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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

長田幹彦『蒼き死の腕環』(ヒラヤマ探偵文庫)

 長田幹彦の『蒼き死の腕環』を読む。大正十三年に雑誌『婦人世界』に連載された作品である。探偵小説史的にいうと、本作の前年に乱歩が「二銭銅貨」を発表してデビューしており、日本の探偵小説にもいよいよ本格の息吹が芽生えたという頃だろう。
 とはいえすぐに次々と本格探偵小説が生まれるわけではない。その主流はまだまだ通俗的なスリラーであり、しっかりとした謎解き要素をもった作品は少なかった。大衆小説の書き手であった長田幹彦も、従来の日本の探偵小説には日頃から物足りなさを覚えており、そこで実際に自分でも書いてみたというのが本作らしい。

 蒼き死の腕環

 まずはストーリー。ローマの旅芸人の一座から足を洗い、日本へやってきた房子と彼女を姉のように慕うヨハンの二人。ヨハンの父はイタリア在住の日本人外交官、母はローマの踊り子だったが、ヨハンは父を知らずして生き別れてしまっていた。今回の旅はヨハンの父を探す旅でもあったが、おり悪く関東大震災の影響もあり、調査は芳しくなかった。やがて所持金もほとんどなくなった二人は、ある興行師の誘いに乗るのだが……。

 日本の探偵小説に物足りなさを覚えていたという著者だが、実は同じ文章で、「かなり苦心して書いてみたが、自分の思う十分の一の効果も得られない」とも書き残している。今となっては真意は不明だが、おそらくは謎解き要素をあまり盛り込めなかったことについての自虐だろうというのが解説・湯浅篤志氏の見方。苦労して書いたのに売れなかったと取れないこともないが(笑)、当時の流行作家だけに流石にそれはないか。
 ちなみに解説では、探偵小説が当時、続々と雑誌などに掲載されていた状況や、その割には優れた本格探偵小説が生まれない原因を日本人の暮らしや風俗などに求めたりといった、当時の見解も含めて解説で触れられていて、なかなか興味深い。

 そういうわけで著者自ら認めるとおり、本作は謎解き小説として見るところはそれほどない。しかし、こと娯楽読み物として見るなら、これはかなりぶっ飛んでいて面白い。
 主人公の房子はジプシーの旅一座の女芸人(芸といってもサーカスや手品の類である理、お笑いではないので念のため)。幾多の苦労を超えてきた経験もあって、度胸は満点。ちょっとした犯罪など苦にもしないが、そのくせ身内には厚く、愛国心にも溢れている。のちの任侠ものの女性版といったキャラクターである。
 ただ、若干、お人好しで抜けているところもあり、そのせいで悪人に漬け込まれたり騙されたりして事件に巻き込まれるが、最終的には世界をまたにかける犯罪組織を警察と組んで一網打尽にするというお話。雑誌連載ということもあり非常に山場が多くなるのは想定内だが、それと比例してご都合主義とか無茶な設定が多くなるのもお約束。もはや突っ込むのも野暮な話なのだが、それでも中盤以降で重要な位置を占めるフォックス夫人の正体などは流石に呆れてしまった(苦笑)。

 惜しむらくは題名にもなっている「蒼き死の腕環」の存在。この腕環は房子が身につけている品物だが、さる人物から身につけていると死を招くと予言される。題名にもなっているほどなので、これがストーリーに大きく絡むのかと思いきや、ほぼ物語の象徴的な意味合いしかなかったのが拍子抜けだった。

 ともあれ文学的な意味合いはともかくとして、大正時代の探偵小説がこうして復刊され、しかもけっこう面白く読めてしまうというのがこれまた面白い。同じくヒラヤマ探偵文庫で先に出た『九番館』も悪くなかったが、こちらの方が読み応えがあったような気がする。作者が探偵小説としてより意識して書いたからなのかも知れない。

長田幹彦『九番館』(ヒラヤマ探偵文庫)

 そこそこの読書家であれば、新刊が出たら内容に関係なくとりあえず押さえるご贔屓の作家がいると思う。これがもう少し進むと、お気に入りのシリーズや叢書、全集などに手を出すようになる。内容や作家に関係なく、そのシリーズなり叢書の新刊はすべて買ってしまうわjけだ。通し番号なんかが入っていた日にはもう目も当てられない。抜けた数字が気持ち悪いってんで、もう買わずにはいられない。誠に因果な趣味ではある。
 ただ、読書家と一括りにするのは、まともな読書家には少々迷惑な話だろう。おそらくだけど、こういうのはミステリやSF、幻想小説のファンだけなような気がする(笑)。

 本日の読了本は、そんな出たらとりあえず買う叢書「ヒラヤマ探偵文庫」さんの一冊。長田幹彦の『九番館』である。まずはストーリー。

 時は大正。外国人が暮らす居留地の一角に「九番館」と呼ばれる洋館があった。元は教会だったが、牧師が亡くなった後は跡を継ぐ者もなく、今では廃墟同然となっていた。しかし、そこにある日、原島貞一郎という医師が、かつ子という助手を従えて移り住む。彼らは信仰に篤く、医療に従事しながら、孤児を引き取ってその世話もするという献身ぶりで、近所でも評判となってゆく。
 そんな九番館のある港町の一方に小高い丘があり、中川という貿易商が暮らしていた。中川は娘の松枝子を最近、欧州から帰ってきたという桐原子爵に嫁がせたいと考えていたが、ある夜のこと、松枝子の部屋へ謎の黒覆面の男が現れ、金銭を所定の場所へ届けるよう命令するのだった……。

 九番館

 長田幹彦は大正から昭和にかけて活躍した大衆文学作家である。名前こそ知っていたが、これまで読んだこともない作家で、解説によるとなかなかの流行作家だったようだ。学生時代から放蕩三昧でその経験が生きたか、男女の機微を描いて人気を集め、一時期は谷崎潤一郎と並び称されるほどだったという。大正中期から後期にかけては社会小説へと移行し、社会の秩序とその外にいる人々を描いていこうとする。

 本作はそんな時期において描かれた作品で、博文館の『家庭雑誌』に連載されたものだ。社会小説を意識しているのは、当時の最底辺の人々の暮らし、それをサポートする社会構造の脆弱さなどを取り上げることを見ても明らか。基本構造がそもそもルパンをモデルにしたような義賊ものなので、読者の興味を引っ張りつつ、そうした問題を取り上げるには格好の素材だったのだろう。
 今読んでもそれなりに引き込まれるのはさすがで、もちろんネタはすぐに想像できるものだが、刑事と義賊の知恵比べやカーチェイスに至るまで、この手の作品に必要な要素をほぼほぼ取り込んでいることにも感心する。

 探偵小説が好きでも、単に自分の好みだけで読んでいてはなかなかこの辺りまで押さえるのは難しい。こういう作品に出会えるのも、シリーズや叢書を決め打ちしていればこそだろう。
 逆にニッチな分野で頑張る版元さんは、単発ではなくシリーズ化でチャレンジしていただければ、こちらも応援しやすいといえる。まあ、リスクもでかいだろうけれど(苦笑)。

プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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