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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

木魚庵『金田一耕助語辞典』(誠文堂新光社)

 誠文堂新光社が発行している『〜語辞典』シリーズの一冊、『金田一耕助語辞典』が出たのでさっそく買ってみた。ミステリ関係としては、『シャーロック・ホームズ語辞典』、『江戸川乱歩語辞典』に続く三冊目。ただし乱歩語辞典がいまひとつだったので、ちょっと中身を心配していたのだが、まったくの杞憂だったようでひと安心。

 金田一耕助語辞典

 ぶっちゃけ編集におけるセンスなのかなと思う。『〜語辞典』シリーズは「辞典」というスタイルをとっているから、まず基本的な用語を知っている必要があるわけで、それがそもそも初心者にハードルを高くしている。「わからない言葉が出てくれば引くわけだから、それは関係ないのでは?」という意見もあるだろうが、これは普通の辞典ではなく、趣味全開の辞典であり、その用語が載っているかどうかは著者のセンス次第だ。たとえば「犬」という言葉が原作にあり、それを調べようと思っても、著者が「犬」ではなく「魔犬」として掲載していれば、その解説に辿りつくのは容易ではない。これは極端な例としても、そういう可能性が山のように出てくる可能性があるわけで、そこそこ原作に親しんでいる中級者以上でなければ、使いにくいのはもちろん、その説明のキモも伝わりにくいだろう。それなら最初からファンやマニアが後追いで楽しむようなファンブック的なものにすればよい。

 ところが誠文堂新光社の『〜語辞典』シリーズは、ホームページによると、もともとそのジャンルを好きな人がさらに詳しくなるための蘊蓄本という方向性らしい。つまり初心者がステップアップするためのガイドブックという性質である。そこで初心者でも入りやすいよう、全体的には柔らか目で作っている。図版を豊富にして、付録的な企画も多いのは、そういう理由がある。
 結果的に初心者向けと中級者向け、そういった二つの物差しがあるのが間違いで、そのバランスが極端に崩れると、乱歩語辞典のようなことになる。マニアに寄せるか、初心者に優しくするか、実はなかなか読者とのマッチングが難しい本なのだ。

 とまあグダグダ書いてはみたが、では『金田一耕助語辞典』はどうかという話であるが、最初に書いたようにこれはよくできていて安心した。
 確かにイラストは可愛いし、「横溝正史」ではなく「金田一耕助」とやったところにミーハーっぽい感じも受けるものの、初めから原作や映像作品そのものの項目は割愛するという方針であることが宣言されており、そういう意味ではざくっと入門書という性格を断ち切っている。つまり中級者クラスを対象としたファンブック的な性格であることが謳われているわけで、内容も概ねそのレベルで統一していることに好感が持てる。
 具体的には「これぐらいを知っておくとマニア面できますぜ、ダンナ(笑)」というレベルであり、よほどの猛者でないかぎりは楽しめるのではないだろうか。
 付録に関しても、どうしても辞典として収録しにくいテーマ、例えば事件簿MAPとか耕助コーデだったりするので素直に楽しめるのが良い。

 ということで『金田一耕助語辞典』は悪くない一冊だったのだが、こういうアプローチがなぜ『江戸川乱歩語辞典』でできなかったのか不思議である。これだけ探偵名ではなく作家名というのも気になるし、担当編集者もまったく別だったのだろうか。


木魚庵/編『金田一耕助 知られざる事件簿ハンドブック』

 金田一耕助のファンサイト『金田一耕助博文館』の運営者・木魚庵氏の同人誌『金田一耕助 知られざる事件簿ハンドブック』が出たので購入してみる。

 金田一耕助 語られざる事件簿ハンドブック

 本書は金田一耕助が登場する作品中から、その存在だけが語られている事件をまとめたガイドブックである。
 例えば『本陣殺人事件』では、サンフランシスコに住む日本人たちの間で起こった奇怪な殺人事件を、金田一が見事な推理によって解決したというようなことが記述されている。本書ではそういった原作の記述をピックアップし、その事件ごとに推定年代と出典、概要などをまとめているわけである。
 原作の記述があまりにふわっとしたものしかないので、そこまで詳しい分析があるわけではない。しかし原作の隠された事件の記述をヒントに書かれた、他の作家のパスティーシュや贋作を紹介してくれているのが資料的にも面白いところだろう。

 ただ、どうせここまでやってくれたのなら、金田一耕助の生涯を俯瞰的に見せるもの、例えば年表などでその生涯をざくっとまとめるようなページがあればよかった。そうすれば原作と語られざる事件との関係もより理解しやすくなったのではないだろうか。
 あと、野暮を承知で書いておくと、職業柄どうしても気になったのが、文字の組み方や大きさ、カコミの処理などレイアウト全般である。本書の内容はすべてテキストベースなので、こういう本は下手に工夫しようなどと思わず、普通の小説のように組んだほうが読みやすくなる。もし同人誌をお考えのかたで少しレイアウトにも凝りたいという人は、こういったガイド系のものなら学校の教科書や参考書のレイアウトなどが意外に参考になるはずである。

 ちょっと注文もつけてしまったが、基本的にはディープな金田一ファン、横溝ファンには便利な一冊だろう。こういう内容は調べる労力も大変だし、そもそも商業出版としてはまず通らない企画だろうから実にありがたい話である。乱歩に比べると正史関係の関連本はまだまだ少ないので、同人誌に負けず商業出版ももう少し元気を出してもらいたいものだ。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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