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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

魔子鬼一『幽霊横行』(盛林堂ミステリアス文庫)

 魔子鬼一の『幽霊横行』を読む。先日読んだ『死島のイブ』と合わせ、現時点ではこれが魔子鬼一の盛林堂ミステリアス文庫版選集となる。まだ残っている作品はあるようなのだが、創元や論創社ならともかく、古書店がこれだけの本をまとめてしまうところが凄い。
 いや、これも商業出版ではないからこそ逆に成立したところはあるのだろうが、インターネットの発達と普及がなければ実現はなかっただろうし、ほんの二十年前には考えられなかったことだ。とにもかくにもありがたい時代になったものである。

 幽霊横行

「黄金の歓喜仏」
「屍体を抱いて」
「胃の中の金曜席」
「ズロオス殺人事件」
「死人の復讐」
「幽霊横行」
「盲目と畫家(エカキ)」
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「僕の横浜地図」(エッセイ)
「『女のミステリー』まえがき」
「魔子鬼一御息女・小野寺天津子氏へのインタビュー」

 収録作は以上。収録作の発表年がけっこう順不同で(これは前巻も同様なのだが)、加えて本書と前巻『死島のイブ』の振り分けなども意図がよくわからないのだが、二冊の印象はかなり異なっている。
 大きなところでは、前巻で顕著だったエログロ風味が本書ではかなり少ないこと。また、本格志向はありながらその実はスピーディーかつサスペンスフルな作品がほとんどだった前巻に比べ、こちらはかなり落ち着いた探偵小説が多くなっている印象だ。ただ、収録作の発表年などを見ても、それほどの法則性は伺えず、実はけっこうバラエティに富んだ作風だったのかもしれない。
 ちなみに本書は小説以外にエッセイなども収録されており、特に氏の娘さんである小野寺天津子氏へのインタビューは興味深いし、解説も充実している。トータルでは前巻より本書の方が面白い作品は多かった気がするが、魔子鬼一の作品集としては二冊合わせて一冊のようなものなので、戦前探偵小説ファンはぜひ両方とも揃えるのがよろしいかと。
 以下、作品ごとに簡単なコメントなど。

 中編並みのボリューム「黄金の歓喜仏」は戦後の戦争未亡人問題とカルト教団を組み合わせたサスペンス。本格探偵小説的なギミックも豊富で、リーダビリティは悪くない。

 回想形式ではあるが、倒叙のアレンジ的な展開が興味深い「屍体を抱いて」。最初からカタストロフィが待っていることを明らかにしているのは諸刃の剣でもあるのだが、まずまず成功しているのではないか。

 「胃の中の金曜席」も中編。前半の宝石盗難事件を追う警察小説的な展開から、後半は久生十蘭の「海豹島」を彷彿とさせる冒険サスペンスに移行する特殊な構成。小さな漁港で女性の水死体が発見され、胃の中から宝石が発見されるという導入が魅力的で、それがあるのでその後の構成もなんとか自然に受け入れられる。
 まあ、強引といえば強引だが、こういうのが著者の作品の魅力なのだなぁと実感できる。

 「ズロオス殺人事件」は女学校で素っ裸の男性教師の死体がズロオスを繋ぎ合わせた紐で校舎から宙吊りにされているという導入がインパクト十分。奇想爆発の作品ではあるのだけれど、その後は割ときちんと流れており、タイトルほどバカな作品ではない。

 「死人の復讐」は林不忘の別名義、牧逸馬・谷譲次を登場人物に拝借していることでも印象深いが、何よりトリッキーな倒叙ものという設定が効いている。これは好みだわ。

 「幽霊横行」は表題作だけあってなかなかの力作。タクシーに幽霊が乗っていたというよくある怪談話を導入にもってきているが、そのあとは打って変わってアリバイ崩しになる。この前後半でまったく雰囲気が異なるパターンが本書中には多いが必ずしも成功しているわけではなく、本書も力作ではあるがそのちぐはぐ具合がもったいない。主人公が仕掛ける罠も古いというよりアンフェアで、まあ傷も多いのだけれど全体的なリーダビリティは悪くない。

 「盲目と畫家(エカキ)」は藤原宰太郎のクイズ本にあるような軽めの掌編。


魔子鬼一『屍島のイブ』(盛林堂ミステリアス文庫)

  魔子鬼一の作品集『死島のイブ』を読む。西荻窪の古書店・盛林堂書房さんのレーベル「盛林堂ミステリアス文庫」から昨年に出されたもので、長編「怪盗六つ星」のほか短編七作を収録している。ちなみにこれが第一巻で、続く第二巻も発売済みである。
 盛林堂ミステリアス文庫は商業出版として難しいものを拾遺的に出してくれているが、今回は論創ミステリ叢書並みのボリューム感である。

「死島のイブ」
「変質の街」
「猟奇園殺人事件」
「田虫男娼殺し」
「三人の妻を持つ屍体」
「山吹・はだかにて死す」
「深夜の目撃者」
「怪盗六つ星」

 屍島のイブ

 魔子鬼一は戦後間もない頃、1950年代を中心に作品を発表したが、今では忘れられた作家である。
 その名前を意識したのは若狭邦男氏の『探偵作家追跡』であったと思うが、その後、光文社文庫のアンソロジー『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』で初めて長編「牟家殺人事件」を読むことができた。ただ、そのときの印象は決してよくはない。本格探偵小説の体ではあるが、肝心の出来がいまひとつであった。
 本書も読める嬉しさは大いにあったが、やはり心配なのは中身である。

 というわけで感想だが、これはなんと言っていいのか(苦笑)。
 とにかく超B級感というか、ドライブ感が凄まじい。だいたいが“魔子鬼一”というペンネームからして怪しさ満点なわけだが、見事にそのイメージどおりの作品ばかりである。
 一応は本格志向というか、不可能興味や謎解きを中心に据えた作品は少なくない。しかし、その味つけがほぼほぼエログロ風味。しかもストーリー自体はサスペンスを強調したスピーディーなものという、このジャンルのごたまぜ感(笑)。本格と変格の融合といえば聞こえはいいが、残念ながら本格としてはあまりに雑、いや小説としても雑だろう。攻めている感じはあって個人的に嫌いな作風ではないのだけれど、もう少し書いたものを推敲して、完成度を高める努力はしてほしかったというのが正直なところだ(笑)。

 以下、作品ごとに感想など。
 本格志向とは書いたが、表題作の「屍島のイブ」だけは例外で純粋なスリラー。主人公の信一は漂着した孤島で一人の老人と出会う。彼によると、この島は世界中の漂流死体が流れ着く島だという。老人はその流れ着いた死体を食って生きながらえていたのだ。恐ろしくなった信一は老人の元から逃げるが、今度は一人の女性と出会い……。
 これが本書中のピカイチ。へたに謎解き興味など盛り込まず、そのセンス一本で勝負しているのがよい。この異様な雰囲気だけはなかなか他所で味わえないだろう。

 「変質の街」は覗き見趣味のある青年の奇妙な体験談。人妻が自害した場面を目撃するが、翌日、彼女はなぜか生きていて……というもの。トリックというほどのトリックではないし、そもそもそのトリックを構成する事実に無理がある。ただ、真相が明かされるまでのサスペンスや雰囲気には味があって捨てるには惜しい作品。

 乱歩へのオマージュとして書かれたという「猟奇園殺人事件」。「屋根裏の散歩者」を持ち出したり、著者としてはけっこう気合が入っていたのだろうが……ううん、残念ながら これは本書中でもかなり落ちる方。

 「田虫男娼殺し」はタイトルがあまりといえばあまりなのだが、実は物語の導入と結末を見事に言い表している(苦笑)。内容には無理があるけれども、男娼が殺される謎はまずまず引き込まれる。

 「三人の妻を持つ屍体」はまさにタイトルどおりの設定であり、その設定からして無理があるうえに発端もなんだかなぁという感じ。登場人物の言動が著者の都合だけで行われているため、不自然この上ない。

 主人公が秘密映画上映会に誘われ、そこでストリップをやっている義姉を偶然目撃し……というのが「山吹・はだかにて死す」。乱歩の作品のような導入は興味深いが、その後のご都合主義に疲れてしまうし、主人公と義姉のやりとりも釈然としない。

 「深夜の目撃者」は医師の老夫婦のもとへ現れたヤクザ者を治療するところから幕をあける。そのヤクザ者が実は記憶喪失の復員した息子らしいのだが……という一席。エログロ風味は珍しく少ないが、設定がちょっと変わっているのでけっこう楽しく読める。

 本書中、唯一の長編「怪盗六つ星」は、アルセーヌ・ルパンを意識したかのような義賊を扱った作品。ただ、怪盗側から描いた冒険ものというわけではなく、主人公はあくまで警察側。しかも基本的にはトリックや謎解きも満載した本格ものである。
 こんな話。怪盗六つ星という義賊を追う警察は、青柳刑事の活躍もあり、ついに六つ星を追い詰める。だが、六つ星のいる部屋へ踏み込んだ警官たちは、そこで六つ星の死体を発見する。自害か、それとも他殺なのか。疑惑が残る中、次々と事件関係者が殺害されてゆく……。
 ストーリーはかなり意表を突く形で展開し、サスペンスも相まってなかなか読ませる。ただ、ほぼ重要人物が死んでしまって、それでも捻りを効かせたいせいか、ラストはけっこう無理矢理である。残念ながらそれらの無理を成立させるほどのトリック、伏線なども弱く、完成度は低い。
 六つ星の設定や狙いは面白いので、もう少し手直しすればけっこうな作品になったのではないだろうか。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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