いやあ、いい本を読んだ。どこをとっても興味深い記事が満載なのである。もう素晴らしいとしかいいようがない。
その本というのが、戸川安宣による『ぼくのミステリ・クロニクル』だ。

著者の名前は、ディープなミステリマニアなら知っていて当然、一般的なミステリ好きでも一度はその名前ぐらい聞いたことがあるのではないか。
かの東京創元社で長らく編集者として活躍し、数多くの企画や新人作家の発掘を通して、戦後の日本ミステリ界を引っ張ってきた名編集者である。最後は社長にも就任し、退社後もミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営に携わるなど、ミステリに関する仕事のうち、ミステリを書くこと以外はすべて体験した人物。
その日本ミステリ界の偉大なる黒子、戸川氏の歴史をまとめたのが本書である。
ミステリを書くこと以外はすべて体験した、と書いたが、それは目次にも顕れている。
すなわち第一章「読む」では、安宣少年が本と出会い、ミステリに目覚め、やがて立教大学に進学し、ミステリ・クラブを創設して積極的にミステリと関わる時代を回想する。
続く第二章「編む」は、戸川氏が就職した東京創元社での編集者時代。ペーペーの新人時代から始まり、最後は社長にまで上り詰めるが、その活動の中心は常に編集業である。
最後の第三章「売る」では、ミステリ専門書店「TRICK+TRAP」で、本を売る側として活動した体験が語られる。
一章、三章もいいが、やはり二章で明らかにされる内容が圧倒的だ。
管理人もミステリについては小学生時代から読んできており、当然ながら創元推理文庫にはずいぶんお世話になった。書籍番号の変更、ジャンルマークの廃止、「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」の誕生、ゲームブックの誕生、日本人著者の起用、イエローブックスや創元ノヴェルズなど新叢書の企画、雑誌の登場など、すべてリアルタイムで見てきている。
そして、そういったムーヴメントのほとんどに関わってきたのが戸川氏なのであり、それらの裏側が惜しげもなく披露されている。これ書いて大丈夫なの?というような内容もあったり、ときには関係者やライバル社に対してチクリとやることもあったり。あるいは逆に旧態然とした経営や仕事っぷりなど自分たちのダメな部分も浮き上がったり、まあよくぞ書いてくれましたということばかり。
また、立教ミステリ・クラブなどを通じて、のちにミステリの世界で名をあげる方たちとの人脈が広がっていくあたりも面白い。
本書は戸川氏の自伝的な本でもあると同時に、ミステリ好きなら誰もが知っている東京創元社の裏側を紐解いた本でもあり、そして戦後のミステリ出版史の重要な記録である。
翻訳ミステリ好きなら必読。とにかく興味を持った人は、書店の店頭で適当に途中のページを開き、ぱらぱらと中身を少し読んでもらいたい。面白さは保証する。