バタバタしていた一週間が終わり、ようやく週末の休みである。管理人の勤める会社でもテレワークが始まったが、まあ、いきなり全員がテレワークできるはずもない。そもそもテレワークが不可能な業務もあるわけで。それでもこのご時世、できるかぎりは新型コロナウイルスへの対応に務めるべく、関係者への通知、機材の調達やセキュリティの準備を幹部連中でまとめあげ、いよいよ本格的にスタートする。まあ、各種問題も出てくるのだろうけれど、とりあえず社会的責任はなんとか果たそう。
そういうわけであまり読書も進まず、軽いものでお茶を濁す。佳多山大地の『トラベル・ミステリー聖地巡礼』である。
ベースになっているのは「小説推理」で連載していた「トラベル・ミステリー探訪」で、著者自身の趣味であるミステリーと鉄道を融合させたエッセイ集。作品の舞台になっている“事件現場”を訪ね、そのミステリーを紹介するというものだ。トラベル・ミステリーの楽しさを紹介した本は意外にないので、このジャンルのファンには間口を広げる意味では悪くない一冊といえるだろう。

トラベル・ミステリーといってもこれでなかなか幅広く、著者はトラベル・ミステリーを大きく二つのタイプに分けている。まずは鮎川哲也に代表されるような、列車や交通機関が犯罪に利用される(アリバイ工作など)本格タイプのもの。もうひとつは内田康夫に代表される、主人公や探偵が旅先などで事件に遭遇するというもので、別名、旅情ミステリー。
ミステリマニアには言わずもがなのことだが、前者は“トラベル”という要素がミステリーの根本的な部分に直接関わるからいいのだけれど、後者はあくまで“トラベル”が味付けに終始しており、ミステリーとしてはかなり薄味である。しかしながら、かつてのトラベル・ミステリーの大流行の中心になったのはこちらであり、これまた当時流行した二時間サスペンスドラマの原作にも多く用いられた。今でいう“にわか”ミステリーファンも急増し、硬派なマニアはこういう状況を苦々しく思っていたようで、トラベル・ミステリーを一段低くみる風潮もあったと思う。『このミステリがすごい!』の座談会における「リーグが違う」発言も、そんな流れから出たのだろうと邪推する次第である。
もちろんすべてのトラベル・ミステリーが二つのタイプにハッキリ分かれるわけではなく、実際はその中間的な作品も多く、たとえば西村京太郎などは両タイプにまたがる存在といえるだろう。
ちょっと話はそれてしまったが、かつてはこういう時代もあったということで、今ではトラベル・ミステリー蔑視もほぼなく(と思うが)、法廷ミステリーとか警察ミステリーとか、一般的な特徴を示すジャンルとしてとらえてよいだろう。
著者も本書ではその辺にこだわりなく幅広い作品を取り上げ、時代も新旧取り混ぜている。ただ、その結果、純粋なトラベル・ミステリーとは言い難い作品も見受けられる。また、ネタバレなしと著者は書いているが、けっこう内容に踏み込んだ話も多く、基本的には取り上げられている作品を読んでからの方が楽しめるだろう。
ということで聖地巡礼エッセイも悪くないのだけれど、上でも書いたようにトラベル・ミステリーを紹介した本は意外にないので、著者にはぜひ次は本格的なトラベル・ミステリーのガイドブックを書いていただきたいものだ。