長篇では探偵小説趣味の強い作品もあるチャールズ・ディケンズだが、短篇でもそういう作品は少なくない。そもそも岩波文庫から出ている本書などは、ミステリ的要素や超自然的要素を含んだ作品、異常心理を追求した作品を中心に編纂されたということで、前々から気になっていた一冊である。

The Story of the Goblins Who Stole a Sexton「墓掘り男をさらった鬼の話」
The Bagman's Story「旅商人の話」
A Tale about a Queer Client「奇妙な依頼人の話」
A Madman's Manuscript「狂人の手記」
The Baron of Grogzwig「グロッグツヴィッヒの男爵」
A Confession Found in a Prison in the Time of Charles the Second「チャールズ二世の時代に獄中で発見された告白書」
The History of a Self-Tormentor「ある自虐者の物語」
Hunted Down「追いつめられて」
Nurse's Stories「子守り女の話」
No.1 Branch Line: Signal Man「信号手」
George Silverman's Explanation「ジョージ・シルヴァーマンの釈明」
収録作は以上。
ディケンズの小説といえば何といっても豊かな人物描写であり、さらにはユーモアとペーソス、ストーリー性などが忘れてはならないポイントだろう。何より作品全体に強いヒューマニズムが流れている。早い話が王道であり、小説という形式が本来持っている魅力をストレートに満喫できる。
その一方、本書に収録された短篇はちょっとイメージが異なるだろう。先にも書いたとおりミステリ的要素、超自然的要素、異常心理が作品セレクトのキーになっているのだが、その結果として、ダークな雰囲気のものからショートコンみたいな作品まであり、意外にバラエティに富んだ内容である。全体的には幻想短篇集という趣であり、長篇とはまた一味違ったディケンズを堪能することができる。とはいえディケンズをまだ読んだことがないという人にもおすすめできる懐の深さやエンタメ性もあり、とにかく未読の方はぜひどうぞ。
好みの作品を挙げると、まずは巻頭の「墓掘り男をさらった鬼の話」。「クリスマスキャロル」の裏バージョンみたいな話で、一見、怪談風だが、その社会的メッセージはかなり強い。
ある男の副集を描く「奇妙な依頼人の手記」。短いながらも主人公の怒りが激しく伝わってきてゾッとする。本来、復讐譚というのはこういうものこそ言うのだろうなぁ。
妻を殺害するに至った男の狂気の様が描かれる「狂人の手記」も激しい。もちろん共感などはできないけれど、主人公の理屈や心情はある意味理解もできるわけで、それを理解できる自分がまた怖いのである。
「追いつめられて」は奇妙な味を備えたミステリ。ラストのたたみかけは今時のミステリより強烈である。
「信号手」は本書中でおそらく最も有名な作品であり、管理人もやはり一番の好み。怪談であり、ミステリでもある逸品。