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 泡坂妻夫の『煙の殺意』を読む。シリーズキャラクターの登場しない初期のノンシリーズ作品を集めた短編集。収録作は以下のとおり。

「赤の追想」
「椛山訪雪図」
「紳士の園」
「閏の花嫁」
「煙の殺意」
「狐の面」
「歯と胴」
「開橋式次第」

 煙の殺意

 着想の面白さ、上質な語りと適度なユーモアや叙情性も散りばめられ、安心して楽しめる短編集である。亜愛一郎シリーズと雰囲気は似ているものの、内容的にけっこうバラエティに富んでおり、なかにはホラーチックなものまであるのが興味深い。ともかく秀作揃いの一冊なので、ファンならずとも一度は読んでおきたい。
 以下、作品ごとの感想を簡単に。

 冒頭から異色作の「赤の追想」。バーで女友達と会っている男性が、鋭い推理を発揮して女性の失恋話を掘り下げてゆくのが面白い。失恋話の真相も意外性があって悪くない。

 「椛山訪雪図」は本書でのベスト候補。美術品収集家の家で起きた殺人事件だが、絵画の図案や収集家の人生までをも重ねた構成が非常に巧み。

 「紳士の園」もかなりの異色作。出所したばかりの主人公が、刑務所で知り合った男性と公園で出会い、そのまま公園の白鳥を捕まえ、鍋にして花見としゃれこむ。ところが公園の茂みで死体を発見し、二人は慌てて逃げ出すが、なぜか翌日になっても死体や白鳥のことは一切ニュースに出てこない……。
 二人の会話や行動に味があって、それだけでも楽しい作品なのだが、そこにオチをもってくることで、一気に「奇妙な味」に化ける秀作。

 外国人のお金持ちに見初められ、友人にも知らせず異国へ嫁いだ女性と、その友人の往復書簡だけでまとめた作品。作品としては悪くないのだけれど、やや手垢がついたネタだけに、これはさすがにオチが読めてしまった。

 「椛山訪雪図」と並んで本書のツートップに推したいのが「煙の殺意」。デパートで大火災が起こり、そのニュースに気が気でない刑事が、あるアパートでの殺人事件を捜査する。一見、単純な事件に思えたが……。
 著者のデビュー作「DL2号事件」に通じるところがあり、犯人の行動の裏にあるものに驚かされた。

 「狐の面」はある山村へやってきた山伏一行をめぐる物語。山伏たちはプチ奇跡を起こして村人を魅了するが、その背後にはなにやら胡散臭いものが……。出来でいうと上記のツートップに譲るが、インパクトは勝るとも劣らない。山伏のプチ奇跡を次々と解説する面白さ、その山伏ネタが単なる前菜だったことも含め、予想外の展開に圧倒される。

 「歯と胴」は倒叙もの。被害者の痕跡をどう始末するか、徹底的な手段にこだわる犯人の姿も薄ら寒いが、最後には別種の怖さが待っている。

 開橋式が行われようとする矢先、招かれた警察署長が昔に手掛けた迷宮入り事件とそっくりなバラバラ殺人に遭遇するというのが「開橋式次第」。ドタバタは楽しいが、手がかりがちょっとあからさますぎるか。


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 泡坂妻夫読破計画はまだ再読分を進めているところだが、問題は当時リアルで読んでいた本が遠く離れた実家に置いてあることである。取り寄せるのも面倒なので基本的には古本で買い直しているが、すでに泡坂妻夫クラスでも入手しにくいものもあるんだなと実感する今日この頃。
 本日の読了本は仕方なく新刊で買い直した河出文庫版の『花嫁のさけび』である。

 まずはストーリー。
 映画スターの北岡早馬と結婚し、北岡家に嫁いできた伊津子。それまでの平凡な人生から、スターの家に入ることに不安はあったが、早馬の家族や知人らはおおむね温かく迎えてくれる。
 ただ、誰もが口にするのは早馬の亡くなった先妻、貴緒のことであった。貴緒は美貌とその奔放な人柄で皆から愛されていたが、謎の自殺を遂げていたのである。
 そして早馬の主演する映画がクランクアップし、二人の結婚祝いも兼ねたパーティーが北岡家で行われたとき、新たな事件が起こる……。

 花嫁のさけび

 『11枚のトランプ』、『乱れからくり』、『湖底のまつり』に続く著者の第四長篇。なんせ前三作がどれも趣向を凝らした傑作ということもあり、本作はやや評価において分が悪いとされているようなのだが、いやいや、決して負けてはいない。
 何より趣向の面白さは本作でも健在だ。ゴシックロマンといえば、すぐに思い浮かぶのがデュ・モーリアの名作『レベッカ』だが、本作はその『レベッカ』を本歌取りした作品である。富豪のもとに嫁いだ新妻・伊津子が、今なお屋敷に漂う先妻・貴緒の影に圧倒され、絶え間ない不安と緊張感に押しつぶされそうになるという流れは、まさに『レベッカ』そのもの。
 もちろん、そのまま展開したのでは新たに本作を書いた意味がないわけで、ここに著者は極めつけのネタを仕込ませている。良くも悪くもそのネタがすべてではあるのだが、何より凄いのは、そのネタが大きく二つの意味で驚かせてくれることだ。そして、そのネタをネタと気づかせないテクニックもいつもながら鮮やか。

 ただ、巧妙に書かれた作品ではあるのだが、先に挙げた三作に比べると、そのテクニックが若干ぎこちない印象も受けたのも事実。
 まず、『レベッカ』と同じような状況を、現代の日本に置き換えることの難しさがある。極めつけは、先妻がいかに美人で素晴らしい女性だったか、会う人間会う人間がことごとく新妻・伊津子に言ってくること。これはちょっとありえない。映画界であればそういう常識離れした人々もいるだろうとの設定だとは思うが、それにして極端であり、もしかするとそこに裏があるのでは?とか、素直にお話として受け止めにくくなっている嫌いはある。
 また、いつもよりは伏線が目立ちすぎかなという点も気になった。これは伏線だなと気づく場面が多く、つまりはメインのネタを活かすために、少々やりすぎてしまった感があるのである。著者が伏線に気を配りすぎているからこそ、逆に一見ムダに思える描写が怪しいとなるわけで、これは泡坂妻夫だからこそ生まれる悲劇かもしれない。

 とはいえ、よほどすれた読者でもないかぎり、それらの伏線から真相を見抜くのは容易ではない。何となく真相に気づいたとしても、今度はその職人芸にあらためて驚嘆できるはずだ。
 著者にしてみれば徹底的なフェアプレイで臨みたいからこその伏線であり、それゆえに一見ゴシックロマンに見える本作は、紛れもない本格ミステリの傑作といえるだろう。


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 ひとり泡坂妻夫まつり継続中。本日は亜愛一郎ものの二冊目の短編集『亜愛一郎の転倒』で、ン十年ぶりの再読。まずは収録作。

「藁の猫」
「砂蛾家(すながけ)の消失」
「珠洲子の装い」
「意外な遺骸」
「ねじれた帽子」
「争う四巨頭」
「三郎町(さぶろちょう)路上」
「病人に刃物」

 亜愛一郎の転倒

 『亜愛一郎の狼狽』同様、ユーモラスでトリッキーな短編集であり、安定の面白さである。
 その理由はいろいろあるのだが、もちろん亜愛一郎という二枚目だけれどドジ、そのくせ頭は切れるという愛すべき名探偵の存在もあるけれど、事件そのものも十分に魅力的だ。
 たとえば、間違った描写の絵がたくさんある美術展とか、朝起きたら家が消失しているとか、いつの間にかタクシーの中に降りたはずの客の死体が転がっているとか、銃で撃たれたうえに、茹でられ、挙げ句に焼かれていた死体とか、とにかく不思議な状況設定のおかげですぐに物語に引きこまれる。
 加えて、亜愛一郎の推理における着眼点の妙、それを裏付ける伏線の数々。ああ、あれはこういうことだったのかという謎解きシーンの面白さは、本格ミステリの醍醐味を満喫できる。
 あと、個人的に気に入っているところとして、必ず狂言回し的な役割をもつキャラクターがいる点がある。ワトスン役というほどハッキリしたものではないが、主にその人物の視点でストーリーが進行し、亜と事件のいいハブ役になっている。事件の不思議さや亜のキャラクターを引き立てているというか、物語をいい感じで膨らませてくれる効果的な存在といえるだろう。
 以下、各作品ごとに簡単なコメント。

 巻頭を飾るのは「藁の猫」。ある亡くなった画家の個展の中に、六本指の女性や、重力を無視した水差し、針が間違った時計など、さまざまな間違いがあることに気づく亜愛一郎。そこから画家の性格、過去の事件に迫る過程がスリリング。

 「砂蛾家の消失」は家の消失トリックが豪快な一篇。アイディアは面白いが、正直、リアリティはかなり低いか。ただ、短いながらもどう転んでいくかわからないストーリー展開は秀逸。

 「珠洲子の装い」はどちらかというと日常の謎的な作品。事故で死んだ女性歌手のそっくりさんコンテストが行われるが、なぜか一人だけ妙な人がいることに気づくファンの女性。その違和感の正体とは? 逆説的ロジックの面白さは「藁の猫」とも共通するところだろう。

 「意外な遺骸」はタイトルもそうだが、回文がネタとして頻繁に使われており、それも面白いのが、実は童謡を用いた見立て殺人が肝。有名な「あんたがたどこさ 肥後さ、肥後どこさ〜」という、あれである。その童謡のとおり、撃たれ、茹でられ、焼かれた死体が発見されるが、有名なトリックの応用としてきれいにまとめている。

 ドライブインで拾った帽子を落とし主に届けようという「ねじれた帽子」。ちょっとちぐはぐなところもあるのでミステリとしての出来としてはちょっと落ちるが、ドタバタ的な面白さはある。

 「争う四巨頭」も日常の謎的な一作。名家の娘が元刑事のもとへ訪ねてきたが、彼女によると、祖父ら町の大物四人が集まって何やら企らんでいるのが心配という。相変わらず伏線が効いており、元刑事のキャラクターや心理もある意味、伏線のひとつといえるだろう。

 タクシーの後部座席に降りたはずの客の死体が転がっているという不可思議な事件が「三郎町路上」。けっこう正統派の本格ミステリで、むしろこのシリーズには珍しい一作といえるかもしれない。
 あと、どうでもいいことだが、泡坂妻夫の描く男勝りの女性の口調だけはいまひとつ馴染めない(苦笑)

 「病人に刃物」は、病院の屋上で起きたナイフによる刺殺事件の謎を追う。しかし、犯行時、現場には誰もいなかった……。真相はそれなりに意外だが、状況や設定にいろいろ無理があるかもしれない。


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 本日の読了本はまたまた泡坂妻夫。そして、これまた再読となる『湖底のまつり』である。まずはストーリーから。

 東北のとある山村へひとり傷心旅行に出かけた香島紀子。ところが急に水かさの増した川で流されそうになってしまう。そこを救ったのが村で暮らす埴田晃二と名乗る若者だった。
 急速に惹かれあった二人は一夜を共にするが、翌朝、目覚めると晃二の姿はない。紀子は折りしも行われていた村の“おまけさん祭り”を見物しながら、村人に晃二のことを尋ねると、意外な返事が帰ってきた。晃二は一月前に毒殺されてしまったというのだ。では紀子が出会った晃二とは何物なのか……。

 湖底のまつり

※以下、内容を紹介すると、本作の性質上、どうしてもネタバレの危険があります。未読のかたはご注意ください。
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 本書は五章立てで、章のたびに視点が変わるという構成をとる。上で紹介したあらすじは一章にあたり、紀子の視点で物語が進められる。続く二章は晃二の視点、三章は事件を捜査する刑事……という具合なのだが、問題は一章と二章だ。
 ここでは登場人物が違っているのに、なぜか同じ出来事が描かれているのである。
 読み進むうち二章に描かれる事件が本筋となり、それなりに物語は展開するのだが、読者としては頭の隅には常に一章の存在があるわけで、この不可思議な出来事に加え、叙情的な語りと多用されるエロチシズムな描写、村の祭りのイメージが重なって、結果として作品全体からは幻想的な雰囲気が醸し出されている。そういった効果を著者が意識して狙っていたかどうかは不明だが、この味わいがなかなか心地よく、それだけでも読んでおく価値はあるぐらいだ。

 肝心の一章に話を戻すと、読む人が読めばすぐに何らかの叙述トリックであることは想像できるだろう。正直、ちょっと強引すぎるネタなので、アンフェアなところがあるのも確かだし、ある程度まで読むと真相にも気づくかもしれない。
 しかしながら、山ほど散りばめられた伏線や手がかりがあまりに鮮やかで、そういう欠点を帳消しにして、なおかつお釣りがくる。登場人物の何気ない動作や会話ぐらいまではこちらも想定内だが、濡れ場や情景描写に至るまで、ほぼすべてが伏線というのには恐れ入った。
 再読なのでもちろんネタは知ったうえで読んでいたのだが、著者が最新の注意をはらって書き上げたことがあらためて理解でき、その真価を実感できた次第。

 ついでに書いておくと、本作は著者がそれまでに書いたユーモラスな『11枚のとらんぷ』、あるいはハードボイルドチックな『乱れからくり』とも文体を変え、かなりリリカルで落ち着いた文体を用いている。もちろん雰囲気作りもあるだろうが、実はこういう美文調にすることで、比喩や直裁的ではない曖昧な表現が自然にでき、それによってカモフラージュする狙いもあったのではないだろうか。
 文学的な探偵小説というのはままあるけれども、本作は文学的な手法すら探偵小説の手段(伏線)にしてしまったところに価値があるともいえる。

 ともあれ相変わらずの美技を堪能できて満足。初期の長篇は『11枚のとらんぷ』や『乱れからくり』をはじめとして傑作揃いだが、それらとはまた異なるテクニックと雰囲気でチャレンジするあたり、さすがというしかない。


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 このところ泡坂妻夫を久々に読みかえしているのだが、本日も久々の再読となる『11枚のとらんぷ』。
 ミステリ作家としてデビューする以前から、すでに奇術師としての顔も持っていた泡坂妻夫。本作は泡坂妻夫の初長編作になるのだが、それまで培ってきた奇術師としての経験や知識を惜しみなく投入した作品でもある。

 まずはストーリー。真敷市公民館の創立二十周年を祝うプログラムが開催された。その幕を開けるのは地元のアマチュア手品集団マジキクラブの面々である。アマチュアゆえのドタバタはありつつも何とかフィナーレを迎えたが、ラストでとんでもないことが。銃声を合図に〈人形の家〉から飛び出す予定だった美人マジシャン水田志摩子が消失したのである。
 驚くべきことに、やがて彼女は自宅マンションで殺害された状態で発見される。そして、なぜか死体の周囲には手品のトリックに使われる小道具が並べられていた。しかもその小道具は、マジキクラブの代表・鹿川舜平が書いた奇術小説集「11枚のとらんぷ」に使われていたものだった……。

 11枚のトランプ

 作家が長編デビューするとき、著者がそれまで温めていたネタや経験を活かすというのはよく聞く話だが、本作はその成功例のひとつ。しかも大成功といっていだろう。
 そもそも奇術とミステリはトリックをはじめとする構成要素において共通する部分が多く、相性もいい。海外でも古いところではクレイトン・ロースンの諸作、新しいものではジェフリー・ディーヴァーの『魔術師』といった例はあるが(そうそうコロンボにもあった)、泡坂妻夫ほどミステリと奇術をここまで融合させた作家はいないだろう。

 本書は大きく三部構成となっている。I部がマジックショーから犯行が発覚するまで、II部が作中作の奇術小説集「11枚のとらんぷ」、III部が世界国際奇術家会議を舞台に展開される推理と謎解きである。
 のっけからとにかく奇術趣味全開。しかもコメディタッチで引っ張るので、ミステリとしてはいまいちなのかと思いきや。実はそんなI部とII部がほとんどこれ伏線の山となっているのがとにかく鮮やかだ。
 とりわけ作中作「11枚のとらんぷ」はマジキクラブの登場人物紹介を兼ねつつ、普通に奇術小説としても楽しめ、しかも殺人事件のヒントにもなっているのは驚嘆に値する。著者の後の作品には、実はもっとトリッキーでトンデモないものもあるけれど、いや、こちらのテクニックも十分すごい。

 それでいてミステリとしてのべーシックな部分もソツがない。犯人はマジキクラブの面々と関係者十人ほどに絞られているが、その時間はみな公民館でマジックショーの真っ最中であり、アリバイは万全。また、奇術小説集「11枚のとらんぷ」に書かれた手品の小道具が死体の周囲に並べられているのは何を意味するのか。そういった疑問がすべて解けていくラストは実に爽快である。どんでん返しもまたよし。

 しいて欠点をあげるとすれば、全体にやや冗長なところか。もう少し登場人物は絞った方がよかったかなとは思うが、まあ、初めての長編でこれだけの作品を書いてくれたのだから細かいことはいいますまい。久しぶりの再読で、本作のプロットの確かさ、完成度の高さを再認識することができたのは収穫である。


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 久々に読んだ泡坂妻夫はやっぱりいいなぁということで、もう一冊。お次は短編集の『亜愛一郎の狼狽』である。こちらも久々の再読。

「DL2号機事件」
「右腕山上空」
「曲った部屋」
「掌上の黄金仮面」
「G線上の鼬」
「掘出された童話」
「ホロボの神」
「黒い霧」

 亜愛一郎の狼狽

 奇術師という経歴をもつ泡坂妻夫らしく、その作品にはトリッキーな本格ミステリが多い。ただ、謎解き第一ではあるけれども、その作風は意外なほど軽妙で上質のユーモアを含み、ときにはハートウォーミングなものまで感じさせる。
 本書もそういった特徴を非常に強く感じさせる一冊なのだが、その原動力となっているのが、主人公の探偵・亜愛一郎(あ あいいちろう)のキャラクターによるところが大きいだろう。
 本職はカメラマンだが、その姿はカメラマンらしからぬお洒落なネクタイ姿、背は高くて容姿端麗という二枚目である。ところがその風貌とは裏腹に、行動はドジが多く、性格もビビリ。見た目の良さをあっという間に帳消しにしてしまうのだが、いやいや、ところがいざ難事件が起これば鋭い頭脳を発揮してたちまち解決に導いてしまうという、なんとも極端だが愛すべきキャラクターなのだ。

 その推理法はどちらかというと直感型で、コロンボに近いかもしれない。目の前に起こった事件や出来事に対し、普通とは何かが違うことに気づき、その理由が何かを考え、そこから推理を巡らせてゆく。
 この気づきの部分が肝で、見方を変えると、これは著者の伏線がいかに巧みかということでもあり、ラストでの謎解きに思わず膝を打つわけである。

 本書は探偵雑誌『幻影城』の懸賞に受賞し、デビュー作となった「DL2号機事件」を筆頭に、その後『幻影城』で矢継ぎ早に掲載された亜愛一郎シリーズの作品をまとめた短編集だ。デビューが遅かったとはいえ、デビュー直後にこれだけの短編を毎月のように書き、しかもそのアベレージが高いことは驚異的といえるだろう。
 個人的には「DL2号機事件」、「掌上の黄金仮面」、「G線上の鼬」、「黒い霧」あたりがお気に入りだが、それ以外も十分楽しめる作品ばかりなので、未読のかたはぜひ。
 では最後に作品ごとの感想を。

 記念すべき著者と亜愛一郎のデビュー作「DL2号機事件」は、爆破予告をされた旅客機DL2号をめぐる事件。いきなり泡坂妻夫の本質を見せられるような作品で、“奇妙な味”ならぬ“奇妙な論理”が読みどころ。ユーモアに包まれているが、実は伏線だらけというネタの数々に唸らされる。

 「右腕山上空」は飛行中の気球での殺人事件。ある意味、これも密室事件の一種といえるのだろうが、普通に考えるとトリックはある程度読めてしまうのが弱点。とはいえ、手がかりや伏線の面白さで読ませる。

 不良物件としかいいようがない美空ヶ丘団地で死体が発見され……という顛末を語るのが「曲った部屋」。トリックは有名なネタがいくつもあるので勘のいい人なら気づくかも。しかし、そこまでの持っていきかたが上手くて、レコードプレイヤーや壁のスイッチの伏線は鮮やかとしかいいようがない。

 「掌上の黄金仮面」は、巨大な仏像の上からお札をばらまく黄金仮面という導入にまず引き込まれるが、そのお札が実は割引券のようなもので、さらに黄金仮面が射殺されるという事態に発展する。背後にある銀行強盗事件がこの事件にどう絡むのか。ここでも“奇妙な論理”が効いている。

 「G線上の鼬」もいい。人間の心理をそのままトリックにしたような作品である。味付け部分というかキャラクター紹介的なシーンまでが実は伏線になっているという周到さ。この作品に限らず泡坂作品では基本的にむだな要素がないと思ってよい。と、思って読んでも裏をかかれてしまうんだよねぇ。あっぱれ。

 珍しくも暗号ものの「掘出された童話」。正直、暗号解読は真っ向勝負すぎてそれほど面白さは感じないが、それよりも全体をおおう雰囲気が好きな作品。ただ、暗号の内容は正直、納得いかず。こんなことをこういう形で暗号にするかなという引っかかりはある。
 以前に読んだときは普通に感心した作品だが、こちらの好みも少し変わったかな。

 収録作のほとんどが異色作といえないこともない本書だが、「ホロボの神」はとりわけ珍しい設定。大戦時の舞台となったホロボ島へ遺骨を拾いにいく遺族や同期の仲間たち。その島では、かつて一族の長が自殺するという不思議な事件があったのだが……。異なる文明がぶつかりあうとき、人はどういう行動をとるのか。それを犯罪の動機に結びつけるのが見事。

 「黒い霧」は「DL2号機事件」と並んで本書のベストを争う一作。ある商店街で起こる黒い霧事件。何者かが仕掛けたカーボンによって商品や住民が黒く汚れてしまい、それをきっかけに商店街で大乱闘が始まり、町中が真っ黒けになってしまう……。
 誰が何のためにカーボンを仕掛けたのか、その一点だけで読ませるお話。前半のホステスの愚痴からカーボンのドタバタすべてにいたるまでの周到な伏線は本作でも健在。



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 先日訪れた企画展「暗がりから池袋を覗く〜ミステリ作家が見た風景」でも原稿などがいくつか展示されており、ちょっと気になりだしたのが泡坂妻夫である。
 管理人が泡坂妻夫を熱心に読んでいたのは、角川文庫に収められた頃から90年代のあたりまで。最近はすっかりご無沙汰で、たまにアンソロジーなどで短編を読むことはあっても、それ以降の新刊は手つかずである。
 そんなわけでそろそろイチから読み直したい衝動に駆られ始め、久しぶりに一冊、手に取ってみた次第。まずは代表作『乱れからくり』だが、四十年ぶりぐらいの再読になる。

 こんな話。プロボクサーの夢を諦めた青年・勝敏夫は、雑誌の求人広告を見て、宇内経済研究所という会社を訪れる。それは宇内舞子という元警察官の女社長が一人で切り盛りする超零細企業。どうやら興信所の下請けとして、主に経済事件の調査などを行っているらしい。
 あっさり採用が決まった敏夫は、さっそく舞子とともに、ある案件の調査を開始する。その背景には玩具業界の老舗・ひまわり工芸の一族の問題があった。社長の馬割鉄馬の息子・宗児は営業部長、その従兄弟にあたる甥・朋浩は製作部長をみていたが、その二人の間に軋轢があったのだ。
 ところが朋浩とその妻・真棹を追跡している最中、二人を乗せた車が隕石の直撃を受け、朋浩は命を落としてしまう。そして、その事故をきっかけに、馬割一族は次々と悲劇に見舞われる……。

 乱れからくり

 本当に久しぶりに読んだわけだが、やはりこれは傑作だわ。とにかく面白い。

 まず舞台設定にやられる。
 基本はオーソドックスな探偵小説というスタイルでである。一族にまつわる言い伝え、現代における因縁が、ねじ屋敷と呼ばれる奇妙な館、迷路状の庭園、地下洞窟、そしてトリッキーなからくり玩具といったギミックとともに渾然一体となり、独特の世界を創りあげる。
 玩具にまつわる蘊蓄もやや過剰なぐらい盛り込まれ(このやや過剰なところがまたよい)、また、登場する玩具が可愛らしくもどことなく不気味な雰囲気も感じられて、現代劇でありながら、そのムードは戦後間もない頃の探偵小説を彷彿とさせる。蠱惑的とでもいおうか、実に妖しい魅力があるのだ。

 これだけでも相当にポイントは高いのだが、ここに投入される連続殺人のひとつひとつがまた凝っている。なんとすべての事件において、からくり玩具が利用されるのだ。
 からくりを使った殺人などと書くと、なかには「なんだ、機械的トリックか」と、人工的すぎたり必然性に欠けるなどの理由で毛嫌いする人もいるだろう。かくいう管理人もややその気はあるのだが(苦笑)、本作はものが違う。物理的・機械的トリックは単に道具として用いる意味合いが強く、そこに別の要素を絡めることで興味を高め、トリックの不自然さを抑えている。伏線やヒントもここかしこに忍ばせていて、ラストの謎解きでは思わず「やられた」となる。とにかく細かいところまでよく練られているのだ。

 そして、それらのからくり玩具による連続殺人が、実は犯人の企てた、より大きなからくりによって構築されているという、この見事な構図。本作におけるからくりは、ギミックであると同時にトリックでもあり、そして事件全体を司るシステムでもあるのだ。まさに乱れからくり。

 また、今回の再読によってあらためて感じたのが、そういったミステリの根本的な部分だけでなく、ストーリーを膨らませる工夫も意外に多いなということ。
 舞子がこの仕事をやっている理由、舞子の助手である勝敏夫のロマンス、一族に伝わる隠し財産の行方といったところが、主なサブストーリーである。もちろん取ってつけたようなものはいただけないが、著者はこれらを単なる賑やかしではなく、きちんと本筋に絡めていて隙がない。
 しいていえば敏夫の終盤の行動がちょっと無茶すぎて、いまひとつ説得力に欠けるところだが。

 もちろん細かな瑕は他にもあるけれども、本作はそういう部分を補って余りある魅力に溢れている。
 独特の世界観と純粋なミステリとしての要素、このふたつを非常に巧みに、高いレベルで融合させた一作である。未読の方はぜひ。
 なお、管理人は今回少々いちびって幻影城ノベルスで読んでみたが、創元推理文庫や角川文庫、双葉文庫など版元も豊富である。


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