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 先日読んだ『殺意という名の家畜』に続いて、もういっちょ河野典生。ただし今度はハードボイルドではなく、著者のもうひとつの顔、幻想小説の分野からセレクト。ものはコメントでよしだまさしさんからもオススメのあった短編集『街の博物誌』。
 収録作は以下のとおり。

「序曲 ある日、ぼくは聞いた」
「Part 1 メタセコイア」
「Part 2 ベゾアール・ゴート」
「Part 3 マッシュルーム」
「Part 4 直立原人」
「Part 5 ネオンムラサキ」
「間奏曲 プレリードッグ」
「Part 6 空についての七つの断章」
「Part 7 ザルツブルグの小枝」
「Part 8 ニッポンカサドリ」
「Part 9 トリケラトプス」
「Part 10 クリスタル・ルージュ」
「終曲 さあ、どこへ行こうか」

 街の博物誌

 本書に収められた各作品にはすべて動植物が登場し、それらに邂逅した街の人々の反応や暮らしを描く連作集となっている。
 動植物は一般的なものもあれば珍しいものもあるけれど、重要なのはそこではなく、それらが現れるシチュエーションである。決してそれらが出現するにふさわしい自然の中ではなく、街の中。それも仰々しい形ではなく、人々が生活する日常のなかでふと垣間見てしまった、そんな状況なのである。
 メタセコイアやネオンムラサキ、トリケラトプスといった動植物の数々。それは現実なのかあるいは異次元の世界なのか。そしてその在りえない現象に大騒ぎするのか、それとも日常のひとつとして受け止めてしまうのか。そういった人々の心の中も含め、著者は非常に叙情的にその顛末を見せてくれる。
 ストーリーらしいストーリーはほとんどなく、幻想的なイメージで読ませるといった方が適切だろう。ひとつひとつの作品はまるで詩のようでもあり、ゆったりと作品に心を委ねるようにして読むのが心地よい。

 それにしても河野典生といえば日本ハードボイルドの先駆者としてのイメージが個人的には強かったので、ずいぶんとかけ離れた作品集で最初はかなりとまどったのも事実。
 ただ、調べてみると、もともと河野典生は学生時代から詩や戯曲、幻想小説の方面で活動していたようで、むしろハードボイルドのほうが後なのである。ハードボイルドは劇団やテレビの脚本作りから派生してきた興味なのかもしれないが、まあ本書のような幻想小説を書くようになってからも、ハードボイルドも並行して書いていたというのはちょっと驚いてしまった。何か共通するところがあるのか、あるいは正反対な世界だから両立できたのか、この辺りも興味深いところである。


テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 ちょいと懐かしいところで河野典生の『殺意という名の家畜』を読む。
 著者は日本ハードボイルドの草創期に活躍した作家で、大藪春彦、高城高と並んで日本のハードボイルド三羽烏と称されることもある。
 ただし、いま現在の知名度においてはかなり開きが出てしまっているようだ。角川映画をきっかけに大ブレイクした大藪春彦、ここ十年ほどで再評価が進み、復刊や新作が相次いだ高城高と違い、ほぼ忘れられた作家になりつつある河野典生。数年前に亡くなったときが、最後のニュースとなったのではないだろうか。

 『殺意という名の家畜』は日本推理作家協会賞に輝いた作品で、著者の代表作のひとつといってよいだろう。
 こんな話。

 若くして犯罪小説家としてデビューした岡田晨一。そんな彼のもとへ、昔、一度だけ関係をもった星村美智から深夜に電話があった。今すぐに会ってほしいという彼女の頼みだったが、仕事の疲れから岡田は明日にしてくれとそれを断ってしまう。次の日の朝、彼女は郵便受けにはメモを一枚残し、そのまま失踪した。
 その翌日。星村美智の婚約者だというテレビ局のディレクター・永津が岡田のもとを訪ねてきた。事情を聞くうち、何とはなしに興味を持つ岡田。そして永津の頼みをきき、彼女の行方を捜し始めるのだが……。

 殺意という名の家畜

 おお、正統派ハードボイルドである。しかもなかなかのレベル。ハードボイルド三羽烏のうち河野典生だけが忘れられた存在になりつつあるが、その理由は作品のせいでは決してないだろう。

 失踪者の捜索。それも自分がかつて一度だけ関係をもった女性の捜索という導入が、まずそれっぽくていい感じだ。
 そもそも主人公には彼女を捜す義理や関係性はほとんどない。しかし、いくつかの断片的な記憶や事実が心に小骨となって引っかかり、それが主人公を突き動かしてゆく。
 実はこういうディテールがハードボイルドでは重要で、あからさまに主人公の心情を描くのではなく、そういう簡潔な描写の積み重ねによってイメージを読者に伝えるのが作者の腕の見せどころなのである。本作の場合、なぜ主人公が調査に乗り出すのか、その心情が静かに伝わってきて、そういう意味で河野典生はハードボイルドの本質をきちんと掴んでいる。
 ただ、基本的には巧い文章だとは思うのだが、ところどころ走りすぎというか、わかりにくい描写も見られるのがやや気にはなった。

 ストーリーはそれほど派手ではなく、事件のスケールもまずまずといったところなので、昨今の読者にはやや地味に思われるところはあるだろう。加えて、地道な調査によって少しずつヒロイン星村の素性が明らかになるところ、事件の背後にあるものが徐々に浮かび上がる構図も、非常にオーソドックスだ。
 しかしながら、この時代にあって、既にここまで完成されたハードボイルドをものにしていることが素晴らしいのであって、むしろこれは賞賛すべきだろう。
 一応はサプライズも用意されているし、トータルでは意外なほどそつのない作品に仕上がっている印象である。ハードボイルドファンなら一度は読んでおいて損はない。

 なお、著者はハードボイルドでスタートしたものの、実は途中でスランプに陥り、復帰以後はSFや幻想小説に手を染めるようになった。こちらのジャンルの代表作もそのうちに読んでみたい。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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