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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ドナルド・E・ウェストレイク『ギャンブラーが多すぎる』(新潮文庫)

 ドナルド・E・ウェストレイクの『ギャンブラーが多すぎる』を読む。新潮文庫の「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」の一作。

 こんな話。ギャンブル好きのタクシードライバー、チェットは、あるとき客から競馬の裏情報を入手する。それが見事に的中し、配当金を受け取りにノミ屋のトニーを訪ねてゆく。ところがトニーの自宅で発見したのは、撃ち殺されたトニーの死体。警察に連絡し、いったんは解放されたものの、彼のもとへさまざまな人間が脅しをかけにくる。ギャングと思われる二人組、刑事、そしてトニーの妹。彼らは一様にトニーの妻がチェットと共謀していたのではと疑っていた。何とか自分は関係ないことを主張して、いったんはお引き取り願ったものの……。

 ギャンブラーが多すぎる

 ウェストレイクはハードボイルドや悪党パーカーなどのシリアス路線でスタートし、途中から泥棒ドートマンダーに代表されるようなクライムコメディに大きく舵をとった作家である。本作はちょうどその移行期ともいえる時期の作品で、ドートマンダー・シリーズもまだスタートしてはいない。
 だからと言って、まだこなれていないかというと全然そんなことはない。すでにクライムコメディというスタイルを完全にものにしている感じで、主人公のとぼけた味や会話の面白さ、ドタバタなど、ツボもしっかり押さえている。それでいてミステリとしてもも案外しっかりしているのがウェストレイクの器用なところで、ラストなんて普通に「名探偵、みなを集めて〜」をやっていたりするのがまたいい。

 とにかく疲れた頭にちょうどよいというか、本当に何も考えずに楽しめる一作である(褒めてます)。
 正味、面白いだけで特に残るものもないし、刊行当時だってあくまで読み捨て系の面白本のはず。けれども今となってはこういうクラシカルで洗練されたクライムコメディは貴重であり、実は立派な職人技なのだ、ウェストレイクの翻訳は多いけれど、未訳はまだまだ残っているし、次はぜひ短篇集なども出してもらえれば。


D・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』(国書刊行会)

 世田谷文学館でやっている「筒井康隆展」を訪問。ほんとはイベントをやっていた昨日がよかったのだけれど、所用で止むを得ず。
 筒井康隆にはまったのは高校の頃だがそれ以来ずっと読んでいて、特に新刊をリアルタイムで読み始めた『虚航船団』の頃から断筆宣言するあたりまでは傑作が目白押しで幸せな時期であった。好きな作品を五作選べと言われたら『大いなる助走』『虚航船団』『文学部唯野教授』『ロートレック荘事件』『残像に口紅を』『夢の木坂分岐点』『家族八景』『パプリカ』あたりか、全然五作じゃないけど(苦笑)。
 それはともかく「筒井康隆展」だが、中身としては氏の生涯を振り返りながらパネルや生原稿等を展示するというオーソドックスなもので、関係した芝居や映画の上映もやっている。『虚構船団』の生原稿はちょっと感激。当時は手書きなわけだが『虚構船団』みたいなややこしい長編を、原稿用紙でよくまとめたなぁと感心。著者はもちろん編集者も偉いわ。
 お土産は栞と図録。栞は「筒」「井」「康」「隆」の四つがセットになっていてデザインは面白いけれど、紙製なのが残念。多少高くていいからプラスチックか金属にしてほしかった。

 筒井康隆展タテカン
 筒井康隆展グッズ



 本日の読了本はD・E・ウェストレイクの『さらば、シェヘラザード』。国書刊行会〈ドーキー・アーカイブ〉の一冊ということで、やはりけっこう変な小説であった。

 こんな話……といってもストーリーらしいストーリはほとんどない。
 大学時代の友人で今はそこそこ売れている作家ロッドのゴーストライターとして、ポルノ小説を書いているエド・トップリス。ところが締切が近づいているというのに、まったく書くことができない。いざ書き始めても、自分の生活や過去のあれこれに話が流れ、一章書いてはボツにし、一章書いてはボツにし、使い物にならない一章ばかりが溜まっていく……。

 さらば、シェヘラザード

 本作はミステリではなく普通小説であり、しかもその中身が特殊すぎてこれまで翻訳されなかった曰く付きの作品である。ミステリ作家のノンミステリは売れないという事情はあったらしいが、そもそもノンミステリとしてもかなりの異色作で、これは確かに版元としては躊躇して当然である。
 そもそも本書はエドが書いているポルノ小説という設定である。ノンブル(ページ数)が上下に打たれていて、下は本書の正しいノンブル、上はエドが書いている小説のノンブルなのだが、先に書いたようにエドは一章書いてはまた最初から書き直すため、上のノンブルはまた1にリセットされるという具合。
 書かれている内容もポルノ小説どころか、どうやったら書けるようになるのかの試行錯誤だったり、ポルノ小説の創作法だったり、自分の私生活だったり、挙句は過去の思い出にも話は及び、あわてて書き直すという始末。とにかく意識の赴くままに書くから脱線ばかりで、最終的には現実と書いている小説が混ざり合ったりするというメタ的な展開になってくるのである。
 ウェストレイク自身の作品をセルフパロディにしている点をはじめ、いろいろなネタをしこんでいることも興味深い(このあたり解説が詳しくて非常にありがたい)。一見グダグダに見える小説だが、中盤以降の流れなど、実はけっこう緻密に考えられた作品なのである。

 もちろん物語としての面白さを求める向きにはお勧めできるものではないし、ある程度小説を読んだ人でないと辛いだろうが、実験小説やメタフィクションの入門書としては悪くないのではないだろうか。
 「筒井康隆展」を観てきた日にこういうものが読めてちょうどよかった。


ドナルド&アビー・ウェストレイク『アルカード城の殺人』(扶桑社ミステリー)

 向こう半年ほど仕事がとてつもなく忙しくなりそうな予感だが、とりあえずこの週末はできるだけ体を休める方向で。


 ドナルド・E・ウェストレイクが奥さんのアビーと合作した『アルカード城の殺人』を読む。
 本作は普通のミステリではなく、ホテルで行われた推理ゲームイベントをノヴェライズしたもの。日本でもそういうイベントがあったと記憶するが、これは参加者が探偵役としてホテルに宿泊し、そこで演じられる芝居やムービーを見たり、出演者に訊問して、犯人を当てるという観客参加型推理イベントである。
 本作のもとになったイベントはウェストレイク夫妻が構成を担当しているだけでなく、スティーヴン・キングやピーター・ストラウブが出演しているということで、なかなか人気を博したようだ。

 ルーマニアはトランシルヴァニアの森に立つアルカード伯爵の古城。蔵書を整理する仕事に雇われた図書館司書のジョゼフ・ゴーカーは、到着早々に何者かに殺害されてしまう。その首筋には小さな二つの傷痕が……。夜にしか活動しないアルカード伯爵とその娘、信用おけない博士と助手、曰くありげな占い師、突然現れた推理作家夫妻など、容疑者たちの証言から明らかになる真実は……?

 アルカード城の殺人

 なんせ一夜のイベント。正解者がいないと盛り上がりに欠けるということもあるらしく、それほど複雑な謎ではない。正直けっこうストレートな真相で、え、本当にこれでいいのというレベル。
 でも設定はなかなか面白くて、ドラキュラがモチーフになっているのはもちろんだが、他にもクラシック・ホラーのネタが散りばめられている。例えば伯爵の名前アルカード(Alucard)は昔からよく使われるアナグラムで、もとはドラキュラ(Dracula)である。その娘の名前プリメヴァ(Primeva)はヴァンパイア(Vampire)のアナグラムだし、他にもフランケンフィールド博士(これはかなりストレートだね)なんてのも。内容的にも狼男を彷彿とさせるネタがあったり、まあ、いろいろ遊んでいるようだ(この辺、見る人が見ればもっといろいろあるはず)。

 また、ノヴェライズにあたっては単なる小説形式ではなく、できるだけイベントを疑似体験できるような構成にしているのもウェストレイクならではのサービス精神。最初にスライド上映される事件のあらましはナレーション形式(翻訳は講談調?)、参加者が容疑者に質問する部分は、各容疑者の証言というスタイルになっている。
 この容疑者の証言によって事実が徐々に明らかになってくるのだが、これがなかなか読ませるわけで、さすがウェストレイク。まあ、真相を考慮すると積極的にオススメできるような代物ではないが、読んでいる間はそれなりに楽しい一冊であった。


ドナルド・E・ウェストレイク『忙しい死体』(論創海外ミステリ)

 ドナルド・E・ウェストレイクの『忙しい死体』を読む。
 ハードボイルドでスタートした著者が、その作風をユーモアに転換させていった時期の作品。このひとつ前には同じくユーモアミステリの『弱虫チャーリー、逃亡中』があり、その前には『憐れみはあとに』があるのだが、こちらはハードボイルドから離れたとはいえスリラーであったし、本格的にユーモアを取り入れたのは本書が二作目となる。

 忙しい死体

 ボスの片腕として働く、若きギャングのエンジェル。あるとき彼はボスに命じられ、墓から死んだばかりの仲間の死体を掘り出すよう命じられる。実はその死体が着ていたスーツには、なんと二十五万ドル相当のヘロインが隠されていたというのだ。気がすすまないながらも、深夜に墓堀へ向かうエンジェル。ところが棺からは死体が消え失せており、エンジェルはさらに死体探しをボスから命じられるが……。

 後のユーモアミステリでの活躍を十分に彷彿とさせる作品だが、まだ書き慣れていないせいか、後期の作品ほどには弾けていない。主人公はわりとノーマルなタイプだし、ドタバタではあるが悪ふざけという感じがない。訳のせいかもしれないが、文章もやや抑えている印象。そこで好みが分かれる気もするが、個人的にはこれもアリ。
 まあ絶賛するほどではないけれど、後味もよく、通勤通学のお供や暇つぶしにはちょうどいい一冊といえる。


ドナルド・E・ウェストレイク『泥棒が1ダース』(ハヤカワ文庫)

 ドナルド・E・ウェストレイクの『泥棒が1ダース』を読む。ハヤカワ文庫でスタートした「現代短篇の名手たち」の三発目。ルヘイン、ランキンときて、ウェストレイクなので、このシリーズの質はもう完全に保証されたといってよい(ただ、文庫落ちがいくつかあるのは残念)。

 泥棒が1ダース

 本書はウェストレイクの短編集というだけではなく、泥棒ドートマンダーものの短編集でもある。ドートマンダーと言えば、ローレンス・ブロックのバーニイ・ローデンバー、ホックの怪盗ニックと並ぶ現代の三大泥棒の一人(って勝手に決めてます)。しかも長篇では数々の作品が刊行されているドートマンダーものだが、意外に短編集はこれが初めて。個人的にはこれを読まずして何を読みますかというぐらい必読の一冊なのである。
 収録作は以下のとおり。

Dortmunder and Me, in Short「ドートマンダーとわたし」(序文)
Ask a Silly Question「愚かな質問には」
Horse Laugh「馬鹿笑い」
Too Many Crooks「悪党どもが多すぎる」
A Midsummer Daydream「真夏の日の夢」
The Dortmunder Workout, or Criminal Exercise「ドートマンダーのワークアウト」
Party Animal「パーティー族」
Give Till It Hurts「泥棒はカモである」
Jumble Sale「雑貨特売市」
Now What?「今度は何だ?」
Art and Craft「芸術的な窃盗」
Fugue for Felons「悪党どものフーガ」

 こうしてドートマンダー物の短編をまとめて読むと、ある程度、型というか面白さの秘密のようなものが見えてくる。このシリーズはもちろんドートマンダーの泥棒稼業について語られるわけだが、実は大抵の場合、その盗みに絡んで別の事件が発生し、それをドートマンダーが解決するという流れになっている。そしてラストではドートマンダーが本来の自分の仕事も忘れず、ちゃっかり報酬を頂くというオチで締める。つまり二本の縦軸を巧くミックスさせているのである。
 ウェストレイクは語り口も巧いしドタバタも上手だから、ついそちらにばかり目がいくが、そういう面白さも、上で述べたようなしっかりしたプロットや構成があるからこそ。近年訳されてきたドートマンダー物の長篇はボリューム過多の傾向があるが、こういう短い形でビシッと読ませる方が全然よい。
 とにかく期待に違わぬ一冊である。

 なお、「ドートマンダーのワークアウト」のみ特別な事件が起こらない、ドートマンダーの日常の一コマを垣間見せる掌編となっているのだが、実はこの内容がいまひとつ理解できない。アメリカ人と日本人の感覚の差なのか、こっちが鈍いだけなのか。読まれた方、どなたか、この作品の意味をご教授下され。


ドナルド・E・ウェストレイク『憐れみはあとに』(ハヤカワ文庫)

 引き続きウェストレイク消化。ものは1964年に発表された『憐れみはあとに』。
 ハードボイルドでデビューしたウェストレイクが、その作風をユーモアに転換したことはよく知られているが、そのちょうど切り替わりの時期に発表されたのが本書。だからといって、ハードボイルドとユーモアが融合した作品なのかというとそんなことは全然無くて、これがなんとサイコスリラー調の物語であった。

 憐れみはあとに

 精神病院に収容されていたある患者が、看守を殺して脱走した。並はずれた知能を持つその男は、逃亡中に知り合った俳優を殺し、彼に成りすますことにする。そして向かうは俳優が出演するはずだった田舎町のとある劇場。そこでなら身を隠せるかもしれないーーだが、男は早々に犯行を重ねてしまい、大学教授でもある警察署長のソンガードが、捜査に乗り出した。犯人は俳優たちの中にいるはずだーーだがそれはいったい誰なのか?

 サイコスリラーという言葉はなく、多重人格者という存在もまだ一般的ではなかった1964年。多重人格という題材をミステリに用い、かつサスペンスとして成立させたところに本書の意義はあるのだが、残念ながら完成度はそれほど高いとはいえない。
 多重人格者の心理や、かつその心理を読み解きながら犯人を追いつめようとするソンガードの捜査はそれほど悪くない。犯人の言動のいくつかは納得しがたい部分もあり、説得力という部分ではやはり最近のサイコスリラーに一歩譲るだろうが、書かれた年代を考慮すればなかなかのレベルである。
 むしろ問題はミステリとして一本調子になりすぎている部分か。
 設定はすこぶる魅力的なのである。物理的に犯人は四人の俳優たちに絞られるという状況を作り出し、そのうえで犯人の描写(もちろん名前は明かさず)と、捜査側の描写を交互に描いて、サスペンスを盛り上げるところなどはさすがウェストレイクである。
 ただ、ここからが意外なほど淡泊に流してしまう。決して論理で落とし前をつけるわけではないのである。謎解きが狙いではないことはわかるけれど、ここはもう少し犯人捜しという意味で、読者を楽しませる工夫がほしかったところだ。設定が魅力的なだけに、ちょっともったいない一作である。


ドナルド・E・ウェストレイク『空中楼閣を盗め!』(ハヤカワ文庫)

 ドナルド・E・ウェストレイクの『空中楼閣を盗め!』を読む。この人の作品もずいぶん読んだはずだけど、けっこう読み残しも多くて、そもそもスタークやタッカー・コウなど別名義分はほとんど読んでない。追悼、というわけでもないが、ぼちぼち読み進めなければ。ううむ、いつもこういうことばかり書いている気が……。

 空中楼閣を盗め!

 南米のとある小国では大統領がクーデターとゲリラの突き上げにあい、秘かに国外脱出を考えていた。問題は莫大な資産をどうやって運び出すかだ。そこで思いついたのが、折しもパリで開催される万国博覧会。ここに城を丸ごとパビリオンとして再現する計画なのだが、城を分解して運び出す際、その城石をくりぬいて中に金銀財宝を詰め込み、こっそり持ち出そうというのだ。
 しかし、この計画はまもなく凄腕の泥棒ユースタスの知るところとなる。彼は一世一代の大仕事に、ヨーロッパ中の腕利きの泥棒、詐欺師、金庫破りたちを集め、これを盗み取ろうとするのだが……。

 一応は、城を盗むという壮大なホラ話が前提のミステリだが、これはもう読者に笑ってもらいたいだけで書いているようなものだろう(笑)。
 一番のキモは、泥棒たちがイギリスやドイツ、フランス、イタリア等、各国混成チームのところ。互いに言葉が通じないことから起こる誤解をドタバタに変換しつつ、アクセル全開でぶっとばしてゆく。おまけにお国柄を揶揄するようなネタもオンパレードで、いまならさしずめ『ヘタリア』のノリか。登場人物も多くて最初はけっこう読みにくいし、やや散漫な印象もあるけれど、中盤に入る頃からは一気。
 オチもかなり笑えるし、暇つぶしとしてはなかなか強力な一冊である。


ドナルド・E・ウェストレイク『殺しあい』(ハヤカワ文庫)

 ニューヨーク州の地方都市ウィンストン。ギャングと政財界、役人の癒着は今に始まったことではなく、昔から人々はそれなりに折り合いをつけて暮らしてきた。主人公のティムもその一人。自ら犯罪に手を染めることはなかったが、見て見ぬふりをすることで生きる糧を得、今では街で唯一の私立探偵として、不自由のない生活を送っていた。
 そんなある日、「市政浄化連盟」と名乗る団体から、ウィンストンの汚職を正すべくティムに接触がある。同時にティムの命を狙った事件が立て続けに発生し、いつしかティムは街中を揺るがす大事件のど真ん中にいる羽目になる。

 ドナルド・E・ウェストレイクの長編第二作目『殺しあい』を読む。ハードボイルド界の期待の新星と言われていた頃の作品で、大量殺戮が描かれていることから、ハメットの名作『赤い収穫』とも比較される。ただ、さすがにこの比較は分が悪いとしても、ウェストレイク流の『赤い収穫』も十分に満足できるレベルである。

 ハメットの作と大きく違う点は二つ。
 一つはあそこまで辛口のハードボイルドには至っていないこと。まあ、人は山ほど死ぬのだが、主人公の設定が少々甘口。というのも主人公はギャングではなくあくまで民間の探偵。タフなやりとりには場数を踏んでいても、自ら人を殺めることはない。それどころかクライマックスの大量殺戮が始まった直後は、ショックのあまり相棒にハッパをかけられる始末だ。しかし、こういった機微、つまり一見タフに見えながら、実はデリケートな部分を含む男だからこそ、物語に深みを与えるわけであり、ただの殺伐とした物語にしたくはないというウェストレイクの計算であろうと思う。
 もうひとつハメットと異なる点。そして、これもやはりありきたりのハードボイルドにしたくないという気持ちの表れだと思うが、謎解きの部分が意外なほどしっかりしていることだ。これはデビュー作『やとわれた男』でも同様だが、ちゃんと終盤に関係者を集めて謎解きを行うシーンまである。しかも本作では、登場人物同士で犯人を推理し合うみたいな場面まで盛り込まれているから楽しい。

 残念なのは、登場人物が多すぎるのと、そのせいでキャラクター造形が全般的にやや弱いところ。あれだけの数だとどうしても薄味になるのは避けられないのかもしれないが、主人公のキャラクター以外に印象的な人物が少なく、その面での満足度はちょっと低い。
 そうはいっても全体的には非常に満足できる作品。よくもこの複雑な要素を巧くまとめたなというのが一番の感想だ。意外な犯人の正体と事件の絡繰りがほぼ明らかになったところで、クライマックスの壮絶な戦いにつなげるところもサービスが行き届いている。そして何とも印象的な苦い結末。
 現在のユーモア・ミステリもいいのだけれど、こういうタッチのものも、たまに書いてくれてもいいのにね。


ドナルド・E・ウェストレイク『弱虫チャーリー、逃亡中』(ハヤカワミステリ)

 なぜか急にモンティ・パイソンが見たくなって、HMVまで出かける。だが残念ながらTV版はなく、仕方ないので再編集された映画版『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』を購入。
 中学の頃、ブラックユーモアの何たるかを教えてくれたのが、テレビでやっていた『空飛ぶモンティ・パイソン』だった。それ以来ギャグが面白いかどうかの線引きは、常にモンティ・パイソンだったような気がする。

 ドナルド・E・ウェストレイクの『弱虫チャーリー、逃亡中』読了。元々はシリアスな作品でデビューしたウェストレイクが、コメディ路線に方向転換した最初の作品である。
 主人公はなんの取り柄もなく、就職しては失敗だらけのダメ男チャーリー。今では叔父のとりなしで、しがないバーの雇われマスターをこなす日々だ。ただし、この職には裏がある。ときどき店に出入りする怪しげな男たちに、荷物を橋渡しする役目を負っていたのだ。これこそチャーリーだからこそできた役目。変に好奇心が強かったり山っ気がある人間にはとても務まらないというわけだ。ところがそんなある日、状況は一変する。チャーリーが組織を裏切ったと誤解され、いきなり命を狙われる羽目になる。追う二人組の黒服の男。逃げるチャーリー。おまけに組織のボス殺しの容疑まで突きつけられ、もはや運命は風前の灯火。こうなったら自分の手で犯人を見つけ出すしかないのか!?
 基本はチャーリーの逃亡を軸としたスピード感あふれる犯罪小説。これにコメディタッチの味付けがなされ、おまけにチャーリーが事件を通して成長してゆく様なども盛り込むなど、滅法口当たりのよい作品となっている。最後には関係者全員を集めて謎解きを行うなど、サービス精神も満点。コメディ路線一作目とはいうものの、すでに何の迷いもない完成された作品であるといえるだろう。
 残念ながら長らく絶版中であり、もし古書店で見かけたらぜひ。まあ、何千円も出すほどのものではないけれど。


ドナルド・E・ウェストレイク『骨まで盗んで』(ハヤカワ文庫)

 ドナルド・E・ウェストレイクの『骨まで盗んで』を読む。
 ウェストレイクはお気に入りの作家だが、その中でもドートマンダー・シリーズは掛け値なしに面白い。基本的にはユーモアミステリなので、毎回それほど大きな変化があるわけではない。ドートマンダーとその一味が盗みを企てるも、思わぬアクシデントに見舞われて、それを何とかしようとするうちにますますトンデモナイことに……というのがいつものパターンだ。個性的な常連キャラクターも多く、彼らの掛け合いも大きな魅力の一つだろう。

 さて、本作は国連入りをめぐって対立する二国が、その証とすべく聖骨を奪い合うというお話。ドートマンダーたちはその一方の国から聖骨の盗みを依頼されるわけである。特に前半の泥棒失敗劇からドートマンダーの脱出劇までは、一気呵成の面白さだ。
 ただ、問題はこのボリュームだろう。本シリーズも最近のミステリの例にもれず、徐々にページ数が増える傾向にあり、今回もかなりの長さ。そのため途中でややダレ気味となるのが気になった。どちらかというとスピーディーな展開で、カチッと締めてくれる方が、このシリーズには適していると思うのだが。その分だけ、いつもよりは評価が落ちる。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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