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 ジョセフィン・テイの『歌う砂』読了。1952年に亡くなった著者の最後の作品である。

 療養のためにスコットランドへ向かったグラント警部は、列車の中である青年の死に遭遇する。死体には特に不審な様子もなく、あくまで休暇中であることから、その場を地元警察に任せて立ち去ったグラント。だが、そこで偶然手に入れた新聞には、奇妙な詩が書き込まれていた。
「しゃべる獣たち 立ち止まる水の流れ 歩く石ころども 歌う砂………」
 果たしてその詩を書いたのは死んだ青年なのか? また、その意味するところはいったい? やがて新聞に掲載された青年の死亡記事。だがそれを読んだグラントは、青年がフランス人と書かれていたことに疑問を抱き……。

 歌う砂

 一応はグラントの調査によって謎は解明していくのだが、純粋な本格探偵小説を期待すると少し肩すかしをくらうかも。今作のグラントは警察の肩書きではなく、個人として調査を進めることになる。組織的な助力のないなか(まあ最後には使っちゃいますが)、ひとつひとつ地道に材料を集め、余分なファクターを潰していくという展開がメイン。そこには謎解きの魅力もないことはないのだが、むしろ捜査の過程を楽しむ警察小説的な面白さが勝っているように感じられた。
 あっと驚く真相というほどでもないけれど、相変わらず人物描写などはハイレベルで、リーダビリティそのものは高い。

 なお、ミステリとしてのアプローチではないのだが、少々気になった点をひとつ。
 読めばわかるとおり、本作は基本的にはポジティヴな意識に満ち溢れた物語である。例えば、前半を占めるグラントの再生といったエピソード、ローラ一家に象徴される英国の古きよき一般家庭のイメージ、何より希望を感じさせるラストなどなど。
 ところが冒頭に書いたとおり、ジョセフィン・テイは、本書が刊行された年に亡くなった。不勉強ゆえ彼女が亡くなった状況などはよく知らないのだが、本作を書いていた時点で、果たしてテイはどの程度、自分の死を意識していたのであろう。あるいは健康状態や精神状態はどうだったのだろう。
 というのも、スコットランドの憂鬱な天候やグラント警部の喪失感等、いつになく暗い影を想起させる描写も、実は本作では目立つのである。暗い影が自身の状態の投影だとすれば、その影を払拭するためにこそ本作が書かれたのではないか、そんな気もするわけである。考え過ぎか。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 今年ももう折り返し地点か。ほんとに早すぎるよ。

 ジョセフィン・テイの『裁かれる花園』読了。
 心理学の本でベストセラー作家となった元フランス語教師のミス・ピム。彼女はかつての同級生であり、現在では女子体育大学校長の職に就く友人のために、学校で講演を行うことになった。純真な学生たちに囲まれて幾日か過ごすうち、ピムは次第に校内に根付く不協和音に気づき始める……。

 読めば読むほど、ジョセフィン・テイという作家が非常にバラエティに富んだ作風の持ち主だったことを思い知る。これまで個人的に読んできた『時の娘』『列のなかの男』『魔性の馬』といった作品にどれひとつとして同じようなタイプのものがなく、本作もまた明らかに他作品とは異なる着地点を目指して書かれているように思える。
 ジャンルで言えば『裁かれる花園』は一応サスペンスである。しかしサスペンスの質が一風変わっている。普通のミステリであれば、当然危険にさらされるのは生命であったり財産であったりするのだが、本書では殺人事件どころか犯罪の影すらない。序盤は女子学生や教師の暮らしぶりがユーモアたっぷりにいきいきと描かれる。そして次第に明らかになる微妙な人間関係。その緊張感だけで全体の2/3を持たせてしまうのである。
 これを退屈とみるかどうかで本書の評価は大きく変わりそうだ。だが本書においては人物描写がしっかりしてこそのラストのサプライズであり、納得もいくわけであるから、個人的にはこれは全然OK。テイの実力が存分に味わえる佳作である。

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 所沢で開催されている「彩の国古本まつり」をのぞきにいくも大した収穫なし。セシル・デイ・ルイスの『オタバリの少年探偵たち』を買えたのが唯一の救い。

 読了本はジョセフィン・テイの『魔性の馬』。こんな話。
 広大な牧場を経営するアシュビー家に、自殺したと思われた長男のパトリックが帰ってきた。家督相続予定者だった双子の弟サイモンを初め、困惑する家族や周囲の者たちだったが、次第に彼を受け入れようとする。だが実はパトリックは、従兄弟の売れない役者ロディングが送り込んだ偽物、ブラットだったのだ。
 テイの長編を読むのは『時の娘』『列のなかの男』に続いてこれが三つ目だが、どれも作風が異なるのは本当に驚くばかりだ。本作は偽パトリックの犯罪が成功するのか、はたまたミスを犯して自滅してゆくのか、そのサスペンスで引っ張っていく物語であり、さながらハイスミスの『太陽がいっぱい』を彷彿とさせる。これまで本格の人だと思っていたジョセフィン・テイだが、どうやら予想以上に懐が深く、多彩なテクニックの持ち主らしい。
 ただ、サスペンスや意外性(まあ予測はつくけれども)もいいのだが、本作のミソは、どちらかといえば描写力とか文章の豊かさにある気がする。主人公ブラットの心理描写はもちろんだが、ブラットの目を通して描かれる家族や近所の知人たち、あるいは馬の様子や情景描写なども巧い。綿密に書き込むというタイプではない。さらっと書きながらも、その表現が実に印象的で心に残るのだ。後味の良さもなかなかで、幅広くおすすめできる一冊。

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 ジョセフィン・テイもここ数年でずいぶん紹介が進んだ作家の一人だ。ハヤカワミステリでは過去に数作翻訳されてはいたがほぼ壊滅状態。長らくハヤカワ文庫の『時の娘』のみしか読めなかったというのに、えらい出世である。
 ちなみに、名作といわれている『時の娘』だが、実は個人的には全然駄目。手元の資料だけを頼りにし、純粋に推理だけで歴史の定説を覆すという趣向はもちろん楽しい。ただ、このリチャード三世という題材があまりにピンとこなくて……。
 閑話休題。本日の読了本はそんなジョセフィン・テイの処女作にして、シリーズ探偵グラント警部の初登場作品。『列のなかの男 グラント警部最初の事件』である。

 ロンドンのとある劇場では、いままさに立ち見席の切符が発売されようとしていた。長蛇の列の人々がいっせいに動き出す中、ある男が崩れ落ちる。そして、その背中には短剣が……。男の身元すら判明しない事態に、バーカー警視は信頼するグラント警部に捜査を担当させる。

 ううむ、これは何と申しますか。まず恐ろしいぐらい地味な作品である。全体の雰囲気、ノリは本格というより警察小説。グラント警部たちの地道な捜査をけれんなく描写してゆくのである。途中に若干のアクションは入るものの、クライマックスの謎解きシーンにいたるまでほとんどが渋い展開。というか、これやっぱり本格ではないな。少なくとも当時リアルタイムで本作を読んで、後のブレイクを確信した読者はほとんどいなかったのではないか。
 ただし、下手をすると退屈なだけで終わる話を、丹念な描写でしっかり引っ張ってくれる手腕はデビュー作とは思えないほど見事だ。とりわけグラント警部を初めとする人物描写が活きており、不勉強ながらテイがここまでしっかりした描写のできる人だとは思わなかった。
 とはいうものの、描写の良さだけでお勧めするほどの作品ではないことも確か。英国の探偵小説を系統立てて読みたい人が押さえておけばいい作品だろう(ってそんな人が何人おるのか知らんが)。

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