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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

アレックス・ベール『狼たちの宴』(扶桑社ミステリー)

 アレックス・ベールの『狼たちの宴』を読む。ユダヤ人古書店主が何の因果かゲシュタポ犯罪捜査官になりすます羽目になったイザーク・ルビンシュタイン・シリーズの第二弾である。
 ユダヤ人がゲシュタポの捜査官になりすますというスパイ小説・冒険小説的な面白さ、捜査官として事件の謎を解く警察小説・本格ミステリとしての面白さ、さまざまな要素を一度に楽しめ、シリーズ第一作となる『狼たちの城』は文句なしの傑作であった。
 ちなみに前回、ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』の記事でも同じことを買いたような気がするが、本作も設定がかなり破天荒だから、本作だけで情報を消化するのはやや難しい。本作だけを楽しむこともできないではないが、できれば第一作の『狼たちの城』は読んでおいた方がよい。そもそもこちらも傑作なので、読まないのがもったいない。

 狼たちの宴

 さて、『狼たちの宴』だが、こんな話。
 ゲシュタポの犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンに間違われ、何とか女優殺害事件を解決したユダヤ人の古書店主イザーク・ルビンシュタイン。ボロが出ないうちに脱出したいイザークは、レジスタンスと連絡を取るなか、戦況に大きな影響を与えると思われる機密文書の存在に気づく。脱出をギリギリまで延ばし、文書の奪取に動くイザークだったが、新たに殺人事件が発生し、またも捜査にあたることに……。

 相変わらず巧いし面白い。上でも書いたが、スパイ小説、冒険小説、警察小説、本格ミステリとさまざまな要素が入り乱れ、それでいて破綻なく、バランス良くまとまっているのが素晴らしい。本来であれば非常にシリアスで重い題材ではあるのだが、それをスリルや謎解きなど、幾つものエンタメ要素が混じることでまろやかにし、ユーモアもスパイスとして振りかけられているのもいいところだ。
 もちろん設定の面白さというところが大きいので、ストーリーやインパクトは第一作には及ばないものの、その分、事件の方にページを割くことができ、加えて今回はヴァイスマンの正体を疑うものが多数出てきて、そういう興味での面白さは向上している。特に後者については、ヴァイスマンに惹かれる女性や捜査の相棒、新聞記者など、多くの目がイザークの行動に注がれ、それらをどうやって切り抜けるかも要注目である。

 惜しむらくは、ややご都合主義的に流す傾向があるところだろう。前作でも少し目についたが、殺人事件の犯人を絞り込むところなどもそうだし、正体がバレるピンチもまさかという切り抜けかたをする。この辺りにもう少し工夫があればなおよかった。それらを考慮すると、面白いけれど前作には及ばずというところか。
 ただ、この状況が長く続くようだとさすがに現実的ではないし、下手をすると馬鹿馬鹿しさが先に立つ可能性もある。あまり長引かせず、できれば次作でキッチリと方をつけてほしいところだ。


アレックス・ベール『狼たちの城』(扶桑社ミステリー)

 アレックス・ベールの『狼たちの城』を読む。少し前のミステリマガジンだったかの書評を読んで、第二次世界大戦中のドイツを舞台にした歴史ミステリ、しかもユダヤ人がドイツ人の捜査官に化けて事件を解決するという設定ということで、かなり気になっていた一冊である。
 著者はオーストリアのミステリ作家で、本作以外にも第一次世界大戦後のウィーンを舞台にしたシリーズもあるらしく、これはなかなか期待できそうである。

 狼たちの城jpg

 こんな話。第二次世界大戦の末期、ドイツはニュルンベルクで古書店を営むイザークとその家族のもとへゲシュタポから通達が届く。それはニュルンベルクのユダヤ人からすべての財産を没収し、全員をポーランドへ移送させるというものだった。不安に慄くイザークたちだったが、イザークはかつての恋人クララがレジスタンス活動に関係しているのではないかと考え、密かにクララに相談する。そこで彼女が手配したのは、家族五人を匿うが、イザークだけはドイツ人に扮装して逃走するというものだった。
 ところがイザークに与えられた偽の身分とは、なんとゲシュタポの特別犯罪捜査官というものであった。そして指示どおりに行動していたイザークの前に、親衛隊の兵士が迎えに現れる。イザークは捜査官に成りすましたまま、ナチスが接収した城内で起こった殺人事件を捜査するはめになるが……。

 あ、これはいいぞ。インターネット上のレビューなどをみると賛否両論なので少し心配していたのだが、これは十分に面白いではないか。何なら傑作といってもよい。
 否定的な意見もわからないではない。大きくはミステリとしての弱さ、ご都合主義的なところと、それによる全体的な軽さあたりだと思うのだが、まあ、確かにそういう側面はある。
 ただ、それは本作をミステリとして期待するからいけないのであって(扶桑社ミステリーから出ているので仕方ないが)、本作はミステリとしての要素も含んではいるものの、全体で見ればエンタメ重視の冒険小説とみた方が適切だろう。城内で起こった密室的な殺人事件はスタートダッシュのための原動力ではあるが、実はもう一つメインストーリーがあって、そちらは完全に冒険小説的な色合いが勝っているし、主人公イザークにしても最初は単なる一般人だが、冒険を通して徐々に成長していくところなど、これはどうみても冒険小説の王道である。
 とりわけ後者、イザークの成長物語としての部分は本作の大きな肝でもある。しかもポイントは三つあって、一つはイザークが捜査官ではないとバレないよう工夫を凝らして、捜査官としての行動が様になっていくところ。言ってみれば技術的な成長。二つ目はあくまで小市民としてナチスからの迫害に甘んじるしかなかったイザークが、ナチスや捕虜、レジスタンスらの人々に接することで、少しずつ正義感や使命感に目覚めていくところ。三つ目はそれらの成長を通して、人間的にも大きくなっていくところ。二つ目と三つ目は少々被り気味ではあるけれど、二つ目が社会的な成長、三つ目は個人としての成長と捉えたい。

 ストーリーは文句無しである。主人公の魅力もあるが、やはり本作の要は設定とストーリー展開だ。次々と襲いかかる危機に対し、著者はことさらヘビーに扱わず、気持ち良いぐらいのテンポで主人公にクリアさせていく。単なる殺人事件の捜査だけではここまで面白くならなかったはず、というかスピーディーに扱う必要がないわけで、それを「メインストーリー」と絡ませ、膨らませたうえでスピード感を持たせたところに魅力がある。
 強引すぎたりご都合主義的なところは確かに弱点ではあるが、それらをひとつずつガッツリと対処しているとページ数がいくらあっても足りない。そもそも設定が荒唐無稽であるから、あまりリアリティを求めすぎても意味がない。エンタメ、とりわけ冒険小説としてこのスピード感は重要である。

 シリアスで重い小説もいいが、たまにはこういうカタルシス重視のエンタメ冒険小説も悪くない。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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