ティモシー・フラーの『ハーバード同窓会殺人事件』を読む。
著者についてはほぼ予備知識ゼロ。なんでもハーバード大学在学中に『ハーバード大学殺人事件』でデビューし、生涯で五冊のミステリを残した。その全作に登場するシリーズ探偵ジュピター・ジョーンズは、ハーバード大学で美術を教える講師であり、犯罪に興味をもつアマチュア探偵である。
本作は1941年に発表された本格ものの一冊。
ハーバード大学の同窓会が催され、全米各地から会場のホテルへ集まってくる卒業生たち。ところが隣接するゴルフ場で、卒業生の一人ノースが射殺死体となって発見される。
そのころノースと相部屋になっていたライスが部屋で目を覚ましていた。彼は自分の右手についていた傷や衣服に血がついていることに気づくが、いかんせん飲み過ぎたせいで昨晩の記憶も定かでない。やがてノースの事件を知らされ、昨晩はどうやらその格好でホテル内をうろつき回っていたことを思い出す。
このままでは自分が疑われる可能性は高い。不安になったライスは素人探偵として名高い親友ジュピターに連絡したが、なんとジュピターは結婚式を明日に控える身。ジュピターは結婚式までにライスを助けるべく、新郎ベティとともにホテルへ向かったが……。

全体のテイストだけみると典型的なユーモアミステリのようにも思えるが、本作の魅力はそれだけではない。
まず注目すべきは、某有名作品と同じトリックが本作で使われていること。かなり特殊なネタなので、他の作家が流用するにはかえって度胸がいると思うが(著者が某有名作品を知らなかった可能性もないではないが)、まったく異なるシチュエーションで組み立てているのでそれほどパクリというような印象はない。
まあ本家ほどの鮮やかさはないし、本家が抱えていた主題を少々おざなりにしている欠点はあるのだけれど、しっかり独自の作品にまとめているといっていいだろう。
本作の前半では、ジュピターたちが卒業生の寄稿したクラスレポート(近況報告)を読みながら、それぞれの卒業生に聴き取りを行うシーンがあるのだけれど、結末を知ってからクラスレポートを読み直すのも一興である。
もうひとつ注目したいのは、本作の裏テーマともいうべき側面。
被害者をはじめとして登場人物はみなハーバードの卒業生である。そんな彼らが十年という時を経てそれぞれの人生を歩んでいるわけだが、ちょうど戦時ということも相まって、必ずしもエリートとしての道ばかりではない。
同窓会という舞台はそんな人生の岐路を考えさせる装置であり、明快な答えはないけれども著者のメッセージはじわっと染みてくるところがあり、なかなか捨てたものではない。
ちなみに
『ハーバードからの贈り物』という本があるのだが、同書にはハーバード・ビジネススクールの教授の「同窓会には出るな」という内容の話が載っている。
五年目や十年目の同窓会に出ると、どうしても同期の年収や出世が気になって、短絡的な道に進みがちである。自分が本来めざしていた目標を見失いがちになるので、きちんと長期的な展望を持ちなさいという話だ。
そういう話を頭に入れて本作を読むと、より深く楽しめるのではないだろうか。
ということで、これはけっこう拾いものであった。他の作品の出来はわからないが、このレベルなら紹介を続けてもよいのでは。