平成最後の読了本はカトリーヌ・アルレー『犯罪は王侯の楽しみ』でありました。ということで令和最初のブログ更新はカトリーヌ・アルレー『犯罪は王侯の楽しみ』の感想から。
こんな話。引退を間近にひかえるロンドン警視庁のCID長官のスコット。そんな彼の自宅へ大富豪のウィリアム・ウィスランドが突然やってきた。ウィスランドはより刺激を求めて強盗を計画することにしたので、スコットに協力してくれと依頼する。初めは冗談だと思ったスコットだが、旅行中の娘サマンサがすでに誘拐されたことを知らされ、協力を拒否すればその命は保証できないという。
悩むスコットを尻目に、着々と計画を進めるウィスランド。彼は完全犯罪を実行するため、絶大な権力と資金をもとに仲間を集めるが、そこにはなぜか自殺志願者の求人までが含まれていた……。

アルレーの作品は、こちらが想像するフランスの心理サスペンスをいつも変な角度で超えてくる。とにかく妙な趣向の作品が多いのだけれど、本作もなかなかユニークな設定だ。
一応は倒叙ものというスタイルなので、興味の中心は当然、その完全犯罪がどのようなものかというところになる。警察の重要人物を脅して情報を入手し、さらには金と権力にものをいわせて実行犯を集め、強盗計画が遂行される……これだけでもサスペンスとしてはまずまず面白いのだが、とはいえこれぐらいだったらまだ想定範囲内。
アルレーの本領が発揮されるのは終盤に入ってからだ。
ウィスランドの妻と自殺志願者のやりとり、最終的に明らかになるウィスランドの狙い、そして、その結果としての皮肉な結末。さすがはアルレーと唸るしかない。
通常のミステリ作家だとやはり完全犯罪の技術的な部分に神経を集中させると思うのだが、アルレーはそこに人間の愚かさや哀しさを盛り込んでいく。というか、アルレーの興味は結局そこに行き着くのだろう。
ただ、ラストのサプライズも含めアルレーらしいドラマは楽しめるものの、本作は弱点もまた多い。
まずは完全犯罪という割には犯行計画が粗いこと。共犯者の多さ(しかもアマチュア)や証拠の多さだけでも相当に脆弱だし、計画も大雑把。これは普通に警察が捜査すれば、けっこう簡単に逮捕までもっていけるレベルではないか。
先に書いたように、アルレーの意図がおそらくそこにはないのだけれど、ラストをより効果的にするためにも、もう少し完全犯罪も練ってほしかったところである。
もうひとつの弱点は重要な登場人物であるはずのスコットが中盤からメインストリームを外れ、その存在感を失ってしまうこと。彼こそがこの物語、犯罪計画の大きなポイントだと思っていたのだが、そういったスコットからのアプローチは本作にはほとんどなく、あっさりと実質的に退場してしまうのである。
ついでにいうなら娘のサマンサも出だしは面白いキャラクターなのだが、これまた中盤以降は精彩を欠いてしまう。
そういった弱点の結果、本作はアイデア自体はかなり面白いが、そのアイデアを存分に活かしきれなかった作品といえるだろう。アルレーの作品はどれもコンパクトにピシッとまとめるところがいいのだけれど、本作ばかりはもう少し膨らませるべき点があったようだ。惜しい。