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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集5』(創元推理文庫)

 江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジー〈世界推理短編傑作集〉をボチボチと読んできたが、ようやく最終巻までたどり着いた。本日の読了本は『世界推理短編傑作集5』である。まずは収録作。

マージェリー・アリンガム「ボーダーライン事件」
E・C・ベントリー「好打」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」
デイヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」(エッセイ)

 世界推理短編傑作集5

 最終巻となる本書は第二次世界大戦の直前から戦後の一九五〇年代あたりまでの作品を収録している。黄金期の大家から新しい世代の作家までが顔を揃え、この頃になると内容もかなり現代的でバラエティに富み、読み応えがあるものが多い。
 例によって旧版との違いから見ておくと、まずは旧版の二巻にあったE・C・ベントリー「好打」、三巻にあったアリンガムの「ボーダーライン事件」が本書に入り、逆に旧版の五巻にあったベイリー「黄色いなめくじ」が四巻に移っている。
 また、カーター・ディクスンはこれまでマーチ大佐ものの「見知らぬ部屋の犯罪」が採られていたが、「妖魔の森の家」に変更された。
 さらにアイリッシュの「爪」は門野集による新訳に、アリンガムの『ボーダーライン事件』は猪俣美江子による新訳となった。
 それでは各作品のコメント。

 「ボーダーライン事件」は大傑作というわけではないが、開かれた密室を形作る心理的トリックが効果的で、黄金期ならではの妙味が光る。あくまで個人的な意見だが、こういうのは機械的トリックでは得られない快感があって好み。キャンピオン初々しさもいいなあ(苦笑)。

 ベントリーの「好打」はトレントもの。トリック云々というよりもドラマ作りの巧さが好み。ベントリーの作品は同時代の中にあってもやや古さを感じさせるが、本作はその欠点が気にならない佳作。

 「いかさま賭博」はカードゲームによる犯罪者同士の騙し合いを描く。義賊ものならではの設定が効いていて、メインストーリーだけでも十分面白いけれど、最後のオチがまた秀逸。

 コリアーの「クリスマスに帰る」は妻殺しの完全犯罪が見事、失敗に終わる奇妙な味系の一作。これも素晴らしいのだけれど、コリアにしてはちょっとストレート。コリアだったらもっとひねくれたやつの方がいいかな。

 数あるアイリッシュの傑作の中でも「爪」の味はやはりトップ・クラス。このタイプの作品はその後もいろいろ出たけれど、やはりアイリッシュの描き方は巧い。

 「ある殺人者の肖像」はトリックなどはほぼないに等しいのに、ラストのサプライズがとんでもない。著者は元々、子供に対して容赦ない描き方をすることがあって、本作などはその白眉といえるだろう。読後の余韻もなんともいえないものがあり、本書中でも一、二を争う傑作。

 日本ではあまり馴染みのないベン・ヘクトだが、この「十五人の殺人者たち」だけで十分、忘れられない作家である。読み始めはどちらかというと不愉快な気持ちになるのに、ラストでその気持ちが一掃されて実に気持ち良い。今読むとコントみたいな感じもあるけれど(苦笑)。

 「危険な連中」もブラウンの代表作といえる傑作。こういうスタイルは今読むとそれほど珍しいわけでもないけれど、アイリッシュの「爪」と同様、いち早く作品にしたところがさすがだし、何度読んでも引き込まれる。

 スタウトはウルフものの「証拠のかわりに」が採られている。もちろんミステリとしてのメインアイディアは面白いのだが、乱歩がこれを選んだのは、ホームズ役とワトスン役の新しい形が面白かったからではなかろうか。

 「妖魔の森の家」はカーの定番中の定番なので今更いうこともない。これを収録すること自体が今更という意見もあるのだろうが、本アンソロジーの趣旨、そしてカーのもっとも代表的な探偵が登場することを踏まえると、本作でよかったと思う。

 デイヴィッド・C・クックの「悪夢」はサスペンスを盛り上げる描写の巧さで選ばれたか。個人的にはもう少し派手な作品で締めてほしかったが、まあ、贅沢はいいますまい。

 ということで、これでようやく全面リニューアルされた『世界短編傑作集』改め『世界推理短編集傑作集』をすべて読了できた。すべて再読とはいえ、内容を忘れているものもいくつかあったせいか予想以上に楽しい読書だった。
 ちなみに従来の『世界短編傑作集』では諸々の事情から乱歩の意向を十全に反映したものとはいえず、このリニューアルでようやく短編ミステリを俯瞰できる形になったわけである。もちろん、これがベストというわけではないが、やはりミステリと長くお付き合いしたいという人には、ぜひとも読んでもらいたい良質のアンソロジーといえるだろう。
 さあ、次は〈短編ミステリの二百年〉か。


江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集4』(創元推理文庫)

 リニューアルされた創元推理文庫の『世界推理短編傑作集4』を読む。江戸川乱歩のセレクトによる全五巻のアンソロジーの第四巻。収録作はすべて発表順に並べられており、第四巻ともなると黄金時代真っ只中ということもあって大御所の代表作が目白押し。さすがに内容自体に新鮮味はないが、それでも本書でしか読めないものもあるので、くどいようだがミステリファンには必読の一冊、必読のシリーズである。

 世界推理短編傑作集4

トマス・バーク「オッターモール氏の手」
アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」 
ロナルド・A・ノックス「密室の行者」
ダシール・ハメット「スペードという男」 
ロード・ダンセイニ「二壜のソース」 
ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」
エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」
H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」

 収録作は以上。旧版との違いを例によってまとめておくと、まず旧版の四巻に収録していたヘミングウェイの「殺人者」、フィルポッツの「三死人」は『世界推理短編傑作集3』へ、同じく旧版のチャータリス「いかさま賭博」は『世界推理短編傑作集5』へ移動している。
 反対にこれまで『世界推理短編傑作集3』所収のノックスの「密室の行者」、ダンセイニ「二壜のソース」、『世界短編傑作集5』所収のベイリー「黄色いなめくじ」は本書に収録された。
 さらにバークの 「オッターモール氏の手」はこれまで割愛されていた冒頭部分を復活させた完訳版となり、クイーン「は茶め茶会の冒険」は「いかれたお茶会の冒険」に改題され、新訳となっている。

 以下、復習も兼ねて各作品の感想など。
 「オッターモール氏の手」は完訳版というのがまず嬉しいが、内容ももちろん素晴らしい。リッパーもの、サイコパスもののはしりという見方もでき、犯人の人物像はなかなかショッキング。中学生の頃に読んだときは、その犯人像ゆえにピンとこないところもあったのだが、久々に再読すると実にスリリングで怖い。語りも効果的。

 「信・望・愛」は奇妙な味の犯罪小説というかミステリ的寓話というか。脱走犯の因果応報をシニカルに描いており、ジャーナリストならではの感性を感じる。おそらくミステリのプロパーであれば、ここまであからさまな展開にはしないだろうが、それがいい方に転がった感じだ。

 「密室の行者」はいま読むと「バカミス」に分類されそうな気もするが、なぜ男は食料が豊富にある密室で餓死したのか、という謎はすこぶる魅力的だ。ミステリのトリックを語るとき、物理的トリックとか心理的トリックという言い方をすることがあるけれど、これは言ってみれば物理的トリックでもあり心理的トリックでもあるという類い稀な例である。そういう意味でも傑作。

 ハードボイルドからはハメットの「スペードという男」が採られている。こういう中に入れられてしまうと、どうしても分が悪く感じられるが、実際、ハメットにはもっとよい作品があるわけで。本作はハメットにしては謎解き度合いが強い作品なので、おそらくそれがセレクトされた理由だろう。

 「二壜のソース」はやばい作品である。乱歩が愛した「奇妙な味」の作品は本シリーズでもいくつか採られているが、なかでも本作はほぼトップに位置するのではないだろうか。同棲していたカップルのうち女性だけが消え失せ、その資産はすべて男のものに。いったい女性はどうなった? ぼんやりと状況が語られつつ最後の一行で明らかになる真実。そしてそのインパクト。
 初読時もそうとうに驚愕した作品だが、何年か前にポケミスでダンセイニの短編集『二壜の調味料』が出たときに再読して、この作品の探偵がシリーズ化されていたこと、しかも犯人までレギュラー化していたことにもっと驚いたのも懐かしい思い出だ。

 ウォルポールの「銀の仮面」も乱歩お気に入りの「奇妙な味」系の作品だが、これは今でいうなら「イヤミス」か。ストレートな恐怖描写や暴力描写がなくともここまで怖さを感じさせるというのは、文章力と構成力の賜物だろう。精神的な暴力が実は一番怖いのだ。

 「疑惑」はピーター卿のシリーズものとはまた異なる味わいで、セイヤーズのダークサイドを感じさせる作品。日に日に体調が悪くなる夫妻。いま世間を賑わせている料理女による一家毒殺事件が、自分たちの身にも降りかかっているのではないかという疑惑の高まりがストーリーの軸となる。真相を予想することはそれほど難しくはないだろうが、それでもラストの二行にはゾクッとくる。

 「いかれたお茶会の冒険」は『不思議の国のアリス』の世界をミステリに持ち込んだ佳作。旧版では「は茶め茶会の冒険」というタイトルであったことは上でも触れたが、さらにその前には「キ印ぞろいのお茶会の冒険」だったはず。ちなみに集英社文庫『世界の名探偵コレクション10 エラリー・クイーン』では「いかれ帽子屋のお茶会」、嶋中文庫『神の灯』では「マッド・ティー・パーティー」という邦題もあるようで、これだけ統一されていないタイトルも珍しいのではないか。
 クイーンの作風といえばロジックの妙がよく言われることだが、本作はトリック重視。何者かが送ってくるプレゼントの意味には唸らされるが、強引っちゃ強引(苦笑)。

 ラストを飾るのはベイリー「黄色いなめくじ」。もちろん謎解き小説としてのアイディアの秀逸さ、面白さもあるのだが、久々に読んでみるとフォーチュン氏のキャラクターや人間味に惹かれてしまう。ちょっとした中編レベルのボリュームがあり、重厚さすら感じさせる傑作である。


江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集3』(創元推理文庫)

 リニューアルされた創元推理文庫の『世界推理短編傑作集3』を読む。江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジーで、今回のリニューアルではより初期の方針、すなわち発表された順番に収録するという点に主眼が置かれている。

 世界推理短編傑作集3

イーデン・フィルポッツ「三死人」
パーシヴァル・ワイルド「堕天使の冒険」
アガサ・クリスティ「夜鶯荘」
E・ジェプスン&R・ユーステス「茶の葉」
アントニー・ウィン「キプロスの蜂」
C・B・ベックホファー・ロバーツ「イギリス製濾過器」
アーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」
G・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」
ベン・レイ・レドマン「完全犯罪」
アントニイ・バークリー「偶然の審判」

 収録作は以上。いつものように旧版からの変更点を挙げると、まずは旧版の3巻にあったロナルド・A・ノックス「密室の行者」、ロード・ダンセイニ「二壜のソース」がともに4巻へ、同じく旧版3巻のマージェリー・アリンガム「ボーダー・ライン事件」は5巻へ収録されることになった。
 反対に旧版2巻にあったG・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」、旧版4巻のイーデン・フィルポッツ「三死人」、同じく4巻のアーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」が本書に収録された。また、移動がない作品でも、厳密な発表順に合わせているため、収録順はかなり異なっている。

 本書に収められた作品は1920年代ということで、もう傑作目白押し。いや、どの巻も傑作目白押しなのだけれど、さすがにこの時代になってくると、ミステリというジャンルが一気に進化した感がある。古典的ではあるけれど完成度の高いもの、ミステリの結構を備えつつ新たな地平を開くものなど、どれも実に楽しく興味深い。管理人が旧版で初めて読んだのは中学生の頃だが、そりゃあ感動するわな(笑)。
 
 以下、作品ごとにミニコメ。
 冒頭の「三死人」は、西インド諸島のある島の農場で起こった殺人事件を扱う。タイトルどおり三人の死体にまつわる物語で、事件の根本にあるものを心理的に洞察するという、いかにもフィルポッツらしい作品。設定がシンプルすぎるため今読むと真相はかなり予想しやすいものの、試みは面白く、当時としては尖った作品といえるだろう。

 「堕天使の冒険」はカードクラブのイカサマ事件を描く作品。真相もさることながら、何よりイカサマのテクニックが実に面白い。単純な手口だけれど、この手をアレンジした作品はけっこう多く、それだけ魅力的なアイデアということだろう。

 「夜鶯荘」はクリスティらしいサスペンスとサプライズが効いた一品。慕う人がいながら、別の男性と結婚した新婦。だが実は夫が殺人犯ではないかという疑惑が生まれ……という王道の展開。トリックに頼らないところがまたよい。

 「茶の葉」は古典中の古典。サウナの中で起こった刺殺事件で、作品は知らなくともトリックを知らないミステリファンはいないだろうというくらい有名なネタを用いている。「茶の葉」というタイトルも効いているし、法廷ものというスタイルも悪くない。

 こちらも有名トリックで知られる「キプロスの蜂」だが、こちらは当時としては刺激的なネタだったのだろうが、その他の部分が弱く、本書中では一枚落ちる。

 助手の研究成果を自分のものにした教授が、大学の自室で毒殺されるのが「イギリス製濾過器」。設定から犯人のあたりはつけやすいが、正直、トリックもいまひとつ。これも劣化が激しい一作といえるが、お話自体は面白く読める。

 ヘミングウェイの「殺人者」はハードボイルドの元祖とか、プロの殺し屋のイメージを確立させた作品とも言われている。読者には全貌がわからないある事件の一瞬だけを切り取ってみせるというスタイル、殺し屋二人が醸し出す独特の緊張感、運命を受け入れるしかない者たち、それぞれの要素が相まって強烈な余韻を残す。

 「窓のふくろう」はトリック云々というより、タイトルに絡んだある事実が読みどころ。本格というよりは奇妙な味のタイプで好みの一作。

 ベン・レイ・レドマンの「完全犯罪」は、己の探偵としての力に絶対な自信をもつ傲慢な名探偵トレヴァーの物語。あるとき彼は友人の弁護士ヘアーに完全犯罪の定義を解き、某事件の推理を披露するも、逆にに論破されてしまう……。終盤の捻りがマニア向けの一作。

 トリを飾る「偶然の審判」は傑作揃いの本書中でもピカイチ。シェリンガムの推理の展開が非常に面白く、それでいてベースになるのは「偶然」というキーワード。ご存知『毒入りチョコレート事件』の原型となった作品だが、もうこれだけでも十分に堪能できる。


江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集2』(創元推理文庫)

 創元推理文庫の『世界推理短編傑作集2』を読む。江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジー、その新版の第2巻である。
 第1巻の感想でも書いたが、このシリーズは何度目かの再読だし、作品によっては他の本で読んでいることもあって、正直、新鮮味はほぼない。ただ、それはこっちがミステリをン十年読んできたおっさんだからであって、無論この本自体の責任ではない。むしろ非常に素晴らしいアンソロジーなので、ミステリを読み始めた若い人には、できれば早いうちに読んでもらいたいシリーズである。

 世界推理短編傑作集2

ロバート・バー 「放心家組合」
バルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」
G・K・チェスタトン「奇妙な足音」
モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」
オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
F・W・クロフツ「急行列車内の謎」

 第2巻の収録作は以上。
 旧版からの変更点をあげておくと、旧版で第1巻だったロバート・バー「放心家組合」がこちらに入り、さらにチェスタトン「奇妙な足音」が新たに収録された。これは創元推理文庫の別本に収録されているため、旧版では見送られていたものだ。
 そのせいでページ数が増えたこと、また、作品の並びを発表順に統一したこともあって、旧版にあったコール夫妻『窓のふくろう』が新版の第3巻へ、E・C・ベントリー「好打」は第5巻へと移動となった。
 あとは翻訳関係が二点。ひとつはバルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」がドイツ語からの新訳に変更。これは当然『探偵ダゴベルトの功績と冒険』を訳した垂野創一郎氏が担当。また、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は、創元推理文庫の『ソーンダイク博士の事件簿』に合わせ、大久保康雄訳のものが採られている。

 さて、第1巻ではポオに始まり、ミステリ黎明期の作品が収録されていたが、本書ではホームズのライバルたちが活躍する1910年前後の作品が中心である。ホームズの登場がきっかけで爆発的なミステリブームが起こったのを機に、さまざまな作家が参入し、いろいろな名探偵が生まれ、今でも受け継がれるようなベーシックなトリックやスタイルが考案された。
 管理人が子供の頃に読んだミステリガイドブックには、それこそ本シリーズに収録されている作品がトリックもろとも紹介されていることも多かったが、それぐらいメジャーな作品ばかり。ネットの意見を見ると機械的トリックが多いというネガティブな声もあるようだが、百年前にそれをやってのけている事実が重要で、何よりミステリの本質がこの時代で概ね確立されたように思う。

 以下、各作品のコメント。
 まずはロバート・バーの「放心家組合」。バーといえば、十年ほど前に本邦初の単行本となる『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』が刊行されたのはまだ記憶に新しいところ。そのバーの代表作が「放心家組合」である。詐欺のテクニックの面白さだけでなく、皮肉なラストがまた秀逸。

 グロラーの「奇妙な跡」はオーストリアの名探偵ダゴベルトが登場する一篇。犯人像といい、犯行手段といい、極めて印象深く、まさに乱歩ならではのセレクト。
 こちらもローバト・バーと同じく、五年ほど前になってようやく『探偵ダゴベルトの功績と冒険』が本邦初紹介となり、その特異性が明らかになった。

 チェスタトンの「奇妙な足音」は言うまでもなくブラウン神父ものの代表作。トリックらしいトリックもないのだけれど、何気ない事象に気をとめて、そこからプラウン神父が辿っていく思考の道筋がキモ。フランボウの登場も楽しく、文句なしの一作。

 「赤い絹の肩かけ」はご存知怪盗リュパンもの。とにかくモーリス・ルブランのストーリー・テラーぶりが堪能できる。こういう鮮やかな構成を、すでにこの時期に成立させていた、その事実が素晴らしい。
 もちろんキャラクターの際立ち方も同時代にあっては群を抜いている。

 これまでの四作と打って変わって、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は地味ではあるが、推理小説の神髄を感じさせて素晴らしい。倒叙ミステリのハシリともいうべき一篇でもあるのだが、これはいわば裏から見た推理小説。すべてをばらしたうえで、なおかつ“推理する小説”を成立させ、しかもその過程が面白いという奇跡。

 ホワイトチャーチもバーやグロラー同様、つい数年前までこの「ギルバート・マレル卿の絵」一作しか読めなかった作家だが、これも論創社から『ソープ・ヘイズルの事件簿』が出て、ずいぶん喉の渇きが潤ったものである。
 機械的トリックにもいろいろあって、ここまで大がかりな形でやってくれると、それはそれで十分に楽しい。というか鉄道を使ったトリック(時刻表ではなく)はなぜか楽しいのだ。

 アーネスト・ブラマの「ブルックベンド荘の悲劇」も機械的トリックだが、きちんと手がかりを見せ、伏線を周到に貼っているところがよい。もちろん今読めば露骨なのだが、手口は十分に素人でも理解できる範囲で、なおかつ予想を越える結果。教科書のような作品である。
 もちろん盲人探偵マックス・カラドスという存在もインパクト十分。

 おそらくもっとも手垢がついているであろうトリックを使っているのがM・D・ポースト「ズームドルフ事件」。ただ、本作が今でも語り継がれるのは、そのトリックではなく、作品の舞台となる世界や宗教観とのブレンドにある。本作をトリックの点だけに注目して否定するのはあまりに無粋である。

 第2巻の掉尾を飾るのは大御所クロフツの「急行列車内の謎」。仕掛けはやや物足りないけれど。全体の雰囲気は悪くない。素朴な疑問だが、解決は後日談的にするよりも、リアルタイムで進めた方がサスペンスの面などでより面白くなった気がするのだが……。

 ということで第2巻もけっこうなお手前でした。
 しかし、管理人が本書を初めて読んだ当時は、気軽に読めるのはチェスタトン、ルブラン、クロフツぐらいだったはず。それが今では本書に収録している作家の訳書は最低でも一冊は出ているわけで、いや、なんとも良い時代になったものだ。


江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)

 創元推理文庫の『世界推理短編傑作集1』を読む。おそらく三度目の再読なのだが、単品でもその他アンソロジーや短編集でも読んでいたり、実はあまり久しぶりという感じでもない。とはいえ昨年、収録作の異動や新訳も含めた新版が出たということで、一応、目を通してみた次第。
 まずは収録作。

エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」 
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」 
アントン・チェーホフ「安全マッチ」
アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」

 世界推理短編傑作集1

 本書は江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジーの第1巻である。簡単にいえば19世紀半ばから20世紀半ばにかけての作品を年代順に配列し、短編ミステリの歴史的な変遷を俯瞰するといったものだ。
 今回の新版での変更点だが、これが意外に多くて、まずは書名が『世界短編傑作集』から『世界推理短編傑作集』に変更されている。
 収録作に目をやると、新たにポオの「盗まれた手紙」、コナン・ドイルの「赤毛組合」が収録されている。この二作はもともと乱歩のセレクトに入っていた作品ではあるのだが、創元が自社本での収録作とのダブりを避けて、旧版では未収録だったものだ。しかし、短編推理の歴史を辿ろうとする企画意図を考慮すると、推理小説史上でも要となる作品が入らないのはやはりおかしいのではないかということで、晴れて収録の運びとなったようだ。
 この影響でページ数がかさんだためか、旧版の第1巻に入っていたロバート・バーの「放心家組合」は第2巻に回されることとなった。
 さらに「安全マッチ」と「赤毛組合」は新訳。以上が旧版からの変更点である。

 個人的には好ましい変更であり、特に「盗まれた手紙」と「赤毛組合」の収録は嬉しい。
 というのも創元は昔からけっこう自社本での収録作のダブりを避ける傾向がある。最もショックだったのは、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉というシリーズが出たときのことだ。『ソーンダイク博士の事件簿』や『隅の老人の事件簿』、『思考機械の事件簿』などなどの短編集が続々と刊行され、それまでは代表作ぐらいしか読めなかった名探偵たちの短編集ということで非常にありがたかった企画である。
 だが、あろうことか、これらの短編集には、『世界推理短編傑作集』に収録されていた一番の代表作は一切収録されなかったのだ。当時の編集者は気を利かせたつもりだったのか、そのあたりの理由は不明である。ただ、せっかく『思考機械の事件簿』が出たというのに、アンソロジーにすでに入っているからという理由で、肝心の「十三号独房の問題」を外すか普通? 画竜点睛を欠くというのはこういうことを言うのだろうなぁと、当時はしばらくショックが抜けなかったものである。

 まあ、それはともかく。
 海外ミステリが好きというなら、『世界推理短編傑作集』全五巻はぜひとも読んでおくべきだろう。ミステリ好きを公言している人でも、古いから読まない、使い古されているトリックなど読みたくないという人もたまにいるようだが、あまりにもったいない。
 ミステリにおける一般教養的な作品を年代順に押さえることで、ミステリの進化する様子がつかめるだけでなく、ミステリを楽しむためのセンス、そして基礎体力が鍛えられる。また、それによって現代ミステリの見方もまた変わってくるはずである。何より、こんなに面白い短編集を見逃す手はない。

 内容的にはいまさら何も言うことはないのだが、一応、軽くコメントなど。
 「盗まれた手紙」はミステリの産みの親ポオが書いたデュパンものの三作目で、文字どおり盗まれた手紙を探す作品。メイントリックとして、ミステリの基本テクニックのひとつといえる“盲点”を利用しており、内容はもちろん楽しめるが、ラストのデュパンの謎解きがそのまま推理小説論みたいになっているのも興味深い。ポオのドヤ顔が目に浮かぶようだ。

 「人を呪わば」は『白衣の女』で知られるコリンズの作品。ある筋からコネで入省した刑事が、窃盗事件を捜査する物語。実はこの刑事の傍若無人な振る舞いやKYぶりが読みどころであり、この時点で早くもミステリのパロディみたいになってるのが恐れ入る。
 おそらくコリンズはパロディというより、権力への風刺として書いたようにも思えるが、ラストはしっかりミステリとして成立しているのがいい。

 「安全マッチ」を初めて読んだときはチエホフが書いたミステリということでかなり期待したが、これもまたミステリのパロディである。思えばすでにこの時期のイギリスやロシアでは、パロディが普通に成立する程度には、ミステリ(あるいはミステリ的な読物)も読まれていたということだろう。
 本作はしかもアンチミステリともいえる展開であり、登場人物たちの立ち方はさすがにチエホフならでは。

 「赤毛組合」は言うまでもなくホームズものの代表作。久々に読んだけれど、導入から結末に到るまでの流れ、起承転結の切れが鮮やかすぎる。本格ではなく奇妙な味に分類した乱歩の気持ちはよくわかる。

 ホームズが滝壺に落ちて休んでいる間、〈ストランド・マガジン〉で代わりに活躍していたのがアーサー・モリスンの生んだ名探偵マーチン・ヒューイット。
 「レントン館盗難事件」は屋敷での宝石盗難事件を扱ったマーチン・ヒューイットものの代表作だが、そのメイントリックの面白さゆえ、子供向けの推理クイズでは定番中の定番となり、おかげで本作を読んでない人もそのネタだけは知っているという不遇の作品となっている(のか?)

 「医師とその妻と時計」は盲目の医師とその若い妻が巻き込まれた殺人事件の顛末。アンナ・キャサリン・グリーンらしいロマンス要素を強く打ち出した作品だが、悲哀とアイロニーに満ちたラストはなかなかの味わい。ストーリー作りの上手さはやはり当時の人気作家だけある。

 バロネス・オルツィが生んだ名探偵・隅の老人ものの代表作が「ダブリン事件」。恐ろしいことに今では隅の老人の全作品が『隅の老人【完全版】』で読めるわけだが、一時期はほんとにこれしか読めない時代があったんだよなぁ。
 ラストで様相をひっくり返してみせるキレの良さ、実にプロットが見事な一作である。

 かのタイタニック号の沈没によって悲劇の死を遂げたジャック・フットレル。そんな彼は“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授という名探偵を生んでいる。「十三号独房の問題」は思考機械ものの代表作で、頭脳を使えば刑務所からも脱走できるのか、という命題に挑んだ作品。
 こちらも脱出方法を乱歩が流用したりしているので、ネタ自体はかなり知られているだろうが、やはり最初にこういう手を考えたジャック・フットレルは偉大である。
 そういえば、こちらも完全版が近々出版されるようで楽しみである。

 最後に少し気づいたことを書いておくと、本書のラインナップを見ると、この頃はミステリプロパがいない時代であることがよくわかる(ミステリが誕生したばかりなので、当たり前っちゃ当たり前だけど)。
 ポオやコリンズ、チエホフはもちろんだが、コナン・ドイル、モリスン、オルツィ、フットレルらも皆、生涯ミステリ一本で食っていたわけではない。詳しく見れば、他ジャンルからミステリに入ってきた作家、ミステリから他のジャンルへ移った作家、あくまでミステリは余技の作家、単なる多作の大衆作家、いろいろあるのだが、そういった他分野のエッセンスが、新しいミステリというジャンルに活かされたことは想像に難くない。
 本書はついついミステリという観点で読んでしまうけれども(まあ、これも当たり前だけど)、実はその著者が主戦場にしていた(あるいは、したかった)ジャンルからの観点で、あらためて読み直してみても面白いのかもしれない。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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