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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ファーガス・ヒューム『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』(国書刊行会)

 昨年末、国書刊行会から面白そうなミステリのシリーズがスタートした。その名も(シャーロック・ホームズの姉妹たち)。
 いわゆる(ホームズのライヴァルたち)と同趣向の企画で、ホームズと同時代に活躍した探偵たちを集めたものだが、大きな特徴はシリーズ名どおり女性探偵を主人公にしたものだということ。 
 まあ、果たしてこの時代の女性探偵がシリーズを組めるほどいるのか、そもそも今読んでも面白いのかという不安もないではないが、こういう企画自体は大歓迎。何はともあれシリーズの一冊目、ファーガス・ヒュームの『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』を読んでみた。
 収録作は以下のとおり。

The Coming of Hagar「ヘイガー登場」
The First Customer and the Florentine Dante「一人目の客とフィレツェ版ダンテ」
The Second Customer and the Amber Beads「二人目の客と琥珀のネックレス」
The Third Customer and the Jade Idol「三人目の客と翡翠の偶像」
The Fourth Customer and the Crucifix「四人目の客と謎の十字架」
The Fifth Customer and the Copper Key「五人目の客と銅の鍵」
The Sixth Customer and the Silver Teapot「六人目の客と銀のティーポット」
The Sventh Customer and the Mandarin「「七人目の客と首振り人形」
The Eighth Customer and the Pair of Boots「八人目の客と一足のブーツ」
The Ninth Customer and the Casket「九人目の客と秘密の小箱」
The Tenth Customer and the Persian Ring「十人目の客とペルシャの指輪」
The Passing of Hagar「ヘイガー退場」

 質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿

 主人公のヘイガー・スタンリーはジプシーとして生きるロマ族の少女。望まない相手との結婚から逃れるために、質屋を営む叔父を頼ってきたが、ひょんなことから質屋を継ぐことになるという設定。そしてその質屋にいろいろな品物が持ち込まれ、それにまつわる事件を彼女が解決するというお話である。

 正直、この時代のミステリは作品や作家ごとにかなり個体差があるので、出来については本当に心配だったのだが、これは読み物としては悪くない。
 さすがにホームズを期待するのは無謀だが、ミステリの手法を借りた少女の冒険物語という位置付けであればまったく問題なく楽しめる。

 特にホームズものと違う点をあげるとすれば、より下層階級に焦点をあてた物語というところだろう。
 質屋が舞台だから貴族階級などはもちろん縁がなく、ほとんどが生活費に困る貧しい人々、あるいは盗品を処分しようとする犯罪者の類である。そんな人々とのやりとりがリアルに描かれているので、普通の歴史の教科書ではなかなかうかがい知れない、当時のイギリスの庶民の実情がうかがえて興味深い。
 そしてもうひとつ。女性に焦点を当てた物語という部分も忘れてはならない。日本より進んでいるとはいえ、やはり時代が時代である。まだまだ女性の地位は低く、ようやく社会的に女性の立場が認められてきた。そんなヴィクトリア朝時代の背景を理解していれば、主人公の言動や生き方がよりダイレクトに伝わってくるはずだ(これについては解説でも詳しく触れられていてありがたい)。

 とまあ、わかったようなことを書いてはみたが、実はこういったところを意識せずとも、本書は十分に楽しめる。それはやはりヘイガーというヒロインのキャラクターによるところが大きいのだろう。
 美人というのはまあ当然としても(苦笑)、明晰な頭脳に強い正義感、溌剌とした性格に好奇心旺盛なところもあり、加えてエキゾチックな雰囲気も併せ持つなど、ボーイッシュなヒロインとしては非の打ちどころがない(笑)。
 事件そのものが弱くても、彼女が絡むだけで物語が成立する、それぐらいの力のあるキャラクターで、こういうのは当時も今も共通なのだなと再認識した次第である。

 あくまで娯楽読み物なので深みはないけれども、せっかく読むのであれば、ただの暇つぶしですますには惜しい作品集。当時のイギリスの女性観を知る一助としても、けっこう有効な一冊ではないだろうか。

 なお、著者のファーガス・ヒュームは古典作品『二輪馬車の秘密』の作者としてミステリファンの間で知られているが、それ以外にも百冊以上の小説を残している。紹介に値するレベルではないというのが定説だが、本書を読むかぎり、もう少し翻訳されてもいいような気がする。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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