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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ピーター・スワンソン『アリスが語らないことは』(創元推理文庫)

 ピーター・スワンソンの『アリスが語らないことは』を読む。まずはストーリーから。

 大学の卒業式を間近に控えていたハリーは、父の訃報で帰省することになった。岸壁の遊歩道から足を滑らせ、r転落死したのだという。だが、警察の調べで転落の前に誰かに殴られた痕跡があることがわかり、殺人の疑いも浮上する。ハリーは残された継母アリスに父の様子を聞くが、アリスはなぜか詳しいことを話したがらない……。
 話はアリスがまだ少女の時代に遡る。彼女はアルコール中毒の母親イーディスと暮らし、学校でも親しい友人はほとんどいない少女だった。やがてイーディスにジャックという恋人ができ、二人は結婚。しかし、イーディスの状況はますますひどくなり、ついにjは致命的な事故が起こる……。

 アリスが語らないことは

 ううむ、またまたこのパターンであったか。
 『そしてミランダを殺す』『ケイトが恐れるすべて』と読んできたが、サスペンス小説としてはまあ面白いとは思うけれど、ミステリ的な仕掛けで評価されている現状はどうにも理解できない。
 もちろんその仕掛けが素晴らしいものであれば何も言うことはないのだが、この著者が意図しているのは読者に対しての仕掛け、いわゆる●●トリックである。プロットだけ見れば普通のサスペンスを、語り手や時系列など取っ替え引っ替えすることで読者に対して目眩しをするわけだ。それは物語内や登場人物の預かり知らぬところでの仕掛けだから、管理人の好みもあるとはいえ、ミステリとしての感動や面白みはどうしても物足りなくなる。

 また、その凝った構成にしても、現代と過去をある地点でつなげる意図は一応理解できるし、読者を驚かせるという意味では確かに効果的なのだが、それで貫徹すればいいのに、なぜか途中で第三の人物の視点などを挿入するなど、ブレも多い。とにかく見せ方を複雑にしたがるクセがあるのだろう。
 『そしてミランダを殺す』あたりはまだ良かったが、『ケイトが恐れるすべて』、そして本作とだんだんダメになっていく印象だ。

 ただ、ねちっこい心理描写などをはじめ描写は比較的うまいと思う。好青年ながら何処か冷めた感じのハリー、情緒不安定ながら意識の底では相手を絡め取ろうとする悪女アリスなど、主要登場人物のキャラクター作りは非常にいい。惜しむらくはハリーの父の掘り下げはちょっと弱い気がしたが、概ねサスペンスの盛り上げなども達者である。
 著者にはそういう武器を活かし、もっとストレートなサスペンス、それこそよく比較に挙げられるハイスミスのような方向でチャレンジしてもらいたいものだ。


ピーター・スワンソン『ケイトが恐れるすべて』(創元推理文庫)

 ピーター・スワンソンの『ケイトが恐れるすべて』を読む。
 前作の『そしてミランダを殺す』は構成に趣向を凝らしたサスペンス作品。『カササギ殺人事件』の陰にやや隠れた感はあったものの、実は『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」、『週刊文春』の「ミステリベスト10」、そして『このミステリがすごい!』の各ランキングですべて二位を獲得するという快挙を達成した。
 さて、続く本作はどうか。

 ケイトが恐れるすべて

 こんな話。ロンドンに住むケイトは遠くボストンで暮らす又従兄コービンと、半年の間、住居を交換してみないかと提案され、それを受けることにする。ところが早々に隣室で女性の死体が発見され、やがてコービンと女性が恋人同士だったことが明らかになる。容疑はコービンにかかるが……。

 とまあ、ストーリーだけを書くと、ごくごく普通のサスペンスに思えるのだが、実は骨格だけ取り出してみると、本当に普通のサスペンス小説である(笑)。基本プロット自体はけっこうオーソドックスで、それを面白く見せているのが、著者の語りのテクニックだろう。
 まずは章ごとに視点を変えることで読者の目を眩ませる。本作ではケイトの視点で物語が始まるが、続いて同じマンションに住むアランという人物に変わり、さらにはコービンへと移行する。しかも、ただ、視点を変えるのではなく、各人物にはそれぞれやばい過去があるという設定。
 各人の秘密が小出しにされ、これがどういうふうに絡んでいくのか、それとも新手の叙述トリックなのか、サスペンスと同時に読者の興味も高めてゆくという寸法だ。

 上手いことは上手いし、それなりに面白い。ただ、『そしてミランダを殺す』は構成だけでなくプロットも捻っていたからよかったけれど、本作の場合はその点でかなり劣る。正直、視点を変えず、ごく普通にストーリーを進めてしまうと、それほど盛り上がらないのではないか。
 『そしてミランダを殺す』、そして『ケイトが恐れるすべて』と、語りの部分ばかりに注力している作品が続いているが、著者はもっとミステリとして本質的なところをめざしたほうがよいのではないか。


ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』(創元推理文庫)

 ピーター・スワンソンの『そしてミランダを殺す』を読む。馴染みのない作家ではあるが、邦訳としては一応四年ほど前にヴィレジブックスから『時計仕掛けの恋人』が出ており、本作が二作目とのこと。

 まずはストーリー。若くして成功をつかんだ実業家のテッド。美しい妻ミランダと結婚して三年。豪華な新居も建築中で、何の不満もないはずだった。だが実はミランダが新居の建築責任者と不倫していることを感づいていた。
 そんなある日、テッドは空港で知り合った女性リリーに、妻を殺したいという話をしてしまう。リリーはそんな妻は死んで当然だと断言し、妻殺害の協力を申し出るのだが……。

 そしてミランダを殺す

 解説によるとパトリシア・ハイスミスとのシンパシーみたいなところを書いているが、管理人はルメートルの出世作を思い出した。共通するのはサスペンスの妙とか構成の面白さというところだろうが、本作もその点ではなかなか面白い試みをやっている。
 それが四人の主要な登場人物による一人称である。
 前半は主にテッドとリリーの殺人計画、そして殺人に加担する謎の美女リリーの半生というような形で進み、後半以後はさらに二人の語り手が加わり、展開も予想外の方向に進んでいく。殺す者と殺される者、追う者と追われる者、それぞれの思惑が入り乱れ、サスペンスを高めていくといった按配である。なかでも注目したいのはリリーとミランダの絡みで、強い女性同士の腹の探り合いはすこぶる熱い。
 また、リリーのキャラクターは要注目。要はこれもハイスミスの某有名主人公のパクリ、いや、オマージュといったキャラクターなのだが、本作は確かにあちらこちらでハイスミスの影響がうかがえ、それを探してみるのも一興だろう。

 ただ、敵味方の攻防はそれなりに面白いけれど、伏線の妙とか知的感動とか説得力とかには正直乏しい。意地悪い言い方をすると、単にハラハラさせたいためだけに展開をひっくり返すようなところもあり、個人的にはやや物足りなさが残る。
 つまらない作品ではないが、本作を読むかぎりハイスミスやルメートルの域にはまだ届かないかなというのが率直なところである。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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