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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

三津木春影『空魔團』(湘南探偵倶楽部)

 三津木春影は主に大正時代にかけて活躍した探偵小説家の一人である。もともとは自然主義文学を志していたようだが、押川春浪の『冒険世界』を手伝ったことがきっかけとなったか、探偵小説などの翻訳や創作を手掛けるようになった。
 残念ながら三十四歳という若さで亡くなったため、作家としての活躍時期は五年ほどと短いのだが、ルパンやホームズ、ソーンダイク博士などの翻訳・翻案は当時、かなりの人気を集めたようで、江戸川乱歩や横溝正史も少年時代に愛読したことがエッセイで書かれているほどだ。

 間違いなく探偵小説黎明期を支えた一人ではあるのだが、さすがに今ではほぼ読まれることもないのは仕方ないところだろう。とはいえデジタルライブラリーや青空文庫ではけっこうな数の作品が読めるし、作品社からはR・オースティン・フリーマンの「ソーンダイク博士」シリーズを翻案した「呉田博士」ものの全作品が収録された『探偵奇譚 呉田博士【完全版】』が2008年に刊行されている。
 ちなみに同書は限定千部ということだったが、喜ぶべきか悲しむべきかいまだに現役本であり、ネットでも買えるようなので興味のある方はお早めにどうぞ。管理人はリアルタイムで買ったものの、その分厚さになかなか着手できず、恥ずかしながらいまだに積ん読である。

 本日の読了本はそんな三津木春影の『空魔團』。こちらは湘南探偵倶楽部さんが同人版として復刻した、ノンシリーズの中・短編集である。収録作は以下のとおり。

「空魔團」
「海底電信船の少年」
「火山の麓」
「銀の十字架」
「海底戦争未来記」
「人間製造博士」

 以下、各作品のコメントなど。
 今回、ネタバレを含んでいるので未読の方はご注意を。

 空魔團

 巻頭を飾る中編「空魔團」は、空から正体不明の何物かが人間や動物を誘拐するという事件を描く。飛行船や気球あたりを使ったネタかと思いきや、途中で純粋に宇宙人(あるいは空中人か)による地球侵略ものSFであることに気付き、かなり驚いた。
 空中と地上の関係を、地上と海底に置き換えて説明する件が面白く、潜水艦の中に海水が入ると沈没する例を、飛行艇のなかに空気が入ることで墜落するという説明に当てており、この強引さが超楽しい(笑)。
 ツッコミどころ満載なのは当時のSFの常ではあるが、ボリュームがあるので本作だけでも相当お腹いっぱいになる。

 「海底電信船の少年」は、海底電信船で働く船員の不正を知った少年が、次々と命を狙われるというスリラー。何度もピンチに陥りながら毎度のように切り抜けてしまうのはいいけれど、けっこう偶然や他力に頼りすぎているのが何ともはや。もう少し少年自身の活躍を描いてほしかったところである。
 一応、最後は少年の頑張る姿に悪人が改心するというオチなのだが、これまでの殺人未遂が不問に付されるのはいかがなものか(笑)。

 「火山の麓」はある火山の麓に起こった怪異現象の謎を解く冒険探偵小説。本書中では数少ないオーソドックスな探知小説風の作品で、逆に新鮮である(笑)。

 「銀の十字架」は父の消息を追って樺太までやってきたモスクワ出身の少年の物語。父親の悲惨な最期を聞かされ、復讐の念に燃えるが日本人少年がこれを諫めるというラストなのだが、日本人少年の理屈がむちゃなため、ロシア少年が実に気の毒になる。後味悪し。

 「海底戦争未来記」は押川春浪を彷彿させる未来戦記物。内容のわりに短く、これはやや物足りない。

 「人間製造博士」はフランケンシュタインがモチーフか。主人公の元に逃げてきた人造人間だが、追いかけてきた博士によって無理矢理連れ戻されてしまう。博士の強力な兵器によって、人造人間も主人公もなすすべなく、連れ去られてお終いというラストがあまりに悲しい。そういう意味でこれも後味はかなり悪い。

 ということで、けっこうひどい話もあるが(特にオチが理解しがたいもの多数)、当時の探偵小説の息吹はかなり感じられる一冊。ミステリマニアを名乗りたいなら一度は読んでおくべきか(苦笑)。
 なお、ネット古書店ではまだ扱っている店もあるようなので、気になった方は「日本の古本屋」あたりで検索されるとよろしいかと。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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