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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ジョー・イデ『IQ2』(ハヤカワ文庫)

 ジョー・イデの『IQ2』を読む。LAの暗黒街を舞台にした黒人版のシャーロック・ホームズ、などという触れ込みで日本に紹介されたアイゼイア・クィンターベイこと“IQ”のシリーズ二作目である。
 デビュー作でもある一作目『IQ』を読んで、シャーロック・ホームズ云々は無理に絡めないほうがいいとは感じたが、キャラクターの魅力、アンダーグラウンドの文化を散りばめた世界観、痛快なストーリーで、ミステリとしては十分楽しめるものであった。さて、続く本作はどうか。

 

 まずはストーリー。天才的な頭脳で地元の人々のトラブルを解決するアイゼイア・クィンターベイ。彼は兄マーカスが命を落とすことになった轢き逃げ事件が、事故ではなく殺人だったことに気づく。一人で調査を進めるアイゼイアは、やがて事件の背後にアフリカ系ギャングが介在したことを知るが……。
 一方で、アイゼイアのもとへ亡き兄の恋人だったサリタから依頼が入った。DJとして働くサリタの妹ジャニーンだが、恋人ベニーともども極度のギャンブル中毒。借金をこしらえすぎて、ラスベガスで深刻なトラブルに陥っているという。サリタに恋心を抱いていたアイゼイアはその依頼を引き受け、前回の事件でコンビを組んだドッドソンに手伝ってもらい調査に乗り出す。
 だが状況は予想以上に深刻だった。ジャニーンとベニーは借金を返すため、ジャニーンの父が手を染める人身売買組織を脅迫するという暴挙に出たのである。アフリカ系、メキシコ系、中国系のギャングが入り混じるなか、アイゼイアとドッドソンはどうやって落とし前をつけるのか……。

 基本的には本作も十分楽しめた。ストーリーそのものも痛快ではあるが、アイゼイアの成長物語という面が強く押し出されており、前作とあわせて一つのプロローグが完結したという印象もある。
 上でも紹介したとおり、本作は兄マーカスの事件、サリタから依頼された事件、大きくふたつのストーリーが交互に語られるスタイル。最終的にその二つの流れがひとつに結びつくというのは前作と同様の趣向であり、まあ、これはよくある手だ。
 いいなと思うのは、その二つの流れが単にストーリー上でつながるというだけではなく、それぞれがアイゼイアの成長譚として有機的に補完し合っているところだ。

 マーカムの事件はあくまでアイゼイア自身の事件である。行動の根底にあるのは犯人への“怒り”であり、それはアイゼイアが暮らす暴力的な世界そのものにも向けられている。その怒りがアイゼイアの言動を頑なにし、道を誤らせる。マーカムを殺した犯人に復讐さえすれば、すべては解決するのか、この世界は浄化されるのか。それが正義であっても、“怒り”によって変質する怖さがあることをアイゼイアは学んでいく。 
 一方のサリタから依頼された事件はチームプレイであり、ドッドソンや関係者との協力なくしては先へ進めない。先のエピソードのキーワードが“怒り”だとすれば、こちらは“社会性”といえるかもしれない。特にドッドソンとの友情に焦点が当てられているが、他者との関係作りを意図するエピソードは悪役側にもふんだんに盛り込まれている。正義とは別の次元で、人が生きるために必要なことをアイゼイアは学んでいく。
 もちろん簡単にはいかない。アイゼイアは行きつ戻りつしながら、最終的には兄マーカムから巣立ちし、ドッドソンやその他の人ともきちんとした関係を築こうと新たな一歩を踏み出すのである。著者はいくつものエピソードを重ねることで、こうしたアイゼイアの成長物語を紡いでいくのだが、この匙加減が実にうまい。事件への興味もさることながら、本作の読みどころはやはりこの点が一番だろう。明日への希望を抱かせるラストのエピソードも心憎いばかりだ。

 と、ここまで褒めておいて何だが、欠点もないわけではない。
 特に気になったのは、上でも紹介した二つのストーリーをカットバックで交互に語るスタイル。重層的な構造にすることで深みや意外性を期待できるだろうし、語りも一見スピーディーに感じられる。
 ただ、前作は過去と現在の物語がはっきり区別できるからよかったものの、本作は二つのストーリーが比較的、近い時期の物語のため、正直かなり混乱する。著者が意識してやっているかどうかは不明だが、途中までは二つの事件が並行して進んでいるかと思うぐらい馴染みすぎていて、これにどれほどの意味があったのだろう。
 もちろんラストで結びつける意図があったのはわかるが、カットバックにする必要は果たしてあったのか。極端な話、第一部と第二部に分けて描いても、同様の効果は出るし、よりわかりやすかった気がするのだが。

 もうひとつ欠点らしきものをあげると、謎解きや推理の要素が非常に減ってしまったこと。まあ、本シリーズはそもそも本質的にはクライムノヴェルやノワールだの類いだ。そこまで謎解きに期待するほうが悪いし、前作でもそれほど多いわけでもなかったのだが、それでもIQという主人公の設定を考えれば、やはりここはもっと推理で魅せる部分がほしかった。個人的な好みでもあるけれど、そこが残念。

 ということで、気になる次作では、ぜひキレッキレの推理を披露するアイゼイアも見てみたいものだ。成長物語も悪くはないのだが、とにかく一人前の探偵になった、自信満々のアイゼイアを見たい。
 そこからが本来のIQの物語であり、 そういう意味で本作は、前作と合わせて壮大なシリーズのプロローグといえるのではないだろうか。


ジョー・イデ『IQ』(ハヤカワ文庫)

 ジョー・イデの『IQ』を読む。今年の六月にハヤカワ文庫から出たミステリだが、原作は2017年度のアンソニー賞、マカヴィティ賞、シェイマス賞の最優秀新人賞を総なめにし、さらにはMWAとCWAの最優秀新人賞にもノミネートされたという鳴り物入りの一冊。発売当時のミステリマガジンでも猛プッシュしていた記憶もあるし、ネットでの評判もなかなかよいようだ。

 まずはストーリー。ロサンゼルスに暮らす黒人の青年アイゼイア・クィンターベイ。彼は探偵だが、正式なライセンスを所持しているわけではない。困りごとがある街の人々のため、ほぼ無償で事件を解決しているのだ。名前の頭文字、そして何よりその頭脳の鋭さから、皆は彼を“IQ”と読んだ。
 そんなあるとき、大金が必要になったIQは、高校時代からの悪友ドッドソンを通じて仕事を引き受ける。それは殺し屋に狙われている有名ラップ・ミュージシャン、カルの命を守ることだったが……。

 

 おお、各所での評判もむべなるかな。まずは一級のノワールもしくはハードボイルドといってよいだろう。
 いろいろな見方はあるだろうが、大きいところではやはりストーリーの面白さがある。
 実は本作、アイゼイアがラッパーの事件を追う現代のパートと、アイゼイアがどうして探偵になったのかという過去のパート、この二つが交互に語られる構成となっている。まあ、こういう趣向はそれほど珍しくもないのだが、とにかくリーダビリティが高い。
 時系列的に異なるパートを交互に語る場合、過去パートが現代パートの種明かしになったりすることが多い。本作も基本的にはその方向性なのだが、ストーリーが一本につながる快感がある。いや、登場人物たちの因縁や関係が融合する快感といったほうがよいか。
 特別、大きな仕掛けがあるわけではない。先に「ノワールもしくはハードボイルド」と書いたように、本作の肝は登場人物の心情や生き方にこそある。現代と過去、それぞれのパートがラストでつながることで、よりそういう面が際立つのである。とりわけアイゼイアとその相棒ドッドソンの関係性、あるいはアイゼイアと亡き兄の絆は感動的だ。

 登場人物といえば、主人公アイゼイアの複雑なキャラクターも本書の大きな魅力だ。自信家でどこか醒めたところもあるアイゼイア。彼の最大の武器は、その類い希なる知能である。
 だが、それだけの頭脳がありながら、彼はもっぱら街の人々を助けることに専心し、名声は高いものの、大金とは無縁の生活である。その理由がどうやら重大な障害をもつ入院中の少年にあることは推測できるものの、詳しい理由は明らかにされないまま物語は進む。
 そんなアイゼイアのあれこれが過去パートによって明らかになる。クールな仮面の下にはいくつもの悲しみが隠されていることがわかり、それがまたこちらの胸に染みてくるのだ。

 といっても本作はただ重いだけの話、感動させるだけの話ではない。アクションもがっつり入るし、随所にコミカルな部分もある。特にアイゼイアとドットソンのやりとりはハラハラしながらも楽しく、物語のいいアクセントになっている。
 この二人、始終ぶつかりあってはいるのだが、いわゆるツンデレ的な雰囲気もあり、という関係である。お約束な感じはやや強いのだけれど、それでもラストの二人には思わず胸が熱くなること請け合いである。

 ということで、いろいろな楽しみ方ができる良質の作品であり、ミステリファンだけでなく広く読まれていい作品ではないだろうか。もちろん年末の各種ミステリベストテンには間違いなく入ってくるだろう。

 なお、最後にひとつだけ苦情を。
 カバーの裏表紙に書かれている「新たなる“シャーロック・ホームズ”の誕生」というのは、ううむ、本の売り方としてはどうなんだろう。
 確かにアイゼイアのホームズばりの推理シーンは度々、見せ場としてあるのだけれど、本作においてはあくまで味つけどまりではないかな。推理によって事件の意外な真相が最後に明らかになるのであれば、そういう喩えも全然いいのだけれど、本作の根本的な興味はやはりそこではない。
 著者のホームズ譚に対する思い入れがあり、それがIQやドットソン(ワトソン役)、推理の場面に取り入れられているのはわかるけれど、これはやはり編集者の勇み足だろう。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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