マーヴィン・アルバートの『セメントの女』を読む。ひと頃ポケミスがサブシリーズみたいな形で展開していた「ポケミス名画座」からの一冊である。
こんな話。マイアミでヨットを住居にして暮らしている私立探偵トニー・ローム。友人と沈没船の宝探しを道楽にしている彼は、あるとき沖合でセメントの重りをつけて沈められている女性の死体を発見する。ところがその瞬間にサメが現れ、死体の顔を食いちぎったため、身元はわからぬままとなってしまう。
サメの襲撃をかわしながら、何とか死体を引き上げたローム。さっそく警察に届け出たが、その直後に「女の顔は忘れることだ」という脅迫電話が入る。しかし、それが逆効果。ロームの闘志に火がつき、彼はさっそく調査に乗り出してゆくが……。

あのフランク・シナトラをトニー・ローム役に迎えて映画化された作品の原作である。映画のほうは残念ながら未視聴なのだが、原作のほうは、なかなかよくできたB級ハードボイルドといったところだ。
ただ、ハードボイルドとしての体裁を整えてはいるが、事件や登場人物の内面を掘り下げるような興味には乏しい。深みや重みとは一切無縁、あくまで視娯楽重視のハードボイルド風活劇小説といったほうが正しいのかもしれない。
もちろん、これは貶しているのではない。そういう方向性のミステリも当然ありなわけで、しかも意外に読ませるのだ。
何よりストーリーがよろしい。
のっけから海中で死体を発見する件、さらにはサメとの格闘、ひと息ついたかと思えばさっそくの脅迫電話と、掴みはOK。この後もド派手な格闘シーンにカーチェイス、適度なお色気など盛り沢山で、ストーリーの盛り上げにいろいろ工夫しているなという印象である。映画の原作ではあるのだが、もしかすると最初から映画化を意識して書かれた可能性もあるのではないだろうか。それぐらい派手な見せ場が多い。
また、プロットも予想以上の出来。上流階級とギャングの不穏な関係が物語のベースにあるのだが、そういった枠に収まらない真相も用意され、技巧的なところも見せている。
さすがに感動や読みごたえみたいなものを期待してはいけないけれど、一時の暇つぶしとしては、これは打ってつけの一冊といっていいだろう。
ちなみに著者のマーヴィン・アルバートは複数の名義を駆使して1950〜90年ぐらいにかけて八十作ほどの作品を残している。その内訳もミステリから冒険小説、ウェスタン、映画やテレビのノヴェライズに至るまで幅広い。つまりは気楽に読める娯楽小説を量産するタイプの職人的作家なのだろう。
したがって、本国では人気があっても、さすがに我が国での翻訳はいたって少ない。ノンシリーズの『リラ作戦の夜』や『標的』、J・D・クリスティリアン名義『緋の女 スカーレット・ウーマン』があり、ほかには映画『アンタッチャブル』のノヴェライズが紹介されるにとどまっている。本作レベルのものがあるなら、もう少し紹介されてもいいかも。