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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

フィン・ベル『壊れた世界で彼は』(創元推理文庫)

 フィン・ベルの『壊れた世界で彼は』を読む。南アフリカ出身で、元々は刑務所や裁判所で被告人などの心のケアにあたっていた法心理学の専門家。その後はニュージランドに移住して受刑者のカウンセリングにあたるなど、盤石な知識と経験を基にデビューした作家である。

 こんな話。ニュージーランドの田舎町で、民家での立て篭もり事件が発生した。両親と二人の子供が人質となるなか、応援に駆けつけた刑事のニックとトーブの目の前で銃声が起こり、狙撃犯が対抗した途端、大爆発が起こる。
 だが幸いにも妻と子供は助かり、犯人と思われるギャングたちの死体が発見された。ところが夫の姿は見当たらず、どうやら生き残った犯人の一人が夫を連れて脱走していると思われた。警察は捜索を開始し、ニックとトーブも別ルートで犯人の行方を追うが……。

 壊れた世界で彼は

 実に意欲的な作品。著者のフィン・ベルはデビュー作の『死んだレモン』もそうだったが、さまざまな趣向を盛り込んでくるのが特徴で、なかなかのサービス精神の持ち主らしい。
 本作でも事件の発端は派手だし、クライマックスの迫力ある坑道シーン、真相の意外性など、注目すべきところは多く、それらをつなぐストーリーも軽快で、エンターテインメントとしては上出来である。昨今の警察小説では定番の上層部やマスコミとの軋轢などは控えめで、嫌な奴が少ないのも好感が持てる。

 だが、これまた『死んだレモン』と同様なのだが、盛り込み過ぎてバランスや完成度の悪さが気になり、そういった長所と短所が入り混じっているせいで、けっこう評価に難しい作品となってしまう。
 気になるところでいうと、まずはニックとトーブ、二人のキャラクターの作り込みの甘さがある。いや、キャラクター造形のために家族や恋人との関係やエピソードなどをいろいろ盛り込んではいる。しかし、それらがニックとトーブに対する共感なり理解として消化される前に終わってしまう印象なのである。本作では衝撃的なラストで締めくくっているけれど、そのラストに至ることになったニックの人間性、それを納得させる力が欠けているように思う。余計なエピソードを絞り、よりニックとトーブの内面を落ち着いて描くことにすべきではなかったか。
 また、坑道シーンはサスペンスを盛り上げるクライマックスとして確かに効果的ではあるのだが、いわゆる警察小説でこれをやる必要があったのかという疑問もある。急に別の小説を読んでいるかのような、場違い感がある。
 章の構成も気になるところだ。本作はニックの一人称で語られるメインの章に加え、非常に短く語られる逃走している二人の男の章、嵐の章、大きく三つのパートがある。まあ、逃走の章は伏線としての狙いがアリアリなので気持ちはわからないでもないが、そこまで効果的とも思えないし、嵐の章に至っては本当に余計ではないか。文章としてもちろんあってもいいのだが、とても章立てで入れる必要があるとは思えず、ニックの章の最後にでも毎回入れる形でも十分事足りる気がした。

 フィン・ベルは作家としてのキャリアはまだ少ないが、器用な作家であることは確かだ。だが才に溺れたか、あるいは編集者の指導が弱いのか、プロットにしてもキャラクターの作り込みにしても甘いと言うのが正直なところだ。
 ただ、これだけケチをつけているけれども、前作同様に狙いは面白いし、真相やラストの思い切りもなかなか他の作家ができることではない。欠点以上の魅力があるわけで、とりあえず次作が出たらやっぱり読んでみたい作家である。


フィン・ベル『死んだレモン』(創元推理文庫)

 フィン・ベルの『死んだレモン』を読む。主人公が著者と同じ名前、ニュージーランドが舞台、主人公が車椅子などなど、興味を引かれる要素も多く、インターネット上でも概ね好評価だったので手に取った次第。

 まずはストーリー。
 フィン・ベルは文字どおり崖っぷちにあった。かろうじて車椅子と足が石に挟まってはいるが、体は宙づりで、崖下に墜落するのは時間の問題だった……。
 かつては会社を経営し、順風満帆に思えたベル。だがアルコールに溺れて妻と離婚し、飲酒運転から自動車事故を起こし、下半身付随になってしまう。そんなベルが何ともなくニュージーランド最南端の地リヴァトンを訪れ、コテージに移り住んだのが五ヶ月前のことだった。そんな彼を支えようとする街の人たちに、少しずつ心変わりするベルだったが、近隣に住むゾイル一家の三兄弟にだけは違和感を覚えていた。
 かつてコテージで起こった悲劇にゾイル三兄弟が関わっていたらしいことを知り、ベルは調査を始めるが、その矢先、何物かに命を狙われ始める……。

 死んだレモン

 まずは楽しめる作品にはなっている。心も体も傷ついた男が〈再生〉する物語といえばありきたりだが、そういった作品はハードボイルドやサスペンス、冒険小説によく見られるテーマ。しかし、本作はけっこう本格要素も強くて、再生のドラマと謎解きの興味を両立させている。
 ニュージーランドの田舎町の描写、先住民との交流、マーダーボール(車椅子ラグビー)という味つけも盛り込んで、幅広い読者を獲得する条件が揃っている。要は著者がやりたかったことをとにかく詰め込んだという感じだ。

 ただし、これがデビュー作ということもあるだろうし、もとが自費出版ということも影響しているのか、全体的に完成度が低くて、気になるところも少なくない。
 ひとつは、冒頭からクライマックスをもってきて、それと過去のパートを交互に見せる構成。
 先日読んだ『国語教師』もそうだが、この手の構成を使うのはいいとしても、本作ではそれほど効果があるとは思えない。最初に読者の気持ちを掴みたいという考えなのだろうが、全体として最大の見せ場を細切れにする形になってしまい、盛り上がりという意味では逆効果ではないか。
 また、主人公が意識を失って、そのまま章を終わらせるパターンも多すぎ。「さあ主人公の運命やいかに」とやりたいのだろうが、連続テレビドラマならまだしも、すぐに次の章で気がつくわけだし、それは結局、主人公が他者によって助けられるという流れにしかならず、ご都合主義が強くなる。
 劇的な演出にしなければという意識が強すぎるのか、どこかで見たようなネタを盛り込んで、とにかくストーリーを盛り上げたいのだろうが、その処理の仕方がまだこなれていない。

 こなれていないという点では、伏線の張り方もそれほど上手ではない。ミステリとしてはまずまず意外な真相であり、どんでん返しも用意してくれているのだが、ラストに至るまでにはけっこう違和感を感じる描写やエピソードがあって、先を読まれやすい。
 ネタバレ必至の致命的なエピソードもひとつあって、そういうところをいかに自然に読ませるかが大事だと思うが、著者はそういう部分への気配りがまだ弱い。

 主人公の心理描写も気になった。
 主人公は絶望の淵に立たされ、死に場所を求めてこの地にやってきた。本作は、そんな男が現地の人々との触れあい、そして事件を体験することで立ち直っていく物語でもある。だから過去や将来について悶々とするのはもちろんいいのだが、これが何とも浅く感じる。
 いや、書き込み自体は多いのである。セラピストとの禅問答のような会話や一人語りもけっこうな分量で、これは元法心理学の専門家たる著者の腕の見せどころなのだろうが、それがうまく伝わってこない。ぶっちゃけ主人公がそこまで深刻に悩んでいないように見えるのだ。死を意識しているはずの主人公なのに、意外に普通に前向きというか、簡単に周囲の人々の生活に溶け込んでいる感じが気になってしまう。
 重い話なのであえて軽やかに描写しているという見方もできるが……おそらくこれは筆力、描写力の問題だろう。三人称であればこの辺りはごまかすこともできるのだが、下手に一人称でやったものだから、弱点がモロに出た感じである。

 悪くないといいながら文句ばかりになってしまったが、アイデアやプロットはいいし、冒頭に書いたようにまずまず面白くは読めるのは確か。続編もあるらしいが、著者が今後、主人公の内面を掘り下げていくのか、単なるエンタメにしてしまうのか、シリーズの行方は気になるところなので、続編が邦訳されれば、とりあえずもう一冊は付き合ってみよう。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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