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 ロス・マクドナルド読破計画を一歩前進。本日の読了本は長編十四作目の『ファーガスン事件』。これが最後のノンシリーズ作品である。

 まずはストーリー。カリフォルニアで弁護士を営むビル・ガナースンは、エラ・バーカーという若い看護婦の弁護を担当することになった。彼女は盗品のダイヤの指輪を古物商に売った容疑で逮捕されたのだ。警察は彼女が最近多発している強盗事件の一味だと睨んだが、彼女は警察はおろかガナースンにも一切を話そうとしない。
 しかし、古物商の男が殺されて状況は一転。彼女はラリー・ゲインズというフットヒル・クラブに勤める男からそれをプレゼントされたのだと告白する。
 ガナースンはゲインズの行方を追い、ファーガスンという富豪夫妻のもとにたどり着くが……。

 ファーガスン事件

 ロス・マクドナルドの転換期に書かれた本作。前作のリュウ・アーチャーもの『ギャルトン事件』ではいよいよ後期の重厚な作風を強く感じさせる一作ではあったが、本作ではいったん方向性を再確認するかのように、これまでの流れとは異なるスタイルを試しているところが目につく。
 例えばアクションシーンをふんだんに盛り込んでみたり、主人公の生活や家族を描いてみたり。大雑把にいうと、探偵の存在が希薄になっていく後期のアーチャーものに対し、本作はしっかりと探偵役のガナースンを前面に出して物語を動かしているというイメージ。
 ここからは推測だが、おそらく著者はそのほうが効果的にテーマを描けるかどうか試してみたというところではないのだろうか。これをアーチャーものでいきなりやられると戸惑うが、ノンシリーズで、ということであればもちろんOK。そんなことは著者の方が百も承知だろう。

 事件そのものは相変わらず上手い。物語の序盤こそ看護婦の無罪を証明するためにラリー・ゲインズという男を追うという流れだが、事件の核心はいつしかファーガスンの新妻ホリー・メイへ。例によって途中からかなり複雑な事件であることが予想でき、そこからが著者の腕の見せどころである。
 複数の流れをきちんと収束させ、終盤ではかなり驚かされる場面も二回ほどあり(これがまた巧い!)、しかもラストの余韻も悪くない。

 ということで後期傑作とまではいかないまでも、全体としては充分に楽しめる一作。アーチャーものでは味わえない、家族のために戦うという主人公が見られるのも大きな魅力のひとつだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ロス・マク読破計画をひとつ進める。本日の読了本は長編十三作目にあたる『ギャルトン事件』である。

 こんな話。大富豪ギャルトン家の弁護士セイブルに呼び出された私立探偵リュウ・アーチャー。その用件とは、未亡人マリア・ギャルトンが二十年前に別れたまま行方不明となっている息子アンサニイを探し出してほしいというものだった。
 当時、アンサニイは家柄に合わない女性と結婚したために家を追い出されたのだが、今やマリアも病気で明日をも知れぬ身。最後にアンサニイと再開し、すべてを許してやりたいと考えたのだ。見込みは薄そうだが、とりあえず調査を引き受けたアーチャー。しかし、その直後にセイブルが雇っている下男が殺されるという事件が起き、現場に向かうアーチャーは何者かに車を強奪されて……。

 ギャルトン事件

 参った。本作は著者自身も大きなターニングポイントとなったことを認めている作品であり、いよいよ後期傑作群にリーチがかかった時期の作品だったのだが、もうこの時点で十分に傑作ではないか。

 行方不明者の捜索や家族の悲劇、題材やスタイルこそいつもと似たような感じなのだが、ますます磨きがかかっており、特にプロットはお見事。複雑なストーリー展開は毎度のことだが、本作においては各種ピースを無駄なく絡め、余分なものが一切ない。登場人物の心理や行動、あるいは伏線の張り方など、すぐにもう一度確かめたくなるほど巧いのである。
 とりわけ印象的だったのは中盤以降の展開である。ストーリー的には少々スムーズにいきすぎる嫌いはあるのだが、ある人物が登場したあとの静的なアプローチが、著者の円熟を感じさせる。正直、この展開はあまり予想していなかっただけに、実は事件の真相より、この構成にこそ感心してしまった。

 もちろん単にプロットが緻密というだけではなく、行方不明者の捜索と弁護士の使用人殺しがどう結びつくのか、中盤で登場するある人物の真偽など、ミステリ的な興味も十分満足できるものだ。さらには終盤のどんでん返しにも驚かされる。
 それらが渾然一体となっているからこその傑作なのである。
 著者にしては珍しく、希望を感じさせるラストも悪くないし、ロス・マク入門の一冊としては最適なんではなかろうかとも思った次第。これが文庫になっていなかったとは驚きである。


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 ちょっと間が空いてしまったが、久々にロスマク読破計画を一歩進める。本日の読了本はロス・マクドナルドの『運命』。著者の長編第十二作目、リュウ・アーチャーものとしては七作目にあたる。

 こんな話。私立探偵リュウ・アーチャーの事務所を早朝訪れた青年は、ひどくおかしな様子であった。ちょっと奇妙な衣服、怯えたような立ち振る舞い……。精神病院から脱走してきたカールと名乗るその青年は、兄や医者の陰謀だと訴え、さらには最近死亡した父の死因も疑わしいと話す。
 アーチャーは心動かされながらも、その言動の危うさからまずは病院へ帰るべきだと説得し、カールを車で送っていくことになった。しかし病院の近くまで来たとき、アーチャーは急にカールに襲われ、拳銃と車を奪われてしまう……。

 運命

 前期の典型的なB級ハードボイルドの世界から、後期の心理学なども入れ込んだ深みのあるハードボイルドへの架け橋となる時期の作品。両者のいいとこどりとはいかないまでも、わずか1日ほどの事件を濃密に描いていることも印象的で、著者の作品の中でも忘れがたい一作と言えるだろう。

 顕著なのはやはり“家族の悲劇”という部分。後期作品にはおなじみのテーマだが、そのほかの時期でもたびたび扱われ、本作でもまた大きなテーマとなっている。アーチャーは積極的に事件に関わってはいくけれども、ストーリーラインの中心にあるのは常にカールであり、カールの家族である。カールの妻ミルドレッドとその家族も含め、アーチャーの前に立つ人々は誰もが強烈な個性をもち(というか全員なにかしら病んでいるような連中ばかり)、ぶつかりあう。もはやアーチャーの意思とは関係なく、カタストロフィに向かって転がってゆく。
 ストーリーが整頓しきれていないというか、とりわけ中盤以降はグダグダした感じにはなってしまうが、そういう欠点すらこの混沌とした物語にはちょうど合っているのかもしれない。
 そして、それを締める事件の真相は、ラストの犯人の長い告白となって示される。これを受けてのアーチャーの内省も切なく、余韻もまたよし。


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 ロス・マクドナルドの『死体置場で会おう』を読む。アーチャーものはひと休みして、今回はノンシリーズ作品。
 『暗いトンネル』等、初期の非アーチャーもの四冊はけっこう昔に読んだのだが、まあロスマクとはいえ習作的にみなされることも多く、やはりそこまで満足できるものではなかった。しかし、本作は1953年の刊行。『象牙色の嘲笑 』と『犠牲者は誰だ』の間に書かれたものであり、それなりに期待はできそうだ。

 まずはストーリー。
 パシフィック・ポイント市に住む富豪エイベル・ジョンスンの息子ジャミイが誘拐された。犯人と目されたのは、その朝ジャミイと一緒に車ででかけた運転手のフレッド・マイナーである。脅迫状を読んだエイベルは警察に届けることを拒み、身代金を自ら渡す手はずを整えようとする。
 一方、フレッドの妻エミイは地方監察官ハワード・クロスの事務所に出き、誘拐事件を伝えるとともに夫の無実を訴えた。ハワードはその日の朝にフレッドとジャミイに会っていたこともあり、この事件に不可解なものを感じるが……。

 死体置場で会おう

 もともとシリアスな作品、文学を目指していたロス・マクドナルドだが、初期の作品はあくまで生活のために書いた娯楽作品。だがアーチャーものを書いていく中で、ハードボイルドの可能性に目覚め、後期の文学的な作風につながっていく。
 本作はそんなロス・マクの過渡期的な雰囲気が感じられる。比較的落ち着いたストーリーで登場人物の描き方も深い。
 特に本作の場合、結婚というテーマが幾重にも描かれているのが大きな特徴である。探偵役、事件関係者、被害者、加害者と、すべての者たちに対して夫婦(もしくは恋人)のドラマがあり、それらを対比させつつ、最終的にある種の希望を感じさせるのが嬉しいし、珍しいといえば珍しい。
 ちなみにその点こそが、本作でアーチャーを起用しなかった大きな理由でもあると思われる。

 ただ、そういった部分だけでなく、本作はミステリとしてもかなりの面白さである。ロスマクは本格ファンからも人気のある珍しいハードボイルド作家だが、それはもちろん謎解きや意外性がハイレベルであるからに他ならない。
 本作では誘拐事件がベースになっているのだが、以前に起こったある交通事故が大きなカギを握っている。このつながり、交通事故の本当の意味を掴むというのがストーリーの柱になっているのだが、中盤ではその流れが単調になってしまうという欠点はあるものの、真相は完全にこちらの読みの上手をいく。
 途中までは、さすがのロスマクもノンシリーズではやはり本領発揮とはいかなかったかと思っていたのだが、まあ、自分の読みの浅いことよ(苦笑)。しかも真相がまた本作のテーマをしっかりと感じさせるもので、これはもしかするとロスマク前期のベストといってもいいのかもしれない。

 文庫化もされずノンシリーズということもあって知名度の低い本作だが、これは意外な傑作。古書価もそれほどではないので、ご縁があったらぜひどうぞ。


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 ロス・マクドナルドの『兇悪の浜』を読む。アーチャーものの長編としては六番目の作品にあたる。まずはストーリーから。

 カリフォルニア州のマリブにある高級スイミングクラブ。その支配人バセットに呼ばれた私立探偵アーチャーは、門前で警備員と揉めているジョージという青年と出会う。その場を収めたアーチャーがバセットに面会すると、彼はいま巻き込まれているトラブルについて話し出した。
 かつてこのクラブに勤めていたヘスターという女性がいた。彼女を娘のように愛し面倒もみていたバセットだったが、へスターは悪い仲間と付き合い、その後姿を消してしまう。ところが彼女には夫がおり、その夫はバセットが妻の失踪に関係あるのではと思い、脅迫まがいの電話をかけていたのだ。そして、その夫こそ先ほど警備員と揉めていた青年ジョージだったのである。
 そのとき、再びクラブに押し込んできたジョージ。アーチャーとバセットはなんとか彼を落ち着かせ、最終的にはバセットの費用でアーチャーがジョージのためにへスターを捜索することで合意する。だが、へスター失踪の裏には二年前にクラブで起こったある殺人事件が関係している線が濃厚となり、調査に暗雲が立ち込める……。

 兇悪の浜

 ロス・マクドナルドの作風は、アーチャーものの第八作『ギャルトン事件』あたりから深みのあるものに転換したいったというのが定説だが、そうはいっても本作だってアーチャーものの六作目。多少の変化は感じられるかと思ったのだが、いや、その予想は見事に裏切られた。
 むしろ初期作品でもかなり荒っぽい内容の事件であり、おまけに作品の質自体も粗っぽい。プロットが単調な割りには人の出入りが多く、特に終盤のストーリー展開は焦点を定めて突き進んでいくイメージがなく、もうひとつ盛り上がりに欠けてしまう。

 とはいえ惚れた弱みか(笑)、前半のジョージとの奇妙な友情ともいうべき関係性は面白いし、また、終盤、事件に巻き込まれた女性との会話が妙にカウンセリング的なところなど、気に入っている部分も少なくない。本作は本作で楽しく読めた。
 また、主要な事件関係者のほとんどが闇を抱えており、それが暴力や人間不信を生み、悲劇の火種となっているところは毎度のことながら効果的だ。事件解決によって必ずしもハッピーとはならないのだが、何かしら心に沁みてくるものがあるのがロス・マクドナルド作品のいいところである。

 まとめ。後期の傑作群はもちろん、『象牙色の嘲笑』や『犠牲者は誰だ』といった初期の代表格と肩を並べるのも難しい感じだが、それでも初期ロスマクの魅力はそこかしこに感じられ、ハードボイルド好きなら読んでおいて損はない。


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 ロス・マクドナルド読破計画の六冊目は初の短編集『わが名はアーチャー』。まずは収録作から。

Gone Girl (The Imaginary Blonde「逃げた女」
The Suicide (The Beat-Up Sister)「自殺した女」
Guilt-Edged Blonde「罪になやむ女」
The Sinister Habit (The Guilty Ones)「不吉な女」
Wild Goose Chase「雲をつかむような女」
The Bearded Lady (Murder Is a Public Matter)「ひげのある女」
Find the Woman「女を探せ」

 わが名はアーチャー

 “女”というキーワードで統一された各短編だが、原題はごらんのようにほとんど関係なく、これは邦訳時の企画である。
 全体の印象としては、初期長篇をそのまま短くしたような雰囲気か。すなわち事件に前のめり気味で血の気も多いアーチャー。アクションシーンも多いのだが、それでいてシンプルなストーリーに終わらせるのではなく、事件の背景には意外に複雑な真相が待っている。
 本国での刊行は『犠牲者は誰だ』の翌年となる1954年。それまでに書かれた短編を集めたものなので、まあ雰囲気が似ていて当然ではあるのだが。
 さすがに長篇と比べると、深さという部分では物足りないが、それでもこのクオリティは同時代の他のハードボイルド作家よりは一枚も二枚も上である。

 以下は各作品の感想を簡単に。
 まずは巻頭の「逃げた女」。アーチャーが泊まったモーテルで女の悲鳴が聞こえ、駆けつけたアーチャーの足下には、血だまりが……というストーリー。モーテルの関係者たちへの不信感からアーチャーは事件に興味をもつが、真相にはなんとも言えぬ物悲しさが漂う。

 「自殺した女」は、アーチャーが列車内で若い女性と知り合いになるところから幕を開ける。彼女は連絡のとれない姉のことを心配しているのだが……。歪んだ動機、哀れを誘うラストが強い印象を残す。

 訳ありの男に短期間のボディガードを頼まれる物語が「罪になやむ女」。アーチャーを迎えにきた依頼人の義弟とともに依頼人の家へ向かうが、依頼人はすでに亡くなっていた。導入は悪くないが、いかんせんボリュームが小さく、著者の持ち味が十分に発揮されているとはいいがたい。

 「不吉な女」の依頼人は女子高を経営する男。その学校で教頭を勤める自分の妹が、美術教師と一緒にいなくなったという。
 これまた導入がいかにもロスマクっぽいのだけれど、登場人物の言動が全体的にふらふらしており、消化不良というか納得できないまま読み終える感じ。

 「雲をつかむような女」は、謎の女から、ある事件の裁判を傍聴してほしいという奇妙な依頼で幕を開ける。法廷ミステリの味わいもあり、本格ミステリの趣向もあるという異色作。長編にしても面白かったかも。

 ロス・マクドナルドには珍しく、美術界を舞台にした作品が「ひげのある女」。本書の中ではもっとも長い作品だが、やはりこれぐらいボリュームがないと、ロス・マクドナルドの良さが伝わらないような気がする。

 もっとも異色作なのが、ラストの「女を探せ」。軍隊から復員してきたばかりのアーチャーが、失踪した娘の捜索を母親から依頼される。犯行の動機に関わる闇、そして殺害方法が予想の斜め上をいっており、これは本格ファンにもオススメかも。
 EQMM第一回短編コンテストに入賞した作品でもあり、ロスマクが雑誌にあわせてそういう路線を狙った可能性は高いだろう。ちなみに入賞したときの作品は、主人公がアーチャーではなく、後に書き直されたらしい。


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 ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーものの五作目『犠牲者は誰だ』を読む。まずはストーリー。

 ロスへの帰り道、私立探偵リュウ・アーチャーは道路脇の側溝で膝をついている血まみれの男を発見する。近くモーテルへ運び込んだが、まもなく男は息をひきとってしまう。男の名はトニイ。地元のトラック運送展で働くメキシコ人の若者で、モーテルの主人・ケリガンとも知り合いだったが、その態度は決して温かいものではなかった。それどころかモーテルの主人は妻とも不仲のようであり、事件を担当する保安官のチャーチとも折り合いが悪いようだった。
 やがてアーチャーは、トニイが積み荷のウイスキー数万ドル分を奪われたこと、その依頼主がケリガンだったこと、トニイがつきまとっていた女性アンが失踪していること、アンがトニイの勤務先の社長の娘だったことを知り、これが単なる強盗事件ではないと考える……。

 犠牲者は誰だ

 シリーズ当初はフィリップ・マーロウに影響を受けたような能動的な展開のアーチャーものだったが、四作目『象牙色の嘲笑』ではけっこうアクションも抑えめで、いよいよ後期作品に近くなってきたかと思ったのだが、まだそれは気が早かったようだ(苦笑)。
 本作はまたもや前のめり気味のアーチャーに出会え、むしろここまでの作品ではもっとも激しいアクションを披露し、殴ったり殴られたりと忙しい。しかもアーチャー自身のロマンスや若かりし日の思い出も盛り込まれるというサービスぶり。事件の発端もいつもなら失踪人捜索の依頼というパターンが多いけれども、本作ではアーチャーが被害者を発見するという導入なのも珍しい。

 もちろんそれだけの物語ではなく、やはり特筆すべきは、アメリカの抱える闇にのまれて苦悩する人々のドラマだ。とりわけモーテル経営者の家族、アンの暮らしていた運送会社の家族、保安官の家族という3つの家族は印象深い。嘘で塗り固められ、複雑に絡み合う人間模様の裏には、そうならざるを得なかった事情がある。その運命を甘んじて受ける人もあり、変えようともがく人もいる。その軋轢が悲しい事件を引き起こす。
 そんな人々に翻弄され、ときにはトラックに轢き殺されそうになっても真実を求めるアーチャーは、まさにアメリカの正義を象徴する存在でもあるのだろう。

 そして、これまた忘れてならないのが、ミステリとしてのインパクトがきちんと備わっていること。信用できない人間ばかりという状況のなかで、なかなか意外なラストなどは期待しにくいのだが、このハードルを超えていくのがロス・マクドナルドの偉いところである。しかも例によってかなり苦目の真相であり、爽快感などとは程遠いラストにしばらくは胸が詰まるほどだ。

 ということで本作も十分に楽しめた。やや味わいは異なるが『象牙色の嘲笑』と並んで初期の代表作といってもいい一作である。


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 ツイッターでも少しつぶやいたが、本日は八王子の古本まつりに出かける。なかなかの規模で昨年はそれなりに釣果もあったのだけれど、今年はもう悲しいくらい何もない。そもそもミステリ関係が少なすぎる。仕方ないので角川文庫の福本和也とか草野唯雄の未所持本をひろってお茶を濁し、パブ・シャーロックホームズでキルケニーを飲んで退散する。


 本日の読了本はロスマク読破計画、いや厳密にはリュウ・アーチャーものの読破計画になるが、その四冊目『象牙色の嘲笑』である。まずはストーリーから。

 男勝りの女性ユーナが今回の依頼人。彼女は自分の家で雇っていた黒人女性ルーシーを探してほしいという。彼女は辞めたときにユーナのアクセサリー類を盗んだのだが警察沙汰にはしたくないという。アーチャーは彼女のいうことがまったく信用できなかったが、渋々依頼を引き受けることにする。
 ルーシーはあっけなく見つかり、アーチャーは彼女のいたホテルをユーナに連絡した。これで調査は終わるところだが、ルーシーのことが気になるアーチャーはユーナとルーシーの会話を盗み聞きし、二人の間に何やら深い問題があるらしいことを知る。そして間もなくルーシーが喉をかき切られた状態で発見され……。

 象牙色の嘲笑

 おお、これはいいではないか。前作『人の死に行く道』も悪くなかったが、傑作というにはまだ難しいいところだった。しかし本作は前期の代表作と言い切ってしまってよいだろう。
 相変わらずプロットは複雑で、依頼人からしてそうなのだが、ほとんどの登場人物が胡散臭い。ルーシーはなぜ殺されなければならなかったのか、いったい何が起こっているのか。それぞれがそれぞれの思惑で行動するなか、富豪の御曹司の失踪事件までが絡み、さらに混迷を極める。アーチャーはその薄皮を一枚ずつ剥ぐような感じで調査を続けていく。
 事件のベースにはアメリカの社会問題がいくつも内包されているが、アーチャーの調査によって事件の真相だけではなく、そういう面も浮かび上がってくる展開が見事である。

 また、本作はハードボイルドとして味わい深い作品だが、そもそもミステリとしても十分なインパクトをもっている。
 ルーシー殺害や御曹司の失踪はどう絡んでいるのか、最後の最後で明かされる事実はちょっとこちらの想像を超えるもので、犯人はなんとか予想できても、真相を解き明かすのは難しいだろう。しかもこの真相が明らかになったとき、本作の深みというか重みがより感じられるはずである。

 気になる点もないではない。一番気になったのは、導入では実に印象的だったルーシーだが、ストーリーが進むにつれ、その存在感を失っていくことだ。事件の中心から外れていくといってもよい。
 この事件ではアーチャーは早々に依頼そのものは完了してしまうため、そこには事件を追う強い動機が必要である。そのひとつにルーシーの存在があるはずなのだが、そこが中途半端になった感があるのはいただけない。
 だいたいがアーチャーは他の作家の私立探偵ほど自分語りをしないタイプである。しかし、真実や正義に対する欲求・執念は相当なもので、そのやり方はときに荒っぽいのだけれど、そこが読者の共感を呼ぶところでもある。その原動力になるルーシーの存在感は、やはりラストまで何らかの形で引っ張っていくべきだったろう。

 もうひとつ気になったこと。これは原作の責任ではないのだが、アーチャーの一人称が「おれ」になっていること。解説では訳者自らが「おれ」を用いた理由を説明してくれているけれど、やはり人生の傍観者たるアーチャーには(初期は確かにバイオレンスも多いけれど)「わたし」が似合うと思う。
 ただ、管理人の読んだのは高橋豊訳のもので、その後「わたし」を用いた小鷹信光訳による新訳版も出ているので、もし読まれる方は両方を比べてみるのがよろしいかと。


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 ロス・マクドナルドの『人の死に行く道』を読む。私立探偵リュウ・アーチャーものの第三作目にあたる作品。まずはストーリーから。

 ミセズ・サミュエル・ローレンスの依頼は、失踪した娘・ギャリイの捜索だった。看護士をしているギャリイは、勤務する病院にかつぎこまれたギャングの一味・スピードを看護していたが、その仲間のジョオ・タランタインと一緒に消えたという。
 ジョオとギャリイの行方を追うアーチャーだったが、ギャングのボス・ドゥザーもまた彼らを追っていることが判明する。どうやら彼らはボスを怒らせる真似をしてしまったらしい。やがて二人の潜む家を見つけたアーチャーだったが……。

 人の死に行く道

 『動く標的』、『魔のプール』に続く作品ということで、初期アーチャーものに顕著な派手なアクションはまだまだ健在。本作でも相変わらず殴り殴られるシーンは少なくない。
 ただ、後期ほどの深みはまだ不足しているけれども、それでもミステリとしてみれば前二作品よりはずいぶんレベルがあがった印象を受ける。

 特に大きく変わったなぁと思うのは、まずプロットの完成度があがったところか。複雑な事件はロスマクの特徴のひとつでもあるのだが、前の二作ではそういう複雑なところがストーリーにうまく落とし込まれておらず、ぶっちゃけガチャガチャした印象があったのだが、本作も複雑な事件ながらストーリーの流れがよいというか、比較的すっきりまとめられている。
 真相の意外性がアップしたことも高評価。ハードボイルドといえどもミステリであるからには、やはりラストでサプライズがあるとないとでは大違い。本作ではその辺もまずまず満足できるレベルである。ハードボイルドとはいえ探偵役の一人称だから、どうしてもアンフェアなところが出てくるのは仕方ないのだが、それでもかなり巧く収めているといえるだろう。

 また、後期ほどの深みは不足していると書いたけれども、依頼主とのラストシーンなどはなかなかほろ苦く、余韻も悪くない。トータルでは初期の佳作といってもいいのではないだろうか。


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 ロス・マクドナルドの『魔のプール』を読む。私立探偵リュー・アーチャーものの第二作目である。

 まずはストーリー。
 アーチャーの事務所を訪ねてきたのは劇団を営むジェイムズ・スロカムの妻、モード。自分の浮気を告発する脅迫状に悩まされているという彼女だが、アーチャーにはなかなか詳細を語りたがらない。それでも興味をもったアーチャーは、しぶる彼女を無理やり説得してスロカム家に入り込む。
 家のすべてを取り仕切る姑のオリヴィア、変人のジェイムズ、反抗期の娘キャシー、スロカム家の元運転手で女たらしのパット、ジェイムズの親友以上の存在に思えるマーヴェルなど、誰もが一癖も二癖もありそうな連中が集まる中、ついに悲劇が起こり、その背後には単なる不倫を超える陰謀が……。

 魔のプール

 『動く標的』と同様、後期の作品ほどの深みはまだ感じられない。というか、アクション性の強さなどは『動く標的』以上。水責めからの脱出など、まるで007じゃないかかと思うぐらいのシーンもあったりで、まあ激しいのなんの。
 やはりこの時期はいろいろと方向性を模索していたのかなというのが第一印象で、その証拠というわけでもないが、これだけアクションも打ち出しながら、一方では家族の問題やプロットの複雑さといった要素もすでに顕著なのである。

 ただ残念ながら、その両者がうまく融合していない。著者の見ているものが社会悪にあるのか、それとも家族の悲劇にあるのかが整頓されていないのである。
 序盤に展開されるのは家族にかかる問題である。ところがその陰にあるのは、実はもっと大きな組織的陰謀であった……というのはよくある話である。ロス・マクドナルドは最終的にそれをまた家族の問題に戻すのだが、それすら今時のミステリでは珍しくはない(同じハードボイルド系の作家ではマイクル・コナリーなどもけっこうやったりする)。そういうプロット自体はいいのだけれど、それがきれいにストーリーとして落とし込まれていないというか、どうにもつなぎの手際が悪い。
 特に終盤はけっこうなどんでん返しも含んでいるのにそこまで驚けないのは、段取りが悪いこともあるし、何より謎の中心をどこにおくのか、それを著者自身が決めかねていたからではないだろうか。
 まとめ。激しく生きのいいリュー・アーチャーの姿は興味深く読めるが、傑作というにはまだまだといったところ。

 蛇足ながら、『動く標的』は新訳版を読んだせいか、やはり本書は翻訳の古さがところどころで気になってしまった。地の文はそうでもないのだが、やはり会話が辛くて、「おおきに」、「~しちまう」あたりが出るとがっくりきてしまう(苦笑)。


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