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 河野典生の『緑の時代』を読む。先日読んだハードボイルド短編集『陽光の下、若者は死ぬ』とは打って変わって、こちらは幻想小説系の短編集。まずは収録作。

第一部 幻の世界
「子供の情景」
「パストラル」
「グリーン・ピース」
「淡彩画」
「見知らぬ町」
「アイ・アイ」
「赤い服のジャンヌ」
「緑の時代」

第二部 現代の童話
「ピノキオ」
「蟻」
「月球儀くん」
「完全な女」
「ジャリ・タレント」
「宮益坂上歩道橋」

第三部 未来への旅
「美しい芸術」
「性的な時代」
「微妙な味」
「穏やかな日々」
「機関車、草原に」

 緑の時代

 河野典生の幻想系の代表作としてよく挙げられる本書だが、確かにこれはいい。
 もともとハードボイルドならではの簡潔な文体だが、それは幻想小説でも非常に活かされている。もちろんハードボイルドと幻想小説ではまったく設定が異なるし、まるっきり同じような文体というわけではないのだが、根っこにあるものは意外に共通というか。シンプルだけれど詩情性にあふれ、読者に世界をイメージさせやすい文章なのである。
 ともするとその美文のせいで、一見センスありきで書かれたような感じも受けるが、その実、文章のみならずプロットも練られている印象である。つまりは完成度が高いということなのだろう。

 本書では大きく三つのテーマに分けられているが、強いていえば未来的なものを扱うよりは、日常からふとしたことで異世界に足を踏み入れるような系統の「第一部 幻の世界」が好み。河野典生の作品は実際の地名をガンガン盛り込んでくるが、今読むとそれが大きくノスタルジーを醸し出して、よりファンタジックな雰囲気を濃くしている。
 もちろん当時の著者にそういう意図はなかったと思うが、表題作「緑の時代」などはその代表ともいえる作品だろう。“緑”によって失われてゆく(そして生まれてくる)世界の舞台がもし新宿ではなく架空の地であったら、ここまでしびれる作品にはならなかったかもしれない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 日本ハードボイルドの先駆者の一人、河野典生の『陽光の下、若者は死ぬ』を読む。
 本書は河野典生の初期のハードボイルド作品を集めた短編集である。ちなみに著者のデビュー短編集は荒地出版社から同じ題名で発行されているが、収録作はけっこう異なるので一応は別物とみてよいのだろう。こちらの収録作は以下のとおり。

「陽光の下、若者は死ぬ」
「溺死クラブ」
「憎悪のかたち」
「ガラスの街」
「カナリヤの唄」
「新宿西口広場」
「ラスプーチンの曾孫」
「殺しに行く」

 陽光の下、若者は死ぬ

 おお、これはいい。全体に漂うピリピリした空気が堪らない。
 河野典生のハードボイルドは代表作の『殺意という名の家畜』を読んでいるが、これはどちらかというと正統派のハードボイルドという印象でった。一方、本書に収められた諸作品は“ハードボイルド系の作品”ではあるのだが、そのテイストは意外に幅があって、正統派ハードボイルドから、もう少し強烈なノワールっぽいもの、犯罪小説的なものなど、予想以上にバリエーションを楽しめる。
 驚くべきはこれらが著者の二十代に書かれたということである。まだ構成等でバランスが悪かったり、展開を急ぎすぎたりするなど、荒っぽいところはあるのだけれど、先にも書いたようにとにかく全体的に感じられるピリピリした空気が気持ちよい。
 意図してチープに描いている節はあるけれど、扱っている内容やテーマは重く、まさに下手に触ると火傷をするといった感じである。

 表題作の「陽光の下、若者は死ぬ」はアナーキーな若者たちが企むテロを描く秀作。テロに走る若者たちの鬱屈と虚無が混じり合った独特な心情を、この短いページのなかでカットバック的に描いている。設定的には冒険小説風だが、その味わいは犯罪小説やノワールに近い。プロローグとエピローグも巧い。

 普段は敵対する殺し屋たちが集まってカクテル・パーティを開くというのが「溺死クラブ」。冗談のような設定だが、著者もこれはハードボイルドのパロディとして描いたと告白している。しかし、その語り口は焦げるほどに熱く、後半の殺し合いへと雪崩れ込む。

 「憎悪のかたち」は見事な和製ハードボイルド、いや和製ノワールというほうが適切か。テキ屋として働く若いチンピラが主人公で、あるとき二人暮らしをしている養父が殺され、その真相を追うことになる。
 上の二作に比べるとストーリーがしっかり展開しており、登場人物たちの設定やリアル感もすごい。昭和三十年代の香り濃厚な一作。

 テレビ局のディレクターがドキュメンタリーで取材した若いヒッピーの女が死亡した……。「ガラスの街」はプロットがきっちりしており、本書中でももっともミステリらしいミステリといえるが、主人公がマスコミの人間であるせいか、他の作品ほどにはエッジが効いていない。

 「カナリヤの唄」はとある観光地の湖畔で出会った謎の中年男とヒッピーの少女の物語。ちょっと理屈っぽいというか説明が多すぎる。その割に主人公の二人の心情が共鳴するところがわかりにくいのが難。

 「新宿西口広場」はデモに巻き込まれたあるOLのエピソード。この作品が書かれた昭和三十年代の新宿の猥雑さや荒っぽさが魅力。管理人も新宿に出没するようになってン十年以上経つが、その空気もずいぶん変わってしまった。

 「ラスプーチンの曾孫」はなかなか技巧的である。主人公がとある安手のキャバレーで出会った女性について語る話だが、クライムノベル風でありながら「ですます調」を用いているところがミソ。雰囲気だけで読ませる感じだが、これはこれで悪くない。

 ラストを飾る「殺しに行く」は「憎悪のかたち」と同じ系統の和製ノワール。カタストロフィに向かうしかない二人のやくざ者の運命が胸を打つ。

↓なぜかAmazonで角川文庫版が見つからないため、代わりに荒地出版社版のリンクを貼っておきます。

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 先日読んだ『殺意という名の家畜』に続いて、もういっちょ河野典生。ただし今度はハードボイルドではなく、著者のもうひとつの顔、幻想小説の分野からセレクト。ものはコメントでよしだまさしさんからもオススメのあった短編集『街の博物誌』。
 収録作は以下のとおり。

「序曲 ある日、ぼくは聞いた」
「Part 1 メタセコイア」
「Part 2 ベゾアール・ゴート」
「Part 3 マッシュルーム」
「Part 4 直立原人」
「Part 5 ネオンムラサキ」
「間奏曲 プレリードッグ」
「Part 6 空についての七つの断章」
「Part 7 ザルツブルグの小枝」
「Part 8 ニッポンカサドリ」
「Part 9 トリケラトプス」
「Part 10 クリスタル・ルージュ」
「終曲 さあ、どこへ行こうか」

 街の博物誌

 本書に収められた各作品にはすべて動植物が登場し、それらに邂逅した街の人々の反応や暮らしを描く連作集となっている。
 動植物は一般的なものもあれば珍しいものもあるけれど、重要なのはそこではなく、それらが現れるシチュエーションである。決してそれらが出現するにふさわしい自然の中ではなく、街の中。それも仰々しい形ではなく、人々が生活する日常のなかでふと垣間見てしまった、そんな状況なのである。
 メタセコイアやネオンムラサキ、トリケラトプスといった動植物の数々。それは現実なのかあるいは異次元の世界なのか。そしてその在りえない現象に大騒ぎするのか、それとも日常のひとつとして受け止めてしまうのか。そういった人々の心の中も含め、著者は非常に叙情的にその顛末を見せてくれる。
 ストーリーらしいストーリーはほとんどなく、幻想的なイメージで読ませるといった方が適切だろう。ひとつひとつの作品はまるで詩のようでもあり、ゆったりと作品に心を委ねるようにして読むのが心地よい。

 それにしても河野典生といえば日本ハードボイルドの先駆者としてのイメージが個人的には強かったので、ずいぶんとかけ離れた作品集で最初はかなりとまどったのも事実。
 ただ、調べてみると、もともと河野典生は学生時代から詩や戯曲、幻想小説の方面で活動していたようで、むしろハードボイルドのほうが後なのである。ハードボイルドは劇団やテレビの脚本作りから派生してきた興味なのかもしれないが、まあ本書のような幻想小説を書くようになってからも、ハードボイルドも並行して書いていたというのはちょっと驚いてしまった。何か共通するところがあるのか、あるいは正反対な世界だから両立できたのか、この辺りも興味深いところである。


テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 ちょいと懐かしいところで河野典生の『殺意という名の家畜』を読む。
 著者は日本ハードボイルドの草創期に活躍した作家で、大藪春彦、高城高と並んで日本のハードボイルド三羽烏と称されることもある。
 ただし、いま現在の知名度においてはかなり開きが出てしまっているようだ。角川映画をきっかけに大ブレイクした大藪春彦、ここ十年ほどで再評価が進み、復刊や新作が相次いだ高城高と違い、ほぼ忘れられた作家になりつつある河野典生。数年前に亡くなったときが、最後のニュースとなったのではないだろうか。

 『殺意という名の家畜』は日本推理作家協会賞に輝いた作品で、著者の代表作のひとつといってよいだろう。
 こんな話。

 若くして犯罪小説家としてデビューした岡田晨一。そんな彼のもとへ、昔、一度だけ関係をもった星村美智から深夜に電話があった。今すぐに会ってほしいという彼女の頼みだったが、仕事の疲れから岡田は明日にしてくれとそれを断ってしまう。次の日の朝、彼女は郵便受けにはメモを一枚残し、そのまま失踪した。
 その翌日。星村美智の婚約者だというテレビ局のディレクター・永津が岡田のもとを訪ねてきた。事情を聞くうち、何とはなしに興味を持つ岡田。そして永津の頼みをきき、彼女の行方を捜し始めるのだが……。

 殺意という名の家畜

 おお、正統派ハードボイルドである。しかもなかなかのレベル。ハードボイルド三羽烏のうち河野典生だけが忘れられた存在になりつつあるが、その理由は作品のせいでは決してないだろう。

 失踪者の捜索。それも自分がかつて一度だけ関係をもった女性の捜索という導入が、まずそれっぽくていい感じだ。
 そもそも主人公には彼女を捜す義理や関係性はほとんどない。しかし、いくつかの断片的な記憶や事実が心に小骨となって引っかかり、それが主人公を突き動かしてゆく。
 実はこういうディテールがハードボイルドでは重要で、あからさまに主人公の心情を描くのではなく、そういう簡潔な描写の積み重ねによってイメージを読者に伝えるのが作者の腕の見せどころなのである。本作の場合、なぜ主人公が調査に乗り出すのか、その心情が静かに伝わってきて、そういう意味で河野典生はハードボイルドの本質をきちんと掴んでいる。
 ただ、基本的には巧い文章だとは思うのだが、ところどころ走りすぎというか、わかりにくい描写も見られるのがやや気にはなった。

 ストーリーはそれほど派手ではなく、事件のスケールもまずまずといったところなので、昨今の読者にはやや地味に思われるところはあるだろう。加えて、地道な調査によって少しずつヒロイン星村の素性が明らかになるところ、事件の背後にあるものが徐々に浮かび上がる構図も、非常にオーソドックスだ。
 しかしながら、この時代にあって、既にここまで完成されたハードボイルドをものにしていることが素晴らしいのであって、むしろこれは賞賛すべきだろう。
 一応はサプライズも用意されているし、トータルでは意外なほどそつのない作品に仕上がっている印象である。ハードボイルドファンなら一度は読んでおいて損はない。

 なお、著者はハードボイルドでスタートしたものの、実は途中でスランプに陥り、復帰以後はSFや幻想小説に手を染めるようになった。こちらのジャンルの代表作もそのうちに読んでみたい。


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