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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ドット・ハチソン『蝶のいた庭』(創元推理文庫)

 ドット・ハチソンの『蝶のいた庭』を読む。本書が日本初紹介となるが、昨年の「このミステリがすごい!」や「ミステリが読みたい!」など、いくつかのベストテンでランキング入りを果たし、気になっていた作品である。

 ある猟奇的な事件が解決した。〈庭師〉と呼ばれる犯人は、蝶が飛び交う楽園のような場所〈ガーデン〉を造り、そこに長年にわたって多くの女性を拉致監禁していたのだ。
 しかし、監禁されていた女性たちはなぜか事件について多くを語ろうとしない。FBIの特別捜査官ヴィクターは、被害者の一人である若い女性マヤの事情聴取に取りかかり、その猟奇的な事件の全貌を聞き出してゆく。それは経験豊富なFBI捜査官ヴィクターをしても、かつて聞いたことのないおぞましい犯罪だった……。

 蝶のいた庭

 ううむ。誰しも経験はあるだろうが、世評と自分の感想が大きく離れることがあるものだ。本書がまさにそれで、正直、そこまで傑作だとは思えなかった。

 ただ、世間の評価が高い理由はよくわかる。
 何といっても蝶のコレクションをそのまま人間に置き換えた猟奇的犯罪は、おぞましいと同時に美しく、かつエロティックなイメージをかき立てる。それを扇情的に描くのではなく、若い女性にかぎりなく静謐に語らせることで、逆に不気味さを増大させ、独特の世界を醸し出している。
 残酷な事件ではあるけれど、事件が解決していることから主人公マヤはもう大丈夫だという安心感もプラスに働く。そのうえで、事件の細部はどうだったのか、彼女たちはどうやって助かったのか、マヤはなぜ事件を積極的に話そうとしないのか、それら多くの興味で引っ張ってゆく手際もなかなか。おまけにラストで、かなり意表をつく真相が語られ、しかもこの手のミステリにしては後味も悪くない。
 これだけ褒めておいて、おまえは何が不満なんだという話である(苦笑)。

 それでも本作が管理人的にあまり感心できないのは、リアリティの欠如によるところが大きい。
 〈庭師〉が大富豪とはいえ、ここまで大掛かりで特殊な施設を作ってまで危険を犯すリアリティ。この種の犯罪にコントロールが難しい"仲間"がいることのリアリティ。精神的に支配されているとはいえ、行動がある程度自由な女性が二十人以上いるのに〈庭師〉に対抗できないというリアリティ。つまりは多数の女性を長年にわたって監禁するという、この大胆な犯罪についての説得力に乏しい。
 昔の変格探偵小説のようなものか、あるいはファンタジーかホラーであれば、そこまでこだわるところではないのだが、本作は結局、ラストで現代ミステリという枠にきちんと落とし込まれているので、どうしてもそういう部分が気になってしまう。繊細なイメージで読ませるから、一見、説得力はあるように思えるけれど、プロットや骨格についてはけっこう適当、というと言葉は悪いが、感覚だけで流している印象を受けてしまった。

 もしかすると本作の主人公=語り手は、〈庭師〉の方がよかったのではないか。
 著者はマヤを主人公にすることで、ガーデンのもつ美しさ+怖さを際立たせようとしたのだろうが、〈庭師〉をもっとクローズアップして、より人間の闇を深く描くほうが効果的だったような気がする。

 ちなみに本作はThe Collector Seriesとして続刊がすでに三冊も出ているようだ。おそらく邦訳は出るだろうし、以後の作品がどういう方向性でくるのか気になるところなので、何だかんだ書いたけれど、やはり読むことにはなりそうだ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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