった男の話。これは珍しく正当派の怪談。ほんと怖いんだよ、小さな夜の無人駅というのは。
かつての恋人に電話をすると出たのは見知らぬ女性。だが、なぜかその女性との会話に夢中になって……「何と冷たい小さな君の手よ」。過程も十分ゾクゾクくるのだが、珍しくがっつりと決着をつけ、ストレートに落としている。
「スタア来臨」は小劇場での演目に招聘された大女優の話。エイクマンの演劇での嗜好が反映されているが、非常に象徴的な物語でもある。女優というより表現者の業を突きつけている感じ。
元画家の男がたまたま知り合った美術愛好家の女性の家を訪ねると……「恍惚」。SMあるいは支配と服従の物語。人はこういうふうに堕ちていくのだ。
表題作「奥の部屋」は、小さい頃に買ってもらったドールハウスとそっくりの屋敷に遭遇した女性の物語。自分の家庭の回想が長く(もちろん伏線にもなっている)、それが問題の屋敷に住む姉妹の異常さを際立てている。これはかなり怖い。
管理人的には「髪を束ねて」、「恍惚」、「奥の部屋」をベストスリーとしたいが、ううむ、なんとなく趣味がばれそうなセレクトではあるな(苦笑)。まあ、それはともかくとして、本書はまぎれもない傑作。普段ホラーを敬遠している人でも、奇妙な味が好きならこれはぜひ読んでもらいたい。