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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ミステリー文学資料館/編『森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー』(光文社文庫)

 ミステリー文学資料館が編纂するアンソロジーが光文社文庫で各種でているが、その中でも「ミステリー・レガシー」はちょっと異色なシリーズで、関連性のある探偵小説作家の作品をペアで紹介しようという企画である。本日の読了本『森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー』はその三冊目に当たる。

 森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー

 森下雨村と小酒井不木、二人の共通点は日本のミステリ黎明期における礎を築いたということでよいだろう。雨村は日本の探偵作家を数多く輩出した雑誌『新青年』の初代編集長であり、不木はその雨村に見出され、初期から活躍した書き手である。当初は創作ではなく、本業である医学や留学時代から親しんでいた海外ミステリに関連する随筆、さらには翻訳からスタート。まもなく創作にも手を染め、旺盛な執筆で貢献したという。
 ちなみに、その『新青年』の探偵小説特集に感激し、自らも本格的に創作を始めたのが江戸川乱歩。ご存知のように「二銭銅貨」をもって『新青年』からデビューし、不木が推薦文を書いた。雨村と不木は日本の探偵小説の発展に寄与したのはもちろんだが、乱歩デビューにも大きなバックアップを果たしたわけだ。

森下雨村
「丹那殺人事件」
「随筆」小酒井氏の思い出

小酒井不木
「按摩」
「虚実の証拠」
「恋愛曲線」
「恋魔怪曲」
「闘争」
「随筆」科学的研究と探偵小説/江戸川氏と私

 収録作は以上。「丹那殺人事件」は雨村には珍しい本格仕立ての長編。仕掛け云々は脇に置いて、雰囲気を楽しむのが吉かと。論創ミステリ叢書の『森下雨村探偵小説選』にも入っているので、詳しい感想はそちらで。
 小酒井不木の方は「恋愛曲線」のようなメジャー作も入っているが、なんといっても目玉は長編「恋魔怪曲」だろう。「恋愛曲線」とタイトルがなんとなく似ているが、中身はまったく異なるサスペンスもの。
 誘拐されて死んだと思われていた青年が突然帰ってきたことで、将来を誓いった恋人たちに大きな壁が立ちはだかって……というストーリーだが、ありがちな設定かと思わせて、中盤からは予想外の展開を見せ、しかもしっかりサプライズもある。長編にしては短めでラストが忙しないなどの欠点もあるけれど、基本的にはリーダビリティが高く、これが読めるだけでも本書の価値はあるだろう。

 ということで、既刊本で読める作品がちょいと多めなのは残念だが、トータルではお買い得の一冊。
 ミステリー文学資料館が閉館した現在、今後、ミステリー文学資料館編集のアンソロジーが出るかどうか心配ではあるのだが、その後「ミステリー・レガシー」の四冊目も出ているし、期待してもよいのだろうか。


ミステリー文学資料館/編『甲賀三郎 大阪圭吉 ミステリー・レガシー』(光文社文庫)

 『大阪圭吉自筆資料集成』を読んだら、大阪圭吉の本格系作品を久しぶりに読みたくなって『甲賀三郎 大阪圭吉 ミステリー・レガシー』を手に取ってみた。
 「ミステリー・レガシー」はアンソロジーのシリーズ名というかサブタイトルというか、あまりはっきりしないのだが、要は関連性のある戦前探偵小説作家の作品をペアで紹介しようという試みである。刊行ペースはゆっくりしたものだが、2020年5月現在で一応四冊ほど出ており、本書はその二番目に出た作品集。
 甲賀三郎と大阪圭吉のつながりは、戦前に珍しい本格縛り、また、大阪のデビューにあたって甲賀がサポートしたという縁が元になっている。

 甲賀三郎大阪圭吉ミステリーレガシー

【甲賀三郎】
「琥珀のパイプ」
「歪んだ顔」
「随筆」探偵小説家の製作室から/探偵小説の将来/探偵小説界の現状

【大阪圭吉】
『死の快走船』
「序」江戸川乱歩
「大阪圭吉のユニクさ」甲賀三郎
「死の快走船」
「とむらい機関車」
「雪解」
「デパートの絞刑吏」
「気狂い機関車」
「なこうど名探偵」
「人喰い風呂」
「花束の虫」
「石掘幽霊」
「燈台鬼」
「巻末に」

 収録作は以上。甲賀三郎の「琥珀のパイプ」は比較的知られた作品だが、「歪んだ顔」は古書でないと入手できないレア作品で、おそらく本書の目玉作品といえるだろう。
 どちらも甲賀ならではの理系トリックを盛り込んだ本格作品で、ぶっちゃけ、いろいろと無理があって出来そのものは落ちるけれども(特に「歪んだ顔」)、どんでん返しの多さや趣向の面白さなどサービス精神に溢れていて、決して嫌いではない。

 一方の大阪圭吉パートは短編集『死の快走船』を丸ごと収録している。ただ、収録作はすべて創元推理文庫、国書刊行会、戎光祥出版のミステリ珍本全集等、過去の作品集で読むことができ、それらをすでに持っている人にとってはコスパは高くない。
 とはいえネットで見るかぎり、すでに品切れのものも多いようなので、初めて大阪作品を読もうという人にはありがたい一冊となるだろう。まあ、マニア諸氏にしても乱歩の序文や甲賀三郎の解説も含めた『死の快走船』完全版として読めるのは嬉しいところではないだろうか。
 中身については、以前に書いたものがあるのでそちらをご覧くだされ(『とむらい機関車』『銀座幽霊』『死の快走船』)。


ミステリー文学資料館/編『大下宇陀児 楠田匡介 ミステリー・レガシー』(光文社文庫)

 先日、読んだ大下宇陀児の『自殺を売った男』が収録されているので、ついでにこちらも消化しておこうと、ミステリー文学資料館/編『大下宇陀児 楠田匡介 ミステリー・レガシー』を手に取る。

 ミステリー文学資料館からは数々の探偵小説のアンソロジーが出ているが、本書もその流れを組む一冊である。シリーズ名は「ミステリー・レガシー」となっており、一応、アンソロジーではあるのだが、関連のある作家のペアリングで展開しようという試みらしい。
 その第一弾が大下宇陀児&楠田匡介という組み合わせなのだが、この二人の結びつきは、作風も違うし、一見意外に思えるけれど、合作短編もあるぐらいなので、わりと交流があったようだ。

 大下宇陀児 楠田匡介 ミステリー・レガシー

大下宇陀児「自殺を売った男」
楠田匡介「模型人形(マネキン)殺人事件」
大下宇陀児・楠田匡介「執念」
楠田匡介「二枚の借用証書」(エッセイ)

 収録作は以上。
 「自殺を売った男」先日の記事を参考にしていただくとして、今回はそれ以外の作品だけまとめておこう。

 楠田匡介の「模型人形(マネキン)殺人事件」は著者のデビュー長編。自宅のアトリエで銃殺された彫刻家の殺害事件を扱った本格探偵小説である。
 現場は密室状態、しかも死体のすぐそばには綺麗に着飾ったマネキンが死体を見つめるようにして立っており、おまけに凶器とおぼしき拳銃にはなぜかマネキンの指紋が……という奇怪な状況で、設定はなかなか惹かれるものがある。
 また、事件はその後、別の容疑者が浮上したり、マネキンがなぜか盗まれるという事件まで持ち上がってストーリー的にも悪くない。マネキンに絡むエロチックな要素なども雰囲気づくりの道具立てとして効果的だ。

 ただし、当時の事情などもあるのだろうが、いかんせん長編にしてはボリュームが少なく、その割には取り調べや推理、議論の描写がけっこうな比重を占めているのがいただけない。もちろんこれらの描写はミステリだから当たり前といえば当たり前なのだけれど、ミステリにとって重要な遊びの部分、これがあまり生かされていない印象を受けてしまった。
 とにかく読んでいて忙しない。もっとそれなりのボリュームを費やして猟奇的な雰囲気を盛り上げ、そのうえで推理合戦などが入ればずいぶん面白くなった気もするのだが。惜しい。

 大下宇陀児、楠田匡介の合作「執念」は短編。
 こちらは完全に大下宇陀児好みの犯罪小説であり、謎解き興味には乏しい。おまけに後味も苦く、これは大下宇陀児と楠田匡介の合作という要素がすべてだろう。

 というわけで「自殺を売った男」も合わせ、いまの若い読者にはやや辛い内容だが、こういう本はそもそも出してくれるだけでありがたいわけで、光文社にはどんどんやってもらいたいものである。
 ただ、昨年の五月に本書が刊行されて以後、続刊が出ていないのでちょっと心配ではあるが……。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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