本日は創元推理文庫の古いところで、マニング・コールズの『ある大使の死』を読む。管理人の所持しているのは三版のカバ欠け本で、実に地味な書影なのが残念。

著者のマニング・コールズはスパイ小説を中心に、1940年から1960年ごろまで活躍した英国の作家。日本ではそれほど人気も出なかったようだが、本国ではコンスタントに作品を発表し続け、長編だけでも二十五作あるので、けっこう人気があったことがうかがえる。
ちょっと面白いのは、著者のペンネームが、シリル・ヘンリー・コールズとアデレイド・フランシス・オーク・マニングの合作ペンネームであるということ。二人とも第一次世界大戦を経験しており、それが作品に反映されているのは想像に難くないが、とりわけコールズは通常の兵士としての経験だけでなく、語学が得意だったことから諜報活動に従事していた。
この体験がコールズの運命を決定づけたようで、戦後も普通の会社員生活などにまったく興味がもてず、十年近く世界各国を放浪したり、気が向いた地で働いたりと自由気ままに暮らしていたらしい。そしてようやく父親の住むハンプシャーに帰ってきたとき、隣家に住んでいたのが、もう一方のマニングである。
マニングは小説家志望の女性で、生活の足しにすべく執筆をしていたが、それほど簡単にはいかず、悩んでいたところだった。それを見ていたコールズが小説の共作を申し入れたという。
二人の共作の内情などは明かされていないようだが、書かれた作品がほとんどスパイ小説らしいので、コールズの兵士やスパイとしての経験、世界を見て回った体験が生かされていることは間違いなく、それをマニングが小説として書き起こしていったとみるのが妥当だろう。
さて、ちょっと前振りが長くなったが、『ある大使の死』はこんな話。
六月のある日、ロンドンの駐英エスメラルダ大使館で、客の応対中だったテルガ大使が銃殺されるという事件が起こった。
客の男は即時、エスメラルダ大使館に拘束されたが、治外法権をたてにとる大使館は事件の背景や犯人の素性をまったく公表する様子がない。業を煮やした英国諜報部ではエスメラルダに顔の効く諜報課員トミー・ハムブルドンを調査に向かわせた。
ところが犯人と目された男は自力で大使館を脱出、そのまま警察に保護される。事情聴取の結果、彼はフランス人のデュボアと判明し、犯人ではないことは明らかになったが、それでもどこか怪しい様子。
やがて釈放されたデュボアだったが、今度はなんと彼が爆殺されてしまう……。
マニング・コールズの作品は初めて読んだが、これははなかなか微妙である。いや、それほどつまらないというわけではない。テンポの良い展開、適度に散りばめられたアクション、プロットもまずまずきちんと組まれており、退屈することなくすいすいと読める。
ただ、本書を読むかぎりあまりスパイ小説という雰囲気がないのが物足りないというか、はぐらかされたというか。導入はそれなりにスパイものの雰囲気もあるのだが、全体的に軽目のトーンもあって、むしろ味わいはライトな警察小説やサスペンス小説に近い。
これは事件の真相の性質も大いに関係しているのだが、そういう真相を持ってくること自体ちょっとピント外れな感もあり、スパイものに仕上げる必要性が感じられないのである。
そもそも初期のトミー・ハムブルドンものはかなりシリアスなシリーズだったらしく、内容もそちらのほうが評価されているらしい。
それがシリーズが進むにつれ(007の影響などもあったのだろう)、少しずつエンタメ重視のタイプに変わってしまい、内容的にも評価を落としているようだ。本作はまさにその後期に書かれた作品であり、初期の代表作を読むとだいぶ印象も変わってくるのだろう。
ちなみにそちらのシリアス系は新潮文庫から『昨日への乾杯』、『殺人計画』が出ており、機会があればそちらも読んでみたい。