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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

紫金陳『悪童たち(下)』(ハヤカワ文庫)

 ※今回、上巻までのネタバレを含んでいます。上巻をお読みでない方はご注意ください。

 紫金陳の『悪童たち(下)』を読む。
 まずは満足。上巻で感じた、ノワールと社会派を合わせたような世界観、それでいてあまり重さや暗さは意識させず、テンポよく転がるストーリーはお見事としか言いようがない。
 数少ないながらこれまで読んできた華文ミステリーの傑作群、周浩暉『死亡通知書 暗黒者』、陳浩基『13・67』、陸秋槎『元年春之祭』などと比べてもまったく遜色がない。方向性や味わいが異なるのであまり比べても意味はないかもしれないが、謎解きや推理という成分はもっとも低いけれども、ストーリーやいわゆるエンターテインメントとしては一、二を争うのではないか。

 悪童たち(下)

 とにかくストーリーの展開が巧い。
 殺人事件の瞬間をカメラに収めた三人の子どもたち、朱朝陽(ジュー・チャオヤン)、丁浩(ディン・ハオ)、普普(ブーブー)。それぞれが抱える不幸をチャラにするため、犯人・張東昇(ジャン・ドンション)を強請ることにする。同時に三人は朱朝陽をいじめから救おうとしてやりすぎ、ある少女を殺してしまう。張東昇は張東昇で、義父母を殺し、それで子どもたちから強請られているというのに、妻まで殺害してしまう。おまけにそちらまで朱朝陽に感づかれ、さらに予想外の脅迫を受けることになる。そして、ことあるごとに繰り広げられる子供たちと張東昇の心理戦。
 もう、どれだけヤマがあるんだという感じだが、先を読ませるスキすら与えないスピーディーかつ意外な展開に本当に感心した。しかも、こういうヤマ場の連続にすると、普通はストーリーの都合に合わせて、無理に登場人物がやらかしたり、変な不可抗力を盛り込んでしまいがちだが、著者はそういった不自然さをできるかぎり避け、あくまで登場人物に自然に行動させている(あくまで管理人の主観だが)。ここが実に素晴らしい。
 ちなみに、上記はこれでまだ上巻の範囲である。ここまで盛り込めば普通はネタバレっぽくなってしまうけれど、これでもストーリーは半分にも満たないし、この後もまだまだ衝撃の展開が待っているのでご安心を。

 ストーリーについてもう一つ上手いと思ったのは、終盤に出てくる朱朝陽の日記である。最近のミステリには非常に手記やら日記やら回想やらをベースにすることが多く、食傷気味になっていることもあるが、何より残念なのは、著者の狙いが透けて見えることだ。ミステリにおける「日記」とは、常にあざとい存在なのである。
 本作でも朱朝陽の日記を最初から用いて構成することは十分に可能である。しかし著者はあえてそれを避け、ラストに持ってきたことに好感を覚えた。物語全体が荒唐無稽といえば荒唐無稽であり、だからこそ変にあざとい使い方を避け、ストレートに使ったのではないだろうか。こういうところも好みだ。

 欠点もないではない。というか実はかなりミステリとしては荒っぽい作品であることも確かだ。特に一番最初の殺人事件はどう理屈をつけても無理があるし、警察が全般的に無能であり、もっと真剣に捜査をすれば普通に解決したのではないか、という疑問も多分にある。
 ただ、それらを差し引いても本作は面白い。華文ミステリーの中ではかなりとっつきがいい作品だとも思うし(しかも人名にすべてルビが降ってあるのは便利)、食わず嫌いの人もぜひお試しあれ。


紫金陳『悪童たち(上)』(ハヤカワ文庫)

 ネット上でけっこう評判がよろしいようなので、紫金陳『悪童たち』を手にとってみた。著者は紫金陳(し・きんちん/ズー・ジンチェン)。初めて読む作家だが、これまでに行舟文化から『知能犯之罠』が刊行されており、そちらも持ってはいるのだが長らく積ん読、もたもたしているうちに本書が出てしまった(苦笑)。

 悪童たち(上)

 主人公は内気だが優等生の中学二年生、朱朝陽(ジュー・チャオヤン)。勉強はできるが同級生からは逆恨みされていじめにあい、守ってくれるはずの父親は朱朝陽と母親がいながら別の女と暮らし、二人にはまったく無関心だった。
 そんな朱朝陽のもとへ丁浩(ディン・ハオ)と普普が姿を現した。丁浩は以前、朱朝陽の同級生だったが、親が事件を起こしたために施設へ預けられたのである。しかし、その環境の酷さから丁浩は妹分の普普(ブーブー)を連れて脱走してきたのだった。
 ある日、三人は写真を撮りたいという普普のため、観光地の三名山に出かけるが、そこで殺人が行われる瞬間を写真に捉えてしまう……。

 とりあえず上巻まで読んでみたが、なるほど、ネット上の評判も宜なるかな。ノワールと社会派を合わせたような物語で、本来ならダークな雰囲気で一色になるところを、少年たちの存在がそれを中和させている。ストーリーのテンポの良さが気持ちよく、下巻でこの物語がどう転がるか、これは楽しみである。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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