本日は論創ミステリ叢書から『坪田宏探偵小説選』。
坪田宏は1949年に探偵小説誌「宝石」でデビューした作家である。解説によると、戦後の引き上げ時から広島に在住し、本業のかたわら、若い頃から興味のあった小説の創作も続けていたらしい。そういった条件の割には執筆ペースはなかなかのもので、デビュー二年目にして短編六作を発表しており、創作にかける著者の意気込みがうかがえる。
だが好事魔多し。1953年には長男を亡くし、翌54年には胃潰瘍から癌を発症して、なんと四十六歳という若さで早逝した。
本書はそんな坪田宏の業績をまとめたものだが、中篇が意外に多いことから、いつものように一冊or二冊でほぼ全集とはいかなかったようで、シリーズ探偵の古田三吉ものをすべて収録した選集となっている。
収録作は以下のとおり。
「茶色の上着」
「歯」
「二つの遺書」
「非常線の女」
「義手の指紋」
「宝くじ殺人事件」
「下り終電車」
「勲章」
「俺は生きている」
「引揚船」
「緑のペンキ罐」
「宝石の中の殺人」

管理人はこれまで坪田作品をアンソロジーで二、三作ぐらいしか読んだことはなく、普通に本格系の作家とイメージしていたのだが、今回初めてまとめて読んだことで、プラスアルファの部分が見えてきたことは面白かった。
基本は確かに本格探偵小説である。トリックや謎解きをきちんと物語の中心に据えていることは確かなのだが、その部分だけに注目していると、「まあ書かれた時代を考えるとこんなものか」という評価にしかならないだろう。正直、トリックなどはそこまで驚くようなものはない。
だが、それでは坪田宏の作風を完全に言い表せたことにはならない。面白いのはそういったトリックなどを踏まえたうえで、物語の構造に仕掛けがあったり、テーマの追求など作品全体へのアプローチがあるところか。
たとえば「茶色の上着」などはトリックそものよりも、そのトリックの扱い方に趣がある。「二つの遺書」や「義手の指紋」にしても、実はトリックよりもプロットに面白みがあり、「勲章」は設定と登場人物の味わいで読ませるといった按配。
そういった作品ごとの工夫が、犯罪が行われた背景や作品のテーマを鮮明に浮かび上がらせ、ただの本格とは一味違った読後感をもたらす。そういう意味ではなんとなく先日読み終えた笹沢左保とも少し似ているのかもしれない。
できれば収録されなかった中篇を『坪田宏探偵小説選II』としてまとめ、二冊で坪田宏全集としてほしいものだ。