マーゴット・ベネットの『過去からの声』を読む。かつて植草甚一氏が編んだ東京創元社の〈現代推理小説全集〉の一冊として『飛ばなかった男』が刊行されているが、本作はそれ以来の翻訳である。1958年の作品で、CWAのゴールド・ダガー受賞作ということだが、まあ、CWA受賞作は意外に「アレ?」と思うこともあるので、そこまで期待しないで読み始める。

こんな話。主人公のナンシー・グラハムは作家志望のライターである。あるとき親友のサラから、過去につきあった男から脅迫状が届いたという相談を受ける。一時期はサラとほぼ生活を共にしていたナンシーは、サラのつきあった男も知っているし、小説家志望ということで観察力もある。ぜひナンシーに犯人を突き止めてほしいというのだ。
ところがその夜、サラの元恋人で現在はナンシーの恋人ドナルドが訪れ、サラが殺された現場に居合わせたと告白する。ナンシーはドナルドのためサラの家に忍びこみ、ドナルドのいた痕跡を消そうとするが、それが自らの首を締める結果になってしまう……。
その後、メインストーリーは主人公ナンシーが男友だちの元を訪ねてまわり、サラを殺害した犯人を見つけ出すという流れとなる。ナンシーは恋人が現場にいた痕跡を打ち消すために偽装工作したこともあって、自らが容疑者として警察につきまとわれる状況もあり、基本構造は巻き込まれ型サスペンスと言えるだろう。
しかし本作の場合、単なる巻き込まれ型サスペンスとは一線を画する。普通のハラハラドキドキにはまったく主眼が置かれていないのだ。メインストーリーの合間には、過去のサラとナンシー、男友だちとの思い出が多く挿し込まれ、読みどころはもっぱら彼らの人物像や人間関係・恋愛模様なのである。
サラとナンシーはどちらも知的ながら上昇志向が強く、斜に構えたところもあって、正直あまりかわいい性格の女性ではない。対して男性陣は情けないタイプが多く、依存的だったり陰気だったり挙句は前科持ちだったりする。ぶっちゃけ共感できないタイプの人間ばかりで、おまけに事件に関しても皆が皆そこまで興味を持っているわけでもない。そんな彼らのやりとりが妙にリアルで、そういう部分をこそ楽しむのがよい。
こう書くと、例えば『ヒルダよ眠れ』あたりを連想するかもしれない。こういった描写によって被害者や犯人の真の姿を炙り出すという趣向である。しかし、本作は本当にそういう感じではないのがミソ。これが英国ミステリというのが驚きである。
まあ、それゆえに純粋なサスペンスや謎解きを期待すると肩透かしはやむをえない。ただ、ミステリとしてもまったくダメとかではなく、ナンシーと男友だちとのやりとりの中に伏線やヒントは隠されているし、これがなかなか気の利いたネタで悪くない。
ただ、本作の一番のサプライズは事件後のエピソードかもしれない。ここは賛否両論あるだろうなぁ。女性読者の感想を知りたいところである。