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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ロス・マクドナルド『ブラック・マネー』(ハヤカワ文庫)

 ロス・マクドナルドの『ブラック・マネー』を読む。リュウ・アーチャーものの長編としては十三作目に当たる。

 こんな話。ロサンゼルス郡の郡境にある会員制リゾートクラブで、銀行理事の息子であるピーター・ジェイミスンから仕事の依頼を受けた私立探偵リュウ・アーチャー。
 ピーターの話によると、婚約者ジニー・ファブロンが婚約を破棄し、フランス人の貴族と自称するマーテルという男の元へ去ってしまったという。ピーターはマーテルが犯罪者に違いないと主張し、マーテルの素性を明らかにしてほしいと依頼する。マーテルの素性がはっきりすれば、ジニーは自分の元に帰ってくるという考えだった。
 しかし調査を始めたアーチャーは、ジニーの父がかつて不審なし死を遂げたことなどをはじめ、事件の背景には予想以上に複雑な事情があることを知る…‥…。

 ブラック・マネー

 『運命』あたりから独自の作風を確立してゆくロス・マクドナルドは、次々と傑作を書くようになり、遂にはハードボイルドの一つの頂点ともいえる『さむけ』を発表する。その後は円熟期というか、安定したレベルで作品を発表し続けるもマンネリが顕著になり、1970年代に入る頃から衰えを見せ始めたといわれている。
 本書の発表は1966年。『さむけ』から二年後のことであり、まさに円熟期の頃の作品。相変わらず複雑な設定ながら、アーチャーは丹念に関係者の言動を追い、その裏に秘められた動機や心情を解きほぐす。その積み重ねは事件解決への糸口となるだけでなく、アメリカの家庭に隠された闇をあばくことに通じ、読者に感銘を与えるのである。
 本作では、序盤がマーテルという男の単なる素性調査であり、それはそれで読ませるが、やはり本当に面白くなるのは中盤以降、ジニーの父親の過去の不審死が物語の中心になってからである。例によってその事件は単なる点ではなく、線となってさまざまなトラブルにつながっており、これが明らかになっていく終盤の展開はさすがロスマクである。
 ロス・マクドナルドが本格ミステリファンからも評価されるのは、事件の骨格を見事に隠しとおし、ラストの意外性を保つところが大きいと思うのだが、本作もそういう意味では評価に値する一作だ。

 ただ、正直なところ『縞模様の霊柩車』、『さむけ』、『ドルの向こう側』と続いたうえでの『ブラック・マネー』はさすがに分が悪い。
 意外性とか目眩しの部分が実は引っ掛かっているところで、ちょっと本筋のテーマや流れから外れている感じ。そこに落としてしまったかという気持ちの悪さがある(苦笑)。意外性はあるし、別に矛盾しているとか破綻しているとかそういう問題はないのだが、個人的にはなんとも座りの悪い真相に感じられるのである。まあ、他の作品と比べたら、という話なので、水準は十分にクリアしているのだけれど。


ロス・マクドナルド『ドルの向こう側』(ハヤカワ文庫)

 久々にロスマク読破計画が一歩前進、『ドルの向こう側』を読む。リュウ・アーチャーものとしては十三作目となる。前回の『さむけ』が2020年の9月の読了だったので、約一年半も空いてしまった計算になる。何とか月一ペースにして今年中に済ませてしまいたいものだ。

 まずはストーリー。私立探偵リュウ・アーチャーは寄宿制の学校ラグナ・ペルディダの校長から生徒の捜索を依頼される。ラグナ・ペルディダは地区の問題児を多く受け入れる学校だが、生徒の一人トム・ヒルマンが夜中に脱走したのだ。ところがアーチャーが調査を始めるやいなや、トムが誘拐されたという知らせがトムの両親からもたらされた。ところがトムの行方を追うアーチャーは、まもなくトムが謎の女と街を出歩いているという情報を入手する……。

 ドルの向こう側

 いやあ、これはまた何というか、『さむけ』とはまた味が異なるのだが、こちらも文句なしの傑作。ややもすると『さむけ』をはじめとするトップクラスの作品よりは落ちるといった書評も見たりするが、全然そんなことはない。著者の作品はもちろんハードボイルドだが、本格要素も強く、サプライズも疎かにはしていないところが強み。そして何よりそれらミステリとしての枠すら超えた小説としての面白さと感動がある。
 マクドナルドの感想は毎回、同じような感じになってしまってお恥ずかしいかぎりだが、実際そういう感想になってしまうのだからしょうがない。

 本作では失踪人の調査から始まるが、早々に誘拐事件に舵を切り、ついには殺人も起こるわけだが、それでも特別驚くような展開というわけではない。むしろ本作では中心となる少年トム・ヒルマンがなかなか登場せず、一見失踪事件ではあるが実はいったい何が起こっているのか、そしてその裏にある本当の問題とは何なのか、なかなか明らかにならない。ヒルマン一家の抱える問題も朧げながら見えるものの、それはまったく表面的なものでしかない。それでもアーチャーの調査の過程で、それらの謎少しずつ解き明かされ、それが物語の推進力にもなっている。
 そして物語の終盤、アーチャーがようやくトムと出会えてからの展開は圧巻だ。アーチャーとトム、トムの両親たちとのやりとりは事件の真相だけでなく、ヒルマン家の本当の闇を明らかにする。実に残酷な真相ではあるが、それが単にヒルマン家だけの問題ではなく、同時にアメリカに蔓延している病であることも気づかせてくれる。ぶっちゃけマクドナルドお得意のパターンではあるのだが、この流れるような手管が実に見事。そして最後の最後で、もう一つ強烈な印象を残す。

 個人的に印象深かったのは、何といってもアーチャーとトムのラストのやりとりだ。トムの行動は拙いながらもその根っこは決して間違っているわけではない。トムの問題を肥大化させたのはやはり親子の関係であり、悪いのは大人だ。それでもトムに理解、納得してもらわなければならない現実もあり、アーチャーはできるかぎり誠実に対応する。この切なさ。そして、それでもトムの心を変えることはできない。
 ラストの衝撃も踏まえ、トムがこの後どのような人生を歩むのか、マクドナルドはあえて一切を描いていないが、安っぽいハッピーエンドや希望をあえて残さなかったところにマクドナルドの覚悟が感じられる。


ロス・マクドナルド『さむけ』(ハヤカワ文庫)

 ロスマク読破計画もようやくここまで辿りついた。本日の読了本はロス・マクドナルドの『さむけ』。著者の第十六作目の長篇で、リュウ・アーチャーものとしては十二作目(短編集一冊を含む)にあたる。ロス・マクドナルドの代表作というだけでなく、ハードボイルド史上、いやミステリ史上に残る傑作である。

 まずはストーリー。裁判で証言を終えた私立探偵アーチャーは、アレックスと名乗る青年に声をかけられた。結婚したばかりの妻ドリーが失踪したので探してほしいというのだ。失踪直前にドリーが会ったという謎の男を皮切りに、調査を進めていくアーチャー。やがて大学関係者の家で働くドリーを発見することはできたが、彼女は帰りたくないという。どうやら失踪の背景には、少女の頃に起こった事件が関係しているらしいが、今度はアーチャーが聞き込みをしたドリーの知人の女性教授が殺害されてしまい……。

 さむけ

 いやあ、ン十年ぶりの再読だったが、やはり、『さむけ』は凄い。
 複雑なプロットと多彩な登場人物、そこから炙り出される人間の闇。それらが非常に濃い密度で描かれているのが凄い。読者はアーチャーとともにこの迷路のような物語を少しずつ紐解いてゆく。そして最後に明かされる真実に対し、ミステリとしての仕掛けに驚くと同時に、あらためて人間の業というものを感じさせられるのだ。この徹底的に濃縮された苦味こそがロスマクの醍醐味である。

 テーマは中期以降の作品によくあるように〈家族〉だ。もちろんただ〈家族〉のドラマを描いているわけではない。そこには〈家族〉だからこそ起こりうる普遍的な問題に加え、アメリカの社会問題や著者の抱えていた個人的な問題も投影されているため、一筋縄ではいかない。
 しかもたいていの場合、その〈家族〉が単体ではなく、複数の家族が多重的かつ執拗に描かれることが多く、おまけに家族を構成する一人ひとりに対しても強烈な深掘りがなされている。しかも先ほども書いたように、ロスマクの場合は密度が濃い。一人としてむだな人間はいないのである。

 たとえば冒頭から登場する依頼人アレックスなどは、失踪した妻を探してくれという、いかにもハードボイルド的な入り方をしてくる。しかし導入こそ典型的だが、若い男性にしては非常に情緒不安定なキャラクターとして描かれている。おかげでアーチャーの調査にも支障をきたしがちだが、妻が発見されると次第に落ち着きを増し、精神的な強さを取り戻していく。
 アーチャーもようやくひと安心するのだが、ここへ厳格な父親が登場するにおよび、再び自主性も自信も失った男に戻るのである。アレックスの言動から感じられた不安定さは、妻が失踪したことだけではなく、実は父親による長年の支配が原因であったことが推測されるわけで、こういったエピソードの一つひとつが物語に奥行きを与えている。

 ただ、これはほんの一例、しかもアレックスなどは比較的シンプルかつ軽い方で、実は女性キャラクター側の家族にこそ、ロスマクの本領が発揮される。ドリーの家族、殺害される女性教授の家族、ドリーを雇った資産家の家族……そういった、それひとつだけで十分に物語になるぐらいの家族の闇が、幾重にも重なり、互いに影響を与えていく。
 一応は縦軸たる事件があるのだけれど、こうしたさまざまな家族のドラマがなければ、より芳醇な物語にはならなかったことは間違いない。ラストの意外性から、『さむけ』は本格ミステリ以上に本格ミステリだという意見もあるが、それも家族のドラマがあるからこそ効いてくるのである。

 もちろん欠点もあるだろう。プロットが複雑すぎる面はあるだろうし、この長さは必要ないんじゃないかとか、真相に至るまでの謎解きが重視されていないとか、あるいはロスマクはどれも似たような話ばかりではないかという声も聞く。
 しかし、批判の多くはどちらかというと好みの範疇だったり、ハードボイルドというスタイルに理解がないせいともいえる。似たような話が多いというのも、それはロスマクというよりハードボイルド全般にいえることであり、そもそもハードボイルドに関していえば、同じような題材・テーマを繰り返し描き、深掘りすることで、よりクオリティを上げたりメッセージ性を高める側面もあるので、一概に欠点とは言えないだろう。

 とりあえず確かなのは、本作はやはり傑作であるということ。ちなみにロスマク作品には、ほかにも「さむけ」を感じさせてくれるものがいくつもあるので、気になる人はぜひ中期の作品だけでも読んでほしいものだ。


ロス・マクドナルド『縞模様の霊柩車』(ハヤカワ文庫)

 ロスマク読破計画、久々の一歩前進。長編十六作目となる『縞模様の霊柩車』である。まずはストーリーから。

 私立探偵リュウ・アーチャーの元へ新たな依頼人が現れた。退役大佐のマーク・ブラックウェルは娘のハリエットが自称画家と名乗るパーク・デイミスという男に騙されているといい、その結婚を止めるため、男の身元を調査してほしいという。
 さっそく調査をスタートさせたアーチャーは関係者に会い、さらにはメキシコへも飛ぶが、その中で浮かび上がってきたのは、デイミスが二つの殺人事件に関与しているのではないかという疑惑だった……。

 縞模様の霊柩車

 ロスマクの代表作といえば世間的には『さむけ』が一番だろうが、『縞模様の霊柩車』を推す人も少なくない。まあ、それも読めば納得というわけで、『縞模様の霊柩車』を書いた時点では集大成といっても良いぐらいの作品だ。
 ロスマク作品に見られるさまざまな特徴。例えばアメリカの家族に潜む病巣の掘り下げ、探偵を事件の観察者・質問者として描く手法、ミステリとしての仕掛けやサプライズ、プロットの構築などなど、どれをとっても文句なしではないか。

 あえて欠点を言うとすれば、事件が地味だったりそもそもストーリーが地味というところはあるのだが、いざ読み終えると、アーチャーのそんな地道な捜査の中に多くの伏線が忍ばせてあること、プロットをいかにして効果的にストーリーに落としているかに気づかされ、そんな欠点は何のマイナスにもならないことがわかる。
 むしろストーリーへの昇華というか、ロスマクの語りが見事すぎて堪らない。
 ハードボイルドは本格ミステリとは異なり、探偵が行動しないことにはストーリーも回らない。本作でもアーチャーは静かながら常に動き回っており、それによって情報が少しずつ積み上がって真相が見えてくる。しかし、その行動の結果が実は表面的なもので、そこからどんでん返しを持ってくるのは、それだけでも十分に面白いとはいえ、特別珍しい趣向ではない。
 本作が本当に凄いのは、ラストまでの展開や人物描写などによって、その真相が起こるべくして起こったのだと、最後に読者に気づかせる点にある。伏線も鮮やかなのだけれど、伏線というのとは少し違って、ロスマクは最初から、その人間がどういう人物なのか、非常に的確に語っているのである。だからラストでどんでん返しを味わった結果、その意外性とともに、真相に至らなかった自分の読みに愕然となるのだ。

 ともあれ今更ではあるが紛れもない傑作。次は『さむけ』だが、さあ、いつにするか。


ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ文庫)

 先週は水木金の三日連続で接待等々の飲み会があり、土曜は朝から台風に備えて家周辺の片付けやら窓の養生に明け暮れ、その後、台風は去ったものの日曜は日曜は後片付けである。
 そんなドタバタの疲れもラグビーW杯日本×スコットランド戦の感動でかなり解消し、さらには録画しておいた『RIZIN』と『八つ墓村』も見ればさらに回復できる見込みである。

 ただ、そんなわけで先週はほとんど読書が進まなかったのだが、ようやくロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』を読み終える。ロスマク読破計画、久々に一歩前進。

 まずはストーリー。
 メドウ・ファームズの町に住む富豪ホーマー・ウィチャリーを訪ねた私立探偵のリュウ・アーチャー。ホーマーの依頼は失踪した二十一歳の娘・フィービーの捜索だった。彼女は三ヶ月前、航海に出るホーマーをサンフランシスコの波止場で見送ったあと、その消息を絶っていたのだ。
 アーチャーは見送りの当日、ホーマーのもとへ前妻のキャサリンが現れて騒動を起こしたことを聞き出すが、なぜかホーマーはそれ以上キャサリンについては話そうとしない。ウィチャリー家に暗い影が覆っていることを感じつつ、アーチャーはひとまずフィービの住んでいた下宿を訪れる……。

 ウィチャリー家の女

 ロスマクの後期傑作群の先陣を切る作品であり、ハードボイルド全体のなかでもかなりのポジションに位置する作品といってよいだろう。
 後期作品の特徴として知られる家族の悲劇や崩壊というテーマ、豊穣な人物描写などは当然として、何より本作で実感できるのは、探偵のアーチャーが私情をほぼ混えずに淡々と関係者にあたり、その真相を導いていくというスタイルをはっきり打ち出したことだ。
 多少は荒っぽい場面もあるけれど、それまでのロスマク作品に比べると、アーチャーの感情の発露などが恐ろしいほど抑制されており、別人の気配すらある。

 ハードボイルドの場合、社会悪や正義、探偵自身の生き方といったものにフォーカスを当てる作家が多いけれども、ロスマクの場合、特に後期作品の場合だが、興味はあくまで事件やその関係者を描くことにシフトしている。
 たとえば本作では“ウィチャリー家の女”はもちろんだが、その他のウィチャリー家の面々も一筋縄でいかない者ばかりで、その各人とアーチャーのやりとりが滅法面白い。アーチャーは自己を徹底的にころし、薄皮を剥いでいくかのように彼や彼女の内面に迫る(この方向性は、本作が書かれる前に起こった、ロスマク自身の娘の失踪事件が影響していることは間違いないだろう)。
 そこに奇をてらったような手法はないのだけれど、結果として表出した事実はショッキングであり、あらためて本作が一級のミステリだったことに気づくのである。

 イキのいいロスマク初期作品、あるいはチャンドラーのマーロウに比べれば、ストーリーなどの点で物足りなさを感じる向きもあるかもしれないが、この全体的に抑えた重苦しい味わいこそが後期ロスマクを読む楽しみである。逆にいうと変にハードボイルドにこだわりがないような人の方が、より本作を楽しめるといえるだろう。傑作。


ロス・マクドナルド『ファーガスン事件』(ハヤカワミステリ)

 ロス・マクドナルド読破計画を一歩前進。本日の読了本は長編十四作目の『ファーガスン事件』。これが最後のノンシリーズ作品である。

 まずはストーリー。カリフォルニアで弁護士を営むビル・ガナースンは、エラ・バーカーという若い看護婦の弁護を担当することになった。彼女は盗品のダイヤの指輪を古物商に売った容疑で逮捕されたのだ。警察は彼女が最近多発している強盗事件の一味だと睨んだが、彼女は警察はおろかガナースンにも一切を話そうとしない。
 しかし、古物商の男が殺されて状況は一転。彼女はラリー・ゲインズというフットヒル・クラブに勤める男からそれをプレゼントされたのだと告白する。
 ガナースンはゲインズの行方を追い、ファーガスンという富豪夫妻のもとにたどり着くが……。

 ファーガスン事件

 ロス・マクドナルドの転換期に書かれた本作。前作のリュウ・アーチャーもの『ギャルトン事件』ではいよいよ後期の重厚な作風を強く感じさせる一作ではあったが、本作ではいったん方向性を再確認するかのように、これまでの流れとは異なるスタイルを試しているところが目につく。
 例えばアクションシーンをふんだんに盛り込んでみたり、主人公の生活や家族を描いてみたり。大雑把にいうと、探偵の存在が希薄になっていく後期のアーチャーものに対し、本作はしっかりと探偵役のガナースンを前面に出して物語を動かしているというイメージ。
 ここからは推測だが、おそらく著者はそのほうが効果的にテーマを描けるかどうか試してみたというところではないのだろうか。これをアーチャーものでいきなりやられると戸惑うが、ノンシリーズで、ということであればもちろんOK。そんなことは著者の方が百も承知だろう。

 事件そのものは相変わらず上手い。物語の序盤こそ看護婦の無罪を証明するためにラリー・ゲインズという男を追うという流れだが、事件の核心はいつしかファーガスンの新妻ホリー・メイへ。例によって途中からかなり複雑な事件であることが予想でき、そこからが著者の腕の見せどころである。
 複数の流れをきちんと収束させ、終盤ではかなり驚かされる場面も二回ほどあり(これがまた巧い!)、しかもラストの余韻も悪くない。

 ということで後期傑作とまではいかないまでも、全体としては充分に楽しめる一作。アーチャーものでは味わえない、家族のために戦うという主人公が見られるのも大きな魅力のひとつだろう。


ロス・マクドナルド『ギャルトン事件』(ハヤカワミステリ )

 ロス・マク読破計画をひとつ進める。本日の読了本は長編十三作目にあたる『ギャルトン事件』である。

 こんな話。大富豪ギャルトン家の弁護士セイブルに呼び出された私立探偵リュウ・アーチャー。その用件とは、未亡人マリア・ギャルトンが二十年前に別れたまま行方不明となっている息子アンサニイを探し出してほしいというものだった。
 当時、アンサニイは家柄に合わない女性と結婚したために家を追い出されたのだが、今やマリアも病気で明日をも知れぬ身。最後にアンサニイと再開し、すべてを許してやりたいと考えたのだ。見込みは薄そうだが、とりあえず調査を引き受けたアーチャー。しかし、その直後にセイブルが雇っている下男が殺されるという事件が起き、現場に向かうアーチャーは何者かに車を強奪されて……。

 ギャルトン事件

 参った。本作は著者自身も大きなターニングポイントとなったことを認めている作品であり、いよいよ後期傑作群にリーチがかかった時期の作品だったのだが、もうこの時点で十分に傑作ではないか。

 行方不明者の捜索や家族の悲劇、題材やスタイルこそいつもと似たような感じなのだが、ますます磨きがかかっており、特にプロットはお見事。複雑なストーリー展開は毎度のことだが、本作においては各種ピースを無駄なく絡め、余分なものが一切ない。登場人物の心理や行動、あるいは伏線の張り方など、すぐにもう一度確かめたくなるほど巧いのである。
 とりわけ印象的だったのは中盤以降の展開である。ストーリー的には少々スムーズにいきすぎる嫌いはあるのだが、ある人物が登場したあとの静的なアプローチが、著者の円熟を感じさせる。正直、この展開はあまり予想していなかっただけに、実は事件の真相より、この構成にこそ感心してしまった。

 もちろん単にプロットが緻密というだけではなく、行方不明者の捜索と弁護士の使用人殺しがどう結びつくのか、中盤で登場するある人物の真偽など、ミステリ的な興味も十分満足できるものだ。さらには終盤のどんでん返しにも驚かされる。
 それらが渾然一体となっているからこその傑作なのである。
 著者にしては珍しく、希望を感じさせるラストも悪くないし、ロス・マク入門の一冊としては最適なんではなかろうかとも思った次第。これが文庫になっていなかったとは驚きである。


ロス・マクドナルド『運命』(ハヤカワミステリ)

 ちょっと間が空いてしまったが、久々にロスマク読破計画を一歩進める。本日の読了本はロス・マクドナルドの『運命』。著者の長編第十二作目、リュウ・アーチャーものとしては七作目にあたる。

 こんな話。私立探偵リュウ・アーチャーの事務所を早朝訪れた青年は、ひどくおかしな様子であった。ちょっと奇妙な衣服、怯えたような立ち振る舞い……。精神病院から脱走してきたカールと名乗るその青年は、兄や医者の陰謀だと訴え、さらには最近死亡した父の死因も疑わしいと話す。
 アーチャーは心動かされながらも、その言動の危うさからまずは病院へ帰るべきだと説得し、カールを車で送っていくことになった。しかし病院の近くまで来たとき、アーチャーは急にカールに襲われ、拳銃と車を奪われてしまう……。

 運命

 前期の典型的なB級ハードボイルドの世界から、後期の心理学なども入れ込んだ深みのあるハードボイルドへの架け橋となる時期の作品。両者のいいとこどりとはいかないまでも、わずか1日ほどの事件を濃密に描いていることも印象的で、著者の作品の中でも忘れがたい一作と言えるだろう。

 顕著なのはやはり“家族の悲劇”という部分。後期作品にはおなじみのテーマだが、そのほかの時期でもたびたび扱われ、本作でもまた大きなテーマとなっている。アーチャーは積極的に事件に関わってはいくけれども、ストーリーラインの中心にあるのは常にカールであり、カールの家族である。カールの妻ミルドレッドとその家族も含め、アーチャーの前に立つ人々は誰もが強烈な個性をもち(というか全員なにかしら病んでいるような連中ばかり)、ぶつかりあう。もはやアーチャーの意思とは関係なく、カタストロフィに向かって転がってゆく。
 ストーリーが整頓しきれていないというか、とりわけ中盤以降はグダグダした感じにはなってしまうが、そういう欠点すらこの混沌とした物語にはちょうど合っているのかもしれない。
 そして、それを締める事件の真相は、ラストの犯人の長い告白となって示される。これを受けてのアーチャーの内省も切なく、余韻もまたよし。


ロス・マクドナルド『死体置場で会おう』(ハヤカワミステリ)

 ロス・マクドナルドの『死体置場で会おう』を読む。アーチャーものはひと休みして、今回はノンシリーズ作品。
 『暗いトンネル』等、初期の非アーチャーもの四冊はけっこう昔に読んだのだが、まあロスマクとはいえ習作的にみなされることも多く、やはりそこまで満足できるものではなかった。しかし、本作は1953年の刊行。『象牙色の嘲笑 』と『犠牲者は誰だ』の間に書かれたものであり、それなりに期待はできそうだ。

 まずはストーリー。
 パシフィック・ポイント市に住む富豪エイベル・ジョンスンの息子ジャミイが誘拐された。犯人と目されたのは、その朝ジャミイと一緒に車ででかけた運転手のフレッド・マイナーである。脅迫状を読んだエイベルは警察に届けることを拒み、身代金を自ら渡す手はずを整えようとする。
 一方、フレッドの妻エミイは地方監察官ハワード・クロスの事務所に出き、誘拐事件を伝えるとともに夫の無実を訴えた。ハワードはその日の朝にフレッドとジャミイに会っていたこともあり、この事件に不可解なものを感じるが……。

 死体置場で会おう

 もともとシリアスな作品、文学を目指していたロス・マクドナルドだが、初期の作品はあくまで生活のために書いた娯楽作品。だがアーチャーものを書いていく中で、ハードボイルドの可能性に目覚め、後期の文学的な作風につながっていく。
 本作はそんなロス・マクの過渡期的な雰囲気が感じられる。比較的落ち着いたストーリーで登場人物の描き方も深い。
 特に本作の場合、結婚というテーマが幾重にも描かれているのが大きな特徴である。探偵役、事件関係者、被害者、加害者と、すべての者たちに対して夫婦(もしくは恋人)のドラマがあり、それらを対比させつつ、最終的にある種の希望を感じさせるのが嬉しいし、珍しいといえば珍しい。
 ちなみにその点こそが、本作でアーチャーを起用しなかった大きな理由でもあると思われる。

 ただ、そういった部分だけでなく、本作はミステリとしてもかなりの面白さである。ロスマクは本格ファンからも人気のある珍しいハードボイルド作家だが、それはもちろん謎解きや意外性がハイレベルであるからに他ならない。
 本作では誘拐事件がベースになっているのだが、以前に起こったある交通事故が大きなカギを握っている。このつながり、交通事故の本当の意味を掴むというのがストーリーの柱になっているのだが、中盤ではその流れが単調になってしまうという欠点はあるものの、真相は完全にこちらの読みの上手をいく。
 途中までは、さすがのロスマクもノンシリーズではやはり本領発揮とはいかなかったかと思っていたのだが、まあ、自分の読みの浅いことよ(苦笑)。しかも真相がまた本作のテーマをしっかりと感じさせるもので、これはもしかするとロスマク前期のベストといってもいいのかもしれない。

 文庫化もされずノンシリーズということもあって知名度の低い本作だが、これは意外な傑作。古書価もそれほどではないので、ご縁があったらぜひどうぞ。


ロス・マクドナルド『兇悪の浜』(創元推理文庫)

 ロス・マクドナルドの『兇悪の浜』を読む。アーチャーものの長編としては六番目の作品にあたる。まずはストーリーから。

 カリフォルニア州のマリブにある高級スイミングクラブ。その支配人バセットに呼ばれた私立探偵アーチャーは、門前で警備員と揉めているジョージという青年と出会う。その場を収めたアーチャーがバセットに面会すると、彼はいま巻き込まれているトラブルについて話し出した。
 かつてこのクラブに勤めていたヘスターという女性がいた。彼女を娘のように愛し面倒もみていたバセットだったが、へスターは悪い仲間と付き合い、その後姿を消してしまう。ところが彼女には夫がおり、その夫はバセットが妻の失踪に関係あるのではと思い、脅迫まがいの電話をかけていたのだ。そして、その夫こそ先ほど警備員と揉めていた青年ジョージだったのである。
 そのとき、再びクラブに押し込んできたジョージ。アーチャーとバセットはなんとか彼を落ち着かせ、最終的にはバセットの費用でアーチャーがジョージのためにへスターを捜索することで合意する。だが、へスター失踪の裏には二年前にクラブで起こったある殺人事件が関係している線が濃厚となり、調査に暗雲が立ち込める……。

 兇悪の浜

 ロス・マクドナルドの作風は、アーチャーものの第八作『ギャルトン事件』あたりから深みのあるものに転換したいったというのが定説だが、そうはいっても本作だってアーチャーものの六作目。多少の変化は感じられるかと思ったのだが、いや、その予想は見事に裏切られた。
 むしろ初期作品でもかなり荒っぽい内容の事件であり、おまけに作品の質自体も粗っぽい。プロットが単調な割りには人の出入りが多く、特に終盤のストーリー展開は焦点を定めて突き進んでいくイメージがなく、もうひとつ盛り上がりに欠けてしまう。

 とはいえ惚れた弱みか(笑)、前半のジョージとの奇妙な友情ともいうべき関係性は面白いし、また、終盤、事件に巻き込まれた女性との会話が妙にカウンセリング的なところなど、気に入っている部分も少なくない。本作は本作で楽しく読めた。
 また、主要な事件関係者のほとんどが闇を抱えており、それが暴力や人間不信を生み、悲劇の火種となっているところは毎度のことながら効果的だ。事件解決によって必ずしもハッピーとはならないのだが、何かしら心に沁みてくるものがあるのがロス・マクドナルド作品のいいところである。

 まとめ。後期の傑作群はもちろん、『象牙色の嘲笑』や『犠牲者は誰だ』といった初期の代表格と肩を並べるのも難しい感じだが、それでも初期ロスマクの魅力はそこかしこに感じられ、ハードボイルド好きなら読んでおいて損はない。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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