本日は論創ミステリ叢書から『北町一郎探偵小説選!』を読む。
北町一郎は戦前から戦後にかけて活躍した大衆作家・探偵小説作家である。若い頃から詩歌や文芸評論を中心に同人活動を続けていたが、小説を書くようになったのは出版社へ就職して数年経った頃のようだ。しかし、同人活動を考えると純文学に進みそうなものだが、なぜか小説に関しては大衆小説に進んだのが不思議。このあたりの理由は本書に収録されている随筆や解説でも触れられておらず気になるところである。
それはともかく大衆小説はけっこう水があったようで、当時はそれなりに売れっ子となり著書も少なからず残している。ところが大衆小説の宿命か、経年には耐えられなかったようで今ではすっかり忘れられた作家となった。せいぜいが探偵小説系のアンソロジーで短編が一つ二つ読める程度で、本書は貴重な復刻となる(まあ、論創ミステリ叢書はどれをとっても貴重な復刻ばかりなんだけど)。

「白日夢」
「宝島通信」
「五万円の接吻」
「福助縁起」
「作家志願」
「聖骸布」
収録作は以上。目玉は何といっても長編の「白日夢」だろう。春秋社の懸賞で蒼井雄の『船富家の惨劇』などと入選を争った作品で、1936年に春秋社から刊行された。
まあ『船富家の惨劇』と比べるとさすがに分は悪いだろうが、著者の目指すところが何となくわかる作品だ。ガチガチの探偵小説ではなく、あくまで大衆小説寄り。さまざまな興味を盛り込み、テンポよく事件を転がして読者の興味を引っ張ってゆく。語り口も軽妙で、いかにもといった作りである。
物語の舞台が大学野球というのも珍しくてよい。当時の大学野球が今より全然人気のあった時代とはいえ、探偵小説の素材に使っただけでも評価できるのだが、さらに感心したのは、まるで昨今のアマチュアスポーツ界のトラブルを予見するかのような内容であること。著者がどこからこういう着想を得たのか不明だが、目のつけどころは悪くない。
残念なのは、殺人事件や暗号、冒険、恋愛など多くの見どころを盛り込むのはいいが、それぞれがうまく融合していないこと。章ごとに違う話を読んでいる気がするぐらいストーリーがちぐはぐな印象である。謎解き興味や論理性などにもそれほど重きを置いていないようで、そこも探偵小説としては弱い部分だろう。
ただ、それこそが著者の目指したスタイルという可能性は強いのだが。
そのほかの短編も探偵小説の衣を着てはいるが、やはり大衆小説的な興味が先に立つ。一応トリックなどを仕込んだものもあるけれど、読む愉しみとしてはナンセンスやユーモアの部分が勝っているものが多い。
印象に残ったのは圧倒的に「作家志願」。文壇を舞台にしたもので、こういうのは他の探偵作家が書けないものだからけっこう面白く読めた。
ということで『北町一郎探偵小説選』の一巻目はまずまずといったところ。続く二巻目はシリーズ探偵を集めた中期から後期の作品らしいので、これもまた楽しみなところだ。