クリス・マクジョージの『名探偵の密室』を読む。昨年の夏に刊行された本だが、その挑戦的なタイトルと内容でけっこう話題になったのはまだ記憶に新しいところだろう。年末のランキングでもまずまずの成績だったので遅まきながら読んでみた次第である。
まずはストーリー。テレビのドキュメンタリー番組で“名探偵”として活躍する主人公モーガン・シェパード。実際に起こった事件や現在進行形の事件を再現し、ときには関係者をスタジオに招き、その真相を探り当てるのが名探偵モーガンの仕事だ。だが人気を追求するあまり、番組自体はかなり強引なもので、そんな葛藤から逃れるため、モーガンは番組を続けながらもアルコールや薬に溺れる日々を送っていた
そんなある日、モーガンが目を覚ますと、彼はホテルと思しき一室で、見知らぬ五人の男女と閉じ込められていた。出口は塞がれ、バスルームには男の死体が発見される状況のなか、テレビに男の姿が映り込む。男を殺害した犯人は五人の中におり、三時間以内に犯人を見つけなければホテルごと爆破するというのだ……。

ううむ。これはまた何といいますか。
面白くないわけではないが、その面白さはB級サスペンスとしての面白さで、当初に期待したものとはかなりの違いがある。
そもそも“名探偵”の“密室”とくれば、普通はガチガチの本格を連想するだろう。実際、ストーリー中盤あたりまでは、一応その路線で展開する。密閉空間のなかで起きた殺人事件。容疑者は五人。さて犯人は誰か、そして部屋から脱出する方法はないのか、ネタとしては十分に魅力的だ。
そこでモーガンは犯人を見つけるため、他の五人から順に話を聞いていく。うちの一人は犯人なので本当のことをいうはずもないから、モーガンはその嘘を見破らなければならない。ただ、モーガンもある事情からみなに嘘をついており、結局は登場人物全員の証言が怪しいという前提が面白い。
加えて犯人捜しには三時間というタイムリミットがあり、それを越えれば全員死亡するという設定がある。これが全員の不信感を煽り、互いを攻撃するようになり、ついにはさらなる悲劇を招いてしまう。密室からの脱出と登場人物たちの熾烈な人間模様という結構は、映画『CUBE』のようなサスペンスも連想させてこれまた悪くない。
ただ、そうやって転がったストーリーを収束させる技術が弱い。いや、弱いというよりは本格で幕を開けたにもかかわらず、その閉じ方がまったく本格ミステリ的ではないところに問題がある。
そもそもモーガン・シェパードはテレビによって作られたスター探偵だ。実際にはそれほどすぐれた探偵としての能力があるわけではなく、しっかりした推理ができるわけではない。むしろ自分を見失いつつある弱い人間であり、常に黒幕や他の人物たちによって翻弄される始末なのだ。
だから名探偵が事件を明らかにするようなカタルシスはなく、密室からの脱出についても然り。全体の仕掛けが明らかにはなるのは、もっぱらモーガンが体験した過去の出来事の描写によってである。
結果、B級サスペンスものとしてはまずまず楽しめるものの、大きな肩すかしを食らったことで、その楽しさも帳消しである。少なくとも本格ミステリを期待して読むような作品ではないので注意されたい。
ただ、解説によると、二作目がこれまた設定だけは面白そうなので(苦笑)、とりあえず次作が翻訳されたら一応読んでみるつもりではある。
ちなみにモーガンが少年の頃に起きたある事件がすべての始まりという構図ではあるのだが、その事件のほうがよくできた少年探偵ものという感じで、むしろそちらだけを膨らませて少年向けミステリにすればよかったのでは、とも思ってしまった。