論創ミステリ叢書から『岡村雄輔探偵小説選I』を読む。
岡村雄輔は戦後を代表する探偵小説誌『宝石』の出身作家だ。同誌が1948年に開催した「第三回探偵小説募集」に「紅鱒館の惨劇」を応募。受賞こそならなかったものの選外佳作に入り、『別冊宝石』でデビューした。戦後間もないこの時期は、スリラーや変格などがメインだった戦前のムーヴメントから一転、横溝正史を筆頭に続々と本格探偵小説が書かれるようになってきた頃でもある。岡村雄輔もそのトレンドに乗り、本格的な探偵小説を志した一人といえるだろう。
ただ、デビュー間もない頃は精力的に作品を発表していたのだが、トータルでの作家活動期間は十年にも満たない。戦前からの大御所や戦後派五人男と呼ばれた大型新人たちの前には影が薄かっただろうし、兼業作家だからそもそも量産も難しい。加えてプライベートでも不幸が続出して執筆どころではなかった時期もあったらしい。結局、大きくブレイクすることはなく、現代ではすっかり忘れられた作家となってしまう。
本書はそんな岡村雄輔の業績をまとめた全二冊のうちの一巻。秋水魚太郎を探偵役とした初期の本格中心のラインナップである。

「紅鱒館の惨劇」
「盲目が来りて笛を吹く」
「うるつぷ草の秘密」
「ミデアンの井戸の七人の娘」
「廻廊を歩く女」
「夜毎に父と逢ふ女」
「加里岬の踊子」
収録作は以上。
本格志向とはいえ、やはり消えていった作家なのであまり期待はしていなかったが、どうしてどうして。
上で挙げた戦後派五人男あたりと比べるのは酷だし、確かに時代を超えて残るほどの傑作ではないのだけれど、いざ読み始めると、これがなかなか本格愛にあふれた一冊で驚いてしまった。
デビュー作の「紅鱒館の惨劇」は本格黄金期の諸作品、とりわけヴァン・ダインを彷彿とさせる一作。本格探偵小説が必要とする要件をきちんと押さえており、それが結果的に探偵小説の香り付けとして効果を発揮している。著者が目指していたところがわかる一冊でもある。
ただ、肝心のメインの仕掛けが、雰囲気ほどにはいけてない。
「盲目が来りて笛を吹く」はタイトルが横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』のパクリっぽいが、いや、どちらも元は木下杢太郎の詩の一節であり、順序でいえばむしろ岡村雄輔の方が先である。こちらも雰囲気はいいのだけれど物足りなさは同様。
一番の注目作が「ミデアンの井戸の七人の娘」。まず驚くべきは小栗虫太郎を連想させる設定と雰囲気である。もともとデビュー作からしてシリーズ探偵役に秋水魚太郎、熊座警部補のコンビが登場しているほどで、これは言うまでもなく小栗虫太郎の法水麟太郎、熊城捜査局長を模したものであろう。
これに加えて衒学趣味と異様な事件という組み合わせがあり、おまけにメインのトリックも相当あぶない。ヴァン・ダインどころか小栗虫太郎をめざすというチャレンジに拍手を送りたい一作である。
「廻廊を歩く女」は北京を舞台にした秋水魚太郎ものという異色作。血塗れの幽霊という導入部に引き込まれる。
「夜毎に父と逢ふ女」は雰囲気が他の作品とけっこう異なり、より人間ドラマを押し出したスタイル。ただ、その割には人間関係の構図がいまひとつで、登場人物の言動にも説得力がなく、犯人もすぐに読めてしまうのがいただけない。
ラストを飾るのは長編「加里岬の踊子」。こちらも人間ドラマとの融合を試みている節はあるが、まだ成功するには至っておらず、密室なども扱っているが本格としても弱いのは残念。ただ、その方向性は悪くないと思う。