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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ディーリア・オーエンス『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)

 注目作や話題作はできれば旬のうちに読もうと思っているのだが、やはりアンテナに引っかからない本はどうしても出てくる。そんな本はだいたい年末のベストテンでチェックしてまとめ買いするのだが、そのなかで一番気になっていたのが、本日の読了本『ザリガニの鳴くところ』。仕事納めも終わり、ようやく読むことができた。

 1969年秋のノースカロライナ。湿地で男の死体が発見された。保安官が捜査を開始すると、やがて人々は“湿地の少女”が犯人ではないかと噂をするようになる。
 時は遡って1952年。六歳にして家族に見捨てられた少女カイアがいた。その瞬間から彼女は一人で生きてゆくしかなかった。読み書きを教えてくれる少年テイト、船着場の燃料店のオーナー夫妻、何より生物が自然のままに生きる湿地が彼女を支えてくれた。それでも結局、彼女は一人であった。
 そんなカイアの元へ、地元の有名なフットボール選手が近づいてゆく。それは新たな悲劇の始まりでもあった……。

 ザリガニの鳴くところ

 おおっ。これは素晴らしいな。帯には「2019年アメリカで一番売れた本」とか「全米700万部突破」とか実に景気のいいコピーが並んでいるが、それも伊達ではない。
 本作はたった一人で湿地の小屋で暮らした少女カイアの成長物語である。六歳にして家族に見捨てられたカイア。彼女はただの孤児というだけではなく、もともと家族がホワイト・トラッシュ(貧乏白人)に属していた。白人としてはいわば最底辺の階級であり、経済的な意味だけでなく、人格的にも劣る存在として蔑まれていたのだ。
 したがって子供が一人で暮らしているにもかかわらず、周囲の人々もそこまで援助の手は差し伸べてくれなかった。行政も動くけれど、それはあくまで事務的なものであり、家族にも裏切られたカイアの心にはまったく響かない。彼女はあくまで一人で、湿地を母とし、湿地の生きものを家族とし、生きてゆくのである。息苦しい展開も多いけれど、だからこそカイアの言動一つひとつが心に刺さってくる。

 ただ、勘違いしてもらいたくないのだが、本作はただ辛いだけの物語ではない。カイアの自立しようとする姿、僅かながらいる彼女の理解者との交流は、たまらなく胸を打つ。もっとえげつない表現や書き方もできただろうが、著者のカイアを見る目は基本的にあたたかく、読者にも元気を与えてくれるはずだ。
 アメリカの作家はこういう成長物語を書かせると本当にうまい。管理人などはアメリカという国自体に永遠の青年みたいなイメージがあって、若いから力は強いのだけれど、まだまだ成熟していないから失敗も多い。しかし、その心は基本的に真っ直ぐなのだ。アメリカの作家が成長物語がうまいのは、そういうものが根底に流れているからかもしれない。勝手な想像だけれど。

 正直、ここまで内容が充実していればミステリである必要などないと思うのだが、ミステリ的な仕掛けが変な付け足しに終わらず、謎がしっかり物語の推進力を担っていることはよかった。通常のミステリに比べると控え目ではあるが、ラストのプラスアルファなどはけっこう衝撃的で、それが読後の余韻をより深いものにする。

 ともあれ確かに本作は一年のベストを争うにふさわしい作品だ。というか二位で終わっているランキングが多いのは実に残念。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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