ニコラス・オールドの短編集『ロウランド・ハーンの不思議な事件』を読む。かの海外ミステリ同人誌〈ROM〉が別冊として発行していたROM叢書からの一冊。ちなみに本誌〈ROM〉の休刊にともなって、ROM叢書も終了したと思っていたが、こちらは本書で再スタートすることになったようで、非常に喜ばしいかぎりである。
さて、まずは著者の紹介から。とはいっても、ニコラス・オールドについてはほとんど情報がなく、かろうじて本名Amian Lister Champneysと生年没年がわかっている程度らしい(これすら最近判明したとのこと)。
ミステリとしての著作も本書のみのようで、ほかには詩集が二冊ほど出ているだけのようだ。当然ながらおそらくは本業のかたわら執筆をしていたと思われる。

The Windmill「風車」
The Collector of Curiosities「珍品蒐集家」
The Lost City of Lak「失われた都市ラク」
Potter「ポッター」
Black and White「黒と白」
The Red Weed「赤い草」
Ol Mr. Polperro「ポルペーロ老人」
The Two Telescopes - I. The Unending Road「二本の望遠鏡Ⅰ 終わりなき道」
The Two Telescopes - II. The Law and the Telescope「二本の望遠鏡Ⅱ 法律と望遠鏡」
The Two Telescopes - III. The Vengeance of the Stars「二本の望遠鏡Ⅲ 星々の復讐」
The Man with Three Legs「三本足の男」
The Monstrous Laugh「巨人笑い」
The Mysterious Wig-Box「謎の鬘箱」
The Invisible Weapon「見えない凶器」
The Attempted Disembowelment of John Kensington「ジョン・ケンジントン割腹未遂事件」
Double or Quits「オール・オア・ナッシング」
The Sin of the Saint「聖者の罪」
収録作は以上。明晰な推理で難事件の謎を解く名探偵ロウランド・ハーンと、その相棒であり記録者でもある“私”のコンビが活躍する短編集である。本書が書かれた時代や作品の設定などをみれば、一応はホームズのライヴァルとして位置づけてよいのだろう。
ただ、ソーンダイク博士や思考機械、隅の老人といった正統派のライヴァルの活躍に比べると、ロウランド・ハーンの活躍はかなりぶっ飛んでいる。いや、ハーンがぶっ飛んでいるのではないな。ぶっ飛んでいるのはあくまで事件のほうだ。ネットで少し感想を見てみると、チェスタトンが弾けたときの作品を喩えにあげている人がいたが、確かにそれっぽくはある。
犯人がそもそも変人ばかりで、常識では計り知れない主義や思考があり、彼らなりの論理でもって犯罪に走るのである。だから普通のミステリだと、誰が犯人か、どのように犯行を為しえたのか、というパターンが主軸になるところを、本書ではそれらよりももっと手前の段階、そもそもいったい何が起こっているのか、という謎でもって展開する。しかも解き明かされる真実が予想の斜め上をいったりするわけで、そういう意味ではハーンが何に着目して真相にたどり着いたかという興味も読みどころだ。
馬鹿馬鹿しさと紙一重の作品も多く、なかにはやや古びたネタの作品もあるが、とにかくこのチャレンジ精神というか、遊び心が捨てがたい。まあ、スレた読者向け、という感じは否めないけれど(苦笑)、けっこうな珍品を読ませてもらったという満足度は高く、結果、個人的には十分楽しめた。
気に入ったものを挙げるなら、ベストは三つの死体の因果関係が秀逸な「風車」、次いで野生動物商を舞台にした犯罪をめぐる「ポッター」、貧乏人ばかりを狙う連続盗難事件「二本の望遠鏡」あたりか。
なお、上で短編集とは書いたが、各題名の前に実は第一章、第二章……とナンバリングがされているので、連作短編といったほうが適切かもしれない。とはいえ基本的には独立した作品ゆえ、どこから読んでも問題はないのだが、他の作品に登場した人物が他の作品にもちらりと(ときにはドサッと)顔を出したりすることもあるので、そういう意味では一応、順番に読んだ方がおすすめである。