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 いわゆる実験小説という呼び方があって、「フランスの小説家ゾラの唱えた自然主義小説の方法論」を指すこともあるけれど、一般的には「前衛的な手法を用い、文学の可能性を実験的に追求しようとする小説」という意味合いの方が知られているだろう。
 小説ではもちろんテーマや物語性も重要だが、芸術のひとつとして考えるなら、その表現方法も同じように重要であるはずだ。そんな表現についての可能性を追求した実験小説は、具体的にいうと文章に何らかの制限を設けるとか、セオリーを無視するとか、お話として面白いかどうかはともかく、その試みは実にスリリングである。
 実際、どんな作品があるかは、木原善彦『実験する小説たち 物語るとは別の仕方で』に詳しいが、日本では筒井康隆が『虚航船団』や『残像に口紅を』をはじめとしていくつもそういう作品を書いており、代表格といえるだろう。
 ではミステリではどうかというと、そもそもミステリの目的自体が「謎を論理的に解明する」ことである以上、実験小説とは相性がよくない。すぐに思いつくところでは、やはりクリスティの『アクロイド殺し』。ミステリの定型を壊した点において一種の実験小説といってよいだろう。ミステリとはちょっと違うがD・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』もそのひとつ。我が国では意外にチャレンジャーが多く、浅暮三文の文字どおり『実験小説 ぬ』とか森博嗣『実験的経験 Experimental experience』、折原一『倒錯の帰結』あたりが知られているか。

 これらの実験小説で、個人的に特に重要だと考えるのはその独自性である。やはり、そのアイデアを最初に考えて試みた人間こそ評価されて然るべきで、先人が考えたものをアレンジしてよりよく仕上げる作品も別に悪いとはいわないが、本家を超えることはできない。

 本日の読了本はそんな実験ミステリ小説の中でもとびきりの一作。泡坂妻夫の『しあわせの書』である。
 有名な作品だし、管理人も二十年ぶりぐらいの再読で今更という感じはするが、泡坂作品読破計画も進めている最中なので、久々に手にとってみた次第。

 しあわせの書

 こんな話。二代目教祖の継承問題で揺れる宗教団体の惟霊(いれい)講会。高い霊力で知られた現教祖の桂葉華聖(かつらばかせい)もすでに八十を越え、その後を二人の候補者が争う形となっていた。
 そんな頃、恐山の地蔵祭を訪れたヨガと奇術の達人ヨギ ガンジーとその弟子の不動丸、美保子の三人。イタコの真似事をしてテレビ取材まで受けてしまうガンジーだったが、その場面を見ていた男性から、失踪した妹の行方を占ってほしいと頼まれる。その妹が入信していたのが惟霊講会だったことから、いつしか三人は教祖の継承問題に巻き込まれ……。

 短編集と長編の違いはあるが、本作も基本的なスタイルは『ヨギ ガンジーの妖術』を踏襲するイメージ。提出される謎は奇跡や超常現象のトリックであり、物語もそれらが自然に溶け込みやすい怪しげな宗教団体を舞台にする。シリアスとユーモアもいい案配に配合され、ストーリーもコンパクトにまとまっていて悪くない。
 特に後半、断食からラストの謎解きへの流れは秀逸で意外性もあり、「仕掛け」ばかりが注目される本作だが、それがなかったとしても十分楽しめる本格ミステリといえるだろう。

 まあ、そうはいってもやはり最大のポイントが「しあわせの書」であることは間違いない。
 「しあわせの書」は作中でも登場するのだが、その使い方が見事だ。読唇術のネタとして利用するだけでなく、後半のヤマ場となる断食の行にも使われていることに感心。そして、最後にあの大トリックである。泡坂作品ではすべての描写が伏線というぐらい無駄がないけれども、本作などはその最たるものだろう。
 
 『喜劇悲奇劇』、『生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術』と並ぶ泡坂三大実験小説。ミステリファンでなくとも読んでおいて損はない。


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 泡坂妻夫読破シリーズも亜愛一郎がひと息ついて、ヨギ ガンジーものに取り掛かる。
 ドイツ人とミクロネシア人と大阪人の混血という出自を持つヨギ ガンジー。一応はヨーガの達人という触れ込みで全国各地を講演で巡っているが、奇術や占いにも造詣が深く、どこかしら胡散臭い雰囲気を醸し出す。しかし、それは本人も重々承知。逆にいろいろな奇跡や超常現象など、すべてはトリックであると人々に説いて回るというから面白い。

 ヨギ ガンジーの妖術

「王たちの恵み」〈心霊術〉
「隼の贄」〈遠隔殺人術〉
「心魂平の怪光」〈念力術〉
「ヨギ ガンジーの予言」〈予言術〉
「帰りた銀杏」〈枯木術〉
「釈尊と悪魔」〈読心術〉
「蘭と幽霊」〈分身術〉

 収録作は以上。
 クセの強い泡坂妻夫のシリーズ作品だが、本シリーズもとりわけ強烈。もちろん主人公ヨギ ガンジーの奇妙な設定だけでも十分に面白いのだが、何といっても楽しいのは扱うネタのほとんどが奇跡や超常現象のトリックである点。それこそ怪しげな新興宗教団体とかが超常現象や奇跡を披露して信者を集める、ああいった手口の種明かしをこれでもかと暴いていく。以下、各作品の簡単なコメント。

 「王たちの恵み」はガンジーが講演中に盗難されてしまった募金箱の事件。あまりにも意表を突いた真相であり、泡坂作品に免疫がない人は、もうこの一作だけでトリコになってしまうのではないか。

 「隼の贄」は新興宗教の開祖・参王不動丸との対決を描く。予告殺人のネタも見事だが、敵の参王不動丸がガンジーに敗北後、弟子入りするあたりは、ブラウン神父もののフラウボウを彷彿とさせて楽しい。おそらく狙ってやったものだろうな。

 「心魂平の怪光」は鼠騒動とUFO騒動がどのように結びつくのかというネタ。念力対決もあったりと賑やかな作品ではあるが、今読むとネタが割れやすいのが惜しい。

 「ヨギ ガンジーの予言」はタイトルどおり予言を扱った作品。予言トリックの作品は他の作家の作品でもいくつか読んだことはあるが、概ねどれも楽しく読めるのはなぜだろう。

 「帰りた銀杏」は事件の様相をガラリと変えてみせる展開に驚かされる。トリックが重視されるこのシリーズで、本作は「ホワイダニット」にスポットを当てていて興味深い。この真相ははちょっと読めないよなぁ。

 「釈尊と悪魔」も「帰りた銀杏」同様に、ラストで事件の構図を思い切り反転してみせる。考えると単純なネタではあるのだが、ドサまわりの劇団という世界を持ってきたことで見事に全体像をカモフラージュし、なおかつドサまわりの劇団でなければならなかった理由もまた存在する。これはプロットの勝利か。

 「蘭と幽霊」はエクトプラズムを扱うが、心霊ネタの中でももっとも胡散臭いネタであり、それを最後に持ってきたところに著者の自信のほどが窺える。でもやっぱり他の作品よりは少し落ちるかな(苦笑)。

 ということで久々の再読であったが、いくつかネタとして弱いものはあったけれど、基本的には全編通して楽しい一冊であった。ヨギ ガンジーものだと『しあわせの書』や『生者と死者』のインパクトが強すぎて、本書はやや影が薄いところがあるかもしれないが、ミステリとしては断然こちらが上だろう。


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 泡坂妻夫の『亜愛一郎の逃亡』を読む。亜愛一郎シリーズの第三短編集にして、最終巻でもある。まずは収録作。

「赤島砂上(あかしまさじょう)」
「球形の楽園」
「歯痛(はいた)の思い出」
「双頭の蛸」
「飯鉢山(いいばちやま)山腹」
「赤の讃歌」
「火事酒屋」
「亜愛一郎の逃亡」

 亜愛一郎の逃亡

 『〜狼狽』『〜転倒』と続いたシリーズもこれでラスト。シリーズ作品の常として、どうしても後期の作品ほどレベルは落ちてしまうものだが、本短編集もやはり『〜狼狽』、『〜転倒』に比べると少々物足りなさを感じてしまう。とはいえ、それは著者自身の傑作と比べるからで、そういうフィルターを外せば決してレベルが低いわけではなく、十分に楽しむことができた。

 本シリーズの特徴として、キャラクターの魅力や言葉遊び、奇妙な謎と意外な真相など、いろいろなものがあるだろうが、三冊読んでより感じたのはロジックの妙。いや、ロジックというのとも少し違うか。なんというか亜の謎解きシーンが楽しいのである。
 『〜狼狽』の感想でも少し触れたが、まず“気づき”がいい。目の前で起こっている出来事について、亜は普通とは違う“何か”に気づき、その理由を考え、推理を巡らせてゆく。そして、最終的にはその出来事すべてが事件のうえで意味のあることばかりだったことを解明する。極端にいうと、すべての出来事が伏線であり、それを回収してみせるのである。もう、三巻目の本書収録作品ともなると、事件解決だけさらっとやってしまって、そのあとにじっくりと謎解き場面が始まる作品も多い。いかに著者が推理することを楽しんでいたかの証ともいえる。

 以下、作品ごとに簡単なコメントを。

 「赤島砂上」はヌーディスト島にやってきた闖入者の謎を解き明かす。のっけから奇妙な事件だが、実はほぼ事件らしい事件も起きず、いきなり真相が明らかになる構成が見事。ただ、材料は少なく、けっこう決定的な描写が序盤にあるので、勘のいい人は見破れるかも。

 「球形の楽園」は珍しくトリックで読ませる感じだが、ある人気作家の有名作品に先例があるのが惜しい。とはいえ先にも書いたように、亜の“気づき”がなかなかいい。

 亜シリーズはユーモラスな作品ばかりだが、「歯痛の思い出」は大学病院で展開するとりわけ愉快なストーリー。事件など何もないような状態からいきなり謎解きが始まるパターン、そのうえでの意外な真相という構成は強烈なインパクトを残す。

 山奥の湖に巨大な相当の蛸がいるという情報を聞き、やってきた記者が遭遇するダイバー殺害事件が「双頭の蛸」。トリックや推理のカギとなる写真の扱いが巧く、わりとちゃんとしたミステリなのだが(笑)、ところどころに挿し込まれる、記者がリアルタイムで書いていると思しき記事が楽しい。

 「飯鉢山山腹」は化石の発掘に同行した亜が、山中での車の転落事故に見せかけた殺人事件に巻き込まれる。アイデア自体はわかるのだが、現実的でない部分があって、本書中では落ちる一作。

 「赤の讃歌」は発想が素晴らしい。赤色に拘る画家の展覧会にやってきた美術評論家の玲子は、画家の作風の変化に納得がいかず、頭を悩ませていた。しかし、その秘密を見抜いたのは、何ら美術知識も持たないの亜愛一郎だった。これも“気づき”が秀逸。

 「火事酒屋」は本書中のベストか。火事好きの酒屋の主人とその夫婦、そしてたまたま居合わせた亜が火事騒ぎに巻き込まれる。チェスタトンの作風を喩えに出されることの多い亜シリーズだが、本作などはその筆頭かもしれない。お見事。

 本書だけでなく、シリーズの掉尾を飾るのが「亜愛一郎の逃亡」。まあ、事件やトリックそのものは大したことがないけれど、亜がトリックを仕掛ける側に回ること、そして何よりフィナーレ的な作品として書かれていることが最大の特徴だろう。
 ここでシリーズの登場人物を総登場させたり(しかも幾人かは時の流れを感じさせる趣向まで)、亜の秘密や作品内で頻繁に登場してきた“三角形の形の顔をした洋装の老婦人”の正体も明かされる。おそらくシリーズ当初からこういうラストを考えていたのだろうなと思うと、つくづく著者の遊び心に驚嘆するしかない。


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 泡坂妻夫の『妖女のねむり』を読む。初期の傑作の一つとして挙げられ作品である。

 大学生の柱田真一は、古紙回収のアルバイトをしている最中に、樋口一葉のものと思われる一枚の反故を発見した。一葉の研究者によると、どうやらそれは一葉の未発表原稿ではないかという。そこで真一は反故の出所をたどるべく、上諏訪にある吉浄寺へ向かう。
 ところがその上諏訪で新一は奇妙な出来事に遭遇する。たまたま電車で知り合った長谷屋麻芸という女性から、二人はかつて悲恋の末に死んだ恋人たちの生まれ変わりだと告げられたのだ。初めは信じられなかった真一だが、麻芸の話を聞くうち、次第にそれを受け入れていく。だが、前世の二人の死には隠された秘密があり、その謎を解明しようと動いたとき、悲劇が起こる……。

 妖女のねむり

 これはまた初期作品のなかでもとりわけ異色作。なんせストーリーを貫くのは輪廻転生というテーマであり、ミステリというよりは幻想小説の雰囲気が濃厚だ。そんななか、物語は真一と麻芸の出会いによって転がり始め、前世の因縁をきっかけに深まってゆく二人の姿、そして前世の二人を襲った悲劇について聞き込みを続ける様子が描かれる。
 幻想小説なのかミステリなのか、どういうふうに物語を着地させるのか。ミステリ者としては、どうしてもそんな興味が先にきてしまうが、とにかく先がまったく見えない。しかも中盤で殺人事件が起こり、それがいっそう物語を混沌とさせる。
 そして最終的にはすべての伏線を回収し、論理的に謎を解き明かすという離れ業が披露される。そもそも発端だった一葉の原稿の件も、途中で放ったらかしになるので単なるきっかけ作りだったのかと思いきや、きっちりと種明かしをされる。輪廻転生や奇跡の類も然り。とにかく、まったく予断を許さない、著者ならではの騙しのテクニックが満載の一作である。

 また、個人的に強く印象に残ったのが犯人像。(ネタバレになるので詳しくは書かないが)たまにこの手の犯人の作品に出会うことがあるが、こういうのが一番インパクトがあり、好みである。

 少々ケチもつけておくと、真相が予想以上に複雑で、偶然性の強い部分もあるのが惜しい。真一の立場で読んでしまうと、ちょっとこれを解き明かすのは無理かなという感じではある。実際、しっかりした探偵役はおらず、関係者の告白で多くの事実が明らかになる。とはいえ犯人決め手の手がかり、輪廻転生や奇跡に関する部分の種明かしなどは著者ならではの鮮やかさで、巻き込まれ型の本格としては十分だろう。
 むしろ気になったのは、被害者に対して関係者がみな淡白というか、あまり悲しみが伝わってこなかったこと。これは登場人物が冷たいということではなく、著者の掘り下げが浅いという印象である。それこそゲームの駒的な扱いというか、後半は謎解きに集中しすぎて物語としての潤いが減ったようにも思う。前半の登場人物の描き方が丁寧だっただけにちょっと残念であった。
 ラストもかなり印象的なシーンのはずなのだが、そんな理由もあっていつもよりは説得力に欠ける感じであった。

 と、少し注文もつけてみたが、それでも本作の価値を落とすほどのものではない。泡坂妻夫を語るなら、やはり押さえておくべきであり、これもまた代表作のひとつといえるだろう。


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 泡坂妻夫の『喜劇悲奇劇』を読む。

 奇術や猛獣使い、アクロバットなど、さまざまなエンターテインメント詰め込んで全国を興行する予定のショウボート〈ウコン号〉。しかし、初日を目前にして一人の奇術師が殺害される。ところが座長は興行が中止になるのを怖れて警察には通報せず、関係者にも口止めをしてしまう。
 そんなこととは露知らず。酒が原因で落ちぶれた奇術師・楓七郎は、ウコン号で足りなくなった奇術師の後釜として雇われる。すると今度は道化師が初日直前に殺されてしまい……。

 喜劇悲奇劇

 著者はミステリ作家でありながら奇術師という顔ももっており、その特技を活かした『11枚のトランプ』という傑作を書いているが、本作もその系譜に連なる作品といえる。テイストも『11枚のトランプ』同様コミカルで、それだけでも楽しい作品なのだが、実はもうひとつ大きな特徴があって、それが回文だ。
 『喜劇悲奇劇(きげきひきげき)』というタイトルからして回文になっているが、それだけでなく章題や登場人物名、冒頭の一文、最後の一文、延いては回文問答まであり、徹底的な回文尽くし。しかも、それがただの遊びでなく、きちんと犯行のミッシングリンクにもなっており、さすがとしか言いようがない。
 また、連続殺人を扱っているが、ひとつひとつの犯行にも各種トリックが工夫されており、著者の遊びにかける熱意にとにかく唸らされてしまう。

 惜しむらくは終盤に明かされる真のミッシングリンクの部分が、どうにも全体の雰囲気にあっていないこと、また、結果的にただの狂言回しに終わっている主人公の扱いがもったいない感じだ。
 特に後者はダメ主人公の立ち直る物語を期待してしまっただけに、少々拍子抜け。意外な探偵役を演出する狙いがあったのかもしれないが、前者の欠点も合わせると、意外に爽快感に欠けるのである。

 したがって個人的には著者のほかの傑作よりはやや落ちるといった印象なのだが、まあ、そうはいってもその趣向だけでも間違いなく必読レベル。残念ながら現在は角川版、創元版ともに品切れ状態のようだが、古書店などでは比較的安価で入手できるので、興味がわいた方はぜひどうぞ。


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 泡坂妻夫の『迷蝶の島』を読む。泡坂長編としては『花嫁のさけび』と『喜劇悲喜劇』の間に書かれた五番目の作品。

 こんな話。親が資産家であるのをいいことに、毎日を趣味の文学やヨットで過ごす大学生の山菅達夫。ある日、達夫は親に買ってもらったクルーザーで出航するが、危うくヨットに衝突されそうになる。幸い事故には至らず、逆にそれが縁で財閥の令嬢・中将百々子、彼女の大学のOBでヨットのコーチをする磯貝桃季子と知り合いになる。
 達夫は百々子へ思いを寄せるが、ある勘違いがきっかけで桃季子と関係を持ってしまう。だが百々子への想いは絶ち難く、次第に桃季子の存在が邪魔になり……。

 迷蝶の島

 達夫の手記で幕を開ける作品であり、この時点ですでに胡散臭いものを感じるミステリファンは少なくないだろう。ただ、前半はそこまで手記というスタイルを意識しなくてよい。
 主人公の達夫が桃季子、百々子との三角関係に陥り、徐々に桃季子に対して殺意を抱き、それを実行しようとする……犯罪者の心理描写や転落していく様をねちっこく描いており、本作がフランスミステリ風であるといわれる所以である。
 問題は後半だ。前半こそフランスミステリ風な印象だが(これはこれで面白いけれど)、もちろんそのままでは終わらない。達夫の手記は後半になると異常さをみせ、さらには関係者の証言や別の人物による手記が差し込まれ、ラストに至ってようやく著者の狙いが明らかになるという具合だ。
 ただ、意外性はあるものの、登場人物や状況が非常に限定されているので、真相はそこまで予想しにくいものではない。また、描写で少々アンフェアなところや不要な部分もあるのは気になる。

 とはいえ、それこそフランスミステリ風の犯罪小説に捻りを加え、自家薬籠中のものにまとめてしまう手並みは鮮やか。初期傑作群の中でどうしても霞みがちになるのは致し方ないところだが、読み逃すには惜しい一作である。


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 泡坂妻夫の『煙の殺意』を読む。シリーズキャラクターの登場しない初期のノンシリーズ作品を集めた短編集。収録作は以下のとおり。

「赤の追想」
「椛山訪雪図」
「紳士の園」
「閏の花嫁」
「煙の殺意」
「狐の面」
「歯と胴」
「開橋式次第」

 煙の殺意

 着想の面白さ、上質な語りと適度なユーモアや叙情性も散りばめられ、安心して楽しめる短編集である。亜愛一郎シリーズと雰囲気は似ているものの、内容的にけっこうバラエティに富んでおり、なかにはホラーチックなものまであるのが興味深い。ともかく秀作揃いの一冊なので、ファンならずとも一度は読んでおきたい。
 以下、作品ごとの感想を簡単に。

 冒頭から異色作の「赤の追想」。バーで女友達と会っている男性が、鋭い推理を発揮して女性の失恋話を掘り下げてゆくのが面白い。失恋話の真相も意外性があって悪くない。

 「椛山訪雪図」は本書でのベスト候補。美術品収集家の家で起きた殺人事件だが、絵画の図案や収集家の人生までをも重ねた構成が非常に巧み。

 「紳士の園」もかなりの異色作。出所したばかりの主人公が、刑務所で知り合った男性と公園で出会い、そのまま公園の白鳥を捕まえ、鍋にして花見としゃれこむ。ところが公園の茂みで死体を発見し、二人は慌てて逃げ出すが、なぜか翌日になっても死体や白鳥のことは一切ニュースに出てこない……。
 二人の会話や行動に味があって、それだけでも楽しい作品なのだが、そこにオチをもってくることで、一気に「奇妙な味」に化ける秀作。

 外国人のお金持ちに見初められ、友人にも知らせず異国へ嫁いだ女性と、その友人の往復書簡だけでまとめた作品。作品としては悪くないのだけれど、やや手垢がついたネタだけに、これはさすがにオチが読めてしまった。

 「椛山訪雪図」と並んで本書のツートップに推したいのが「煙の殺意」。デパートで大火災が起こり、そのニュースに気が気でない刑事が、あるアパートでの殺人事件を捜査する。一見、単純な事件に思えたが……。
 著者のデビュー作「DL2号事件」に通じるところがあり、犯人の行動の裏にあるものに驚かされた。

 「狐の面」はある山村へやってきた山伏一行をめぐる物語。山伏たちはプチ奇跡を起こして村人を魅了するが、その背後にはなにやら胡散臭いものが……。出来でいうと上記のツートップに譲るが、インパクトは勝るとも劣らない。山伏のプチ奇跡を次々と解説する面白さ、その山伏ネタが単なる前菜だったことも含め、予想外の展開に圧倒される。

 「歯と胴」は倒叙もの。被害者の痕跡をどう始末するか、徹底的な手段にこだわる犯人の姿も薄ら寒いが、最後には別種の怖さが待っている。

 開橋式が行われようとする矢先、招かれた警察署長が昔に手掛けた迷宮入り事件とそっくりなバラバラ殺人に遭遇するというのが「開橋式次第」。ドタバタは楽しいが、手がかりがちょっとあからさますぎるか。


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 泡坂妻夫読破計画はまだ再読分を進めているところだが、問題は当時リアルで読んでいた本が遠く離れた実家に置いてあることである。取り寄せるのも面倒なので基本的には古本で買い直しているが、すでに泡坂妻夫クラスでも入手しにくいものもあるんだなと実感する今日この頃。
 本日の読了本は仕方なく新刊で買い直した河出文庫版の『花嫁のさけび』である。

 まずはストーリー。
 映画スターの北岡早馬と結婚し、北岡家に嫁いできた伊津子。それまでの平凡な人生から、スターの家に入ることに不安はあったが、早馬の家族や知人らはおおむね温かく迎えてくれる。
 ただ、誰もが口にするのは早馬の亡くなった先妻、貴緒のことであった。貴緒は美貌とその奔放な人柄で皆から愛されていたが、謎の自殺を遂げていたのである。
 そして早馬の主演する映画がクランクアップし、二人の結婚祝いも兼ねたパーティーが北岡家で行われたとき、新たな事件が起こる……。

 花嫁のさけび

 『11枚のトランプ』、『乱れからくり』、『湖底のまつり』に続く著者の第四長篇。なんせ前三作がどれも趣向を凝らした傑作ということもあり、本作はやや評価において分が悪いとされているようなのだが、いやいや、決して負けてはいない。
 何より趣向の面白さは本作でも健在だ。ゴシックロマンといえば、すぐに思い浮かぶのがデュ・モーリアの名作『レベッカ』だが、本作はその『レベッカ』を本歌取りした作品である。富豪のもとに嫁いだ新妻・伊津子が、今なお屋敷に漂う先妻・貴緒の影に圧倒され、絶え間ない不安と緊張感に押しつぶされそうになるという流れは、まさに『レベッカ』そのもの。
 もちろん、そのまま展開したのでは新たに本作を書いた意味がないわけで、ここに著者は極めつけのネタを仕込ませている。良くも悪くもそのネタがすべてではあるのだが、何より凄いのは、そのネタが大きく二つの意味で驚かせてくれることだ。そして、そのネタをネタと気づかせないテクニックもいつもながら鮮やか。

 ただ、巧妙に書かれた作品ではあるのだが、先に挙げた三作に比べると、そのテクニックが若干ぎこちない印象も受けたのも事実。
 まず、『レベッカ』と同じような状況を、現代の日本に置き換えることの難しさがある。極めつけは、先妻がいかに美人で素晴らしい女性だったか、会う人間会う人間がことごとく新妻・伊津子に言ってくること。これはちょっとありえない。映画界であればそういう常識離れした人々もいるだろうとの設定だとは思うが、それにして極端であり、もしかするとそこに裏があるのでは?とか、素直にお話として受け止めにくくなっている嫌いはある。
 また、いつもよりは伏線が目立ちすぎかなという点も気になった。これは伏線だなと気づく場面が多く、つまりはメインのネタを活かすために、少々やりすぎてしまった感があるのである。著者が伏線に気を配りすぎているからこそ、逆に一見ムダに思える描写が怪しいとなるわけで、これは泡坂妻夫だからこそ生まれる悲劇かもしれない。

 とはいえ、よほどすれた読者でもないかぎり、それらの伏線から真相を見抜くのは容易ではない。何となく真相に気づいたとしても、今度はその職人芸にあらためて驚嘆できるはずだ。
 著者にしてみれば徹底的なフェアプレイで臨みたいからこその伏線であり、それゆえに一見ゴシックロマンに見える本作は、紛れもない本格ミステリの傑作といえるだろう。


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 ひとり泡坂妻夫まつり継続中。本日は亜愛一郎ものの二冊目の短編集『亜愛一郎の転倒』で、ン十年ぶりの再読。まずは収録作。

「藁の猫」
「砂蛾家(すながけ)の消失」
「珠洲子の装い」
「意外な遺骸」
「ねじれた帽子」
「争う四巨頭」
「三郎町(さぶろちょう)路上」
「病人に刃物」

 亜愛一郎の転倒

 『亜愛一郎の狼狽』同様、ユーモラスでトリッキーな短編集であり、安定の面白さである。
 その理由はいろいろあるのだが、もちろん亜愛一郎という二枚目だけれどドジ、そのくせ頭は切れるという愛すべき名探偵の存在もあるけれど、事件そのものも十分に魅力的だ。
 たとえば、間違った描写の絵がたくさんある美術展とか、朝起きたら家が消失しているとか、いつの間にかタクシーの中に降りたはずの客の死体が転がっているとか、銃で撃たれたうえに、茹でられ、挙げ句に焼かれていた死体とか、とにかく不思議な状況設定のおかげですぐに物語に引きこまれる。
 加えて、亜愛一郎の推理における着眼点の妙、それを裏付ける伏線の数々。ああ、あれはこういうことだったのかという謎解きシーンの面白さは、本格ミステリの醍醐味を満喫できる。
 あと、個人的に気に入っているところとして、必ず狂言回し的な役割をもつキャラクターがいる点がある。ワトスン役というほどハッキリしたものではないが、主にその人物の視点でストーリーが進行し、亜と事件のいいハブ役になっている。事件の不思議さや亜のキャラクターを引き立てているというか、物語をいい感じで膨らませてくれる効果的な存在といえるだろう。
 以下、各作品ごとに簡単なコメント。

 巻頭を飾るのは「藁の猫」。ある亡くなった画家の個展の中に、六本指の女性や、重力を無視した水差し、針が間違った時計など、さまざまな間違いがあることに気づく亜愛一郎。そこから画家の性格、過去の事件に迫る過程がスリリング。

 「砂蛾家の消失」は家の消失トリックが豪快な一篇。アイディアは面白いが、正直、リアリティはかなり低いか。ただ、短いながらもどう転んでいくかわからないストーリー展開は秀逸。

 「珠洲子の装い」はどちらかというと日常の謎的な作品。事故で死んだ女性歌手のそっくりさんコンテストが行われるが、なぜか一人だけ妙な人がいることに気づくファンの女性。その違和感の正体とは? 逆説的ロジックの面白さは「藁の猫」とも共通するところだろう。

 「意外な遺骸」はタイトルもそうだが、回文がネタとして頻繁に使われており、それも面白いのが、実は童謡を用いた見立て殺人が肝。有名な「あんたがたどこさ 肥後さ、肥後どこさ〜」という、あれである。その童謡のとおり、撃たれ、茹でられ、焼かれた死体が発見されるが、有名なトリックの応用としてきれいにまとめている。

 ドライブインで拾った帽子を落とし主に届けようという「ねじれた帽子」。ちょっとちぐはぐなところもあるのでミステリとしての出来としてはちょっと落ちるが、ドタバタ的な面白さはある。

 「争う四巨頭」も日常の謎的な一作。名家の娘が元刑事のもとへ訪ねてきたが、彼女によると、祖父ら町の大物四人が集まって何やら企らんでいるのが心配という。相変わらず伏線が効いており、元刑事のキャラクターや心理もある意味、伏線のひとつといえるだろう。

 タクシーの後部座席に降りたはずの客の死体が転がっているという不可思議な事件が「三郎町路上」。けっこう正統派の本格ミステリで、むしろこのシリーズには珍しい一作といえるかもしれない。
 あと、どうでもいいことだが、泡坂妻夫の描く男勝りの女性の口調だけはいまひとつ馴染めない(苦笑)

 「病人に刃物」は、病院の屋上で起きたナイフによる刺殺事件の謎を追う。しかし、犯行時、現場には誰もいなかった……。真相はそれなりに意外だが、状況や設定にいろいろ無理があるかもしれない。


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 本日の読了本はまたまた泡坂妻夫。そして、これまた再読となる『湖底のまつり』である。まずはストーリーから。

 東北のとある山村へひとり傷心旅行に出かけた香島紀子。ところが急に水かさの増した川で流されそうになってしまう。そこを救ったのが村で暮らす埴田晃二と名乗る若者だった。
 急速に惹かれあった二人は一夜を共にするが、翌朝、目覚めると晃二の姿はない。紀子は折りしも行われていた村の“おまけさん祭り”を見物しながら、村人に晃二のことを尋ねると、意外な返事が帰ってきた。晃二は一月前に毒殺されてしまったというのだ。では紀子が出会った晃二とは何物なのか……。

 湖底のまつり

※以下、内容を紹介すると、本作の性質上、どうしてもネタバレの危険があります。未読のかたはご注意ください。
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 本書は五章立てで、章のたびに視点が変わるという構成をとる。上で紹介したあらすじは一章にあたり、紀子の視点で物語が進められる。続く二章は晃二の視点、三章は事件を捜査する刑事……という具合なのだが、問題は一章と二章だ。
 ここでは登場人物が違っているのに、なぜか同じ出来事が描かれているのである。
 読み進むうち二章に描かれる事件が本筋となり、それなりに物語は展開するのだが、読者としては頭の隅には常に一章の存在があるわけで、この不可思議な出来事に加え、叙情的な語りと多用されるエロチシズムな描写、村の祭りのイメージが重なって、結果として作品全体からは幻想的な雰囲気が醸し出されている。そういった効果を著者が意識して狙っていたかどうかは不明だが、この味わいがなかなか心地よく、それだけでも読んでおく価値はあるぐらいだ。

 肝心の一章に話を戻すと、読む人が読めばすぐに何らかの叙述トリックであることは想像できるだろう。正直、ちょっと強引すぎるネタなので、アンフェアなところがあるのも確かだし、ある程度まで読むと真相にも気づくかもしれない。
 しかしながら、山ほど散りばめられた伏線や手がかりがあまりに鮮やかで、そういう欠点を帳消しにして、なおかつお釣りがくる。登場人物の何気ない動作や会話ぐらいまではこちらも想定内だが、濡れ場や情景描写に至るまで、ほぼすべてが伏線というのには恐れ入った。
 再読なのでもちろんネタは知ったうえで読んでいたのだが、著者が最新の注意をはらって書き上げたことがあらためて理解でき、その真価を実感できた次第。

 ついでに書いておくと、本作は著者がそれまでに書いたユーモラスな『11枚のとらんぷ』、あるいはハードボイルドチックな『乱れからくり』とも文体を変え、かなりリリカルで落ち着いた文体を用いている。もちろん雰囲気作りもあるだろうが、実はこういう美文調にすることで、比喩や直裁的ではない曖昧な表現が自然にでき、それによってカモフラージュする狙いもあったのではないだろうか。
 文学的な探偵小説というのはままあるけれども、本作は文学的な手法すら探偵小説の手段(伏線)にしてしまったところに価値があるともいえる。

 ともあれ相変わらずの美技を堪能できて満足。初期の長篇は『11枚のとらんぷ』や『乱れからくり』をはじめとして傑作揃いだが、それらとはまた異なるテクニックと雰囲気でチャレンジするあたり、さすがというしかない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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