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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』(創元推理文庫)

 ホリー・ジャクソンの『優等生は探偵に向かない』を読む。イギリスの小さな町のグラマースクールに通う明朗活発、頭脳明晰な女子高生ピップが探偵役となり、町で起こった事件の謎を解くというもの。昨年、話題になった『自由研究には向かない殺人』に続くシリーズ第二弾である。
 最初にあらためて注意しておくと、本作はシリーズ第二作というよりはほぼ続編であり、なんなら解説にもあるように、前作が第一部、本作は第二部ぐらいの位置づけである。のっけから前作のネタバレ・オンパレードであり、搭乗人物もかなり重複し、ストーリーでもかなり密接に関係する。本作だけでも読めないことはないが、面白さや理解度はかなり落ちるだろうし、本作を読むかたはぜひ先に『自由研究には向かない殺人』を読んでおきたい。

 こんな話。前作の事件は終わったものの、後半はまだ始まったばかり。ピップはこれまでの経緯をまとめてポッドキャストで配信を行っていた。そんなある日、同級生のコナーから兄のジェイミーが行方不明になったので調査をしてほしいと依頼される。前の事件で心身ともにダメージを負ったピップは一旦断ったものの、コナーとその母親の強い熱意に絆されたこと、また、警察が協力的ではないこともあって、とうとう依頼を引き受けてしまう。ボーイフレンドのラヴィ、コナーと共に失踪したジェイミーの足取りを追うが、その影に謎の女性の存在が……。

 優等生は探偵に向かない

 前作は文句なしの傑作だったが、本作もそれに劣らぬ出来ではある。真っ直ぐな性格で聡明な女性でもあるピップというキャラクターの魅力に負うところは大きいが、現代ならではのインターネットやSNSなどをふんだんに盛り込んだストーリーもよくできているし、事件の隠部に潜む問題も、これまた現代的で興味深い。

 特に良かったのはストーリーで、これは前作を凌ぐ面白さがあった。小さな町ではあるが、それなりに人々は闇を抱えており、その糸を手繰るうちに予想もしない事態が明らかになる。その要になるのがSNS。
 ピップの探偵活動にSNSは大きな役割を果たしているが、事件そのものの膨らませかたにもSNSが効果的に用いられており、実にお見事。途中までは実際にありそうな事案なのだが、その裏でもうひと捻りしており、ただの青春ミステリに終わらせないのが巧い。一見突飛だし驚かせられる真相ではあるが、それが思いのほか現実的でもあり、読後に深く刺さってくるのである。

 ただ、一つ気になったのは、ピップである。基本的には頭脳明晰で前向きな女性だが、時には正義感から暴走することもあり、後悔したり傷ついてしまうことにもなる。しかし、それは若さゆえのこともあり、彼女が成長する過程なのだからむしろ自然なことで、基本的には感情移入しやすいキャラクターだ。
 気になるのは、そんな彼女が、なぜポッドキャストやSNSで事件の発信をしているのだろうということ。彼女自身がコナーたちにSNSのリスクを説いているにもかかわらず、むしろもっとも危うい行為を行っているのが彼女だ。自身のことだけを発信するならともかく、いくら友人の兄を見つけ出すためとしても、町のさまざまな人間について実名を出し、発信することにまったく迷いがない。このことが非常に恐く感じられるのである。
 本作は十分面白い作品ではあるが、実は最初からそれがずっと心のどこかに引っかかっていた。ところが国による倫理観の違いもあるのか、作中ではあまりこの問題については触れられていない。果たしてそれがピップの正義感からくるのか、それとも虚栄心や承認欲求からくるのか不明だが、正義のためには手段を選ばないジャーナリストのように振る舞うことで、個人的には大きな違和感を感じてしまうのだ。もし、あなたの友人の高校生が、町内で起こった子供の失踪事件について、急に配信を始めたとしたら?

 ということで、ミステリとしては十分な出来ではあるが、個人的には割り切れないものも残る作品であった。どうやら本シリーズは三部作となるようなので、最終作ではぜひこのあたりもスッキリさせてくれると嬉しいのだが。



ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)

 今年の話題作をこのところポツポツと読んでいるが、本日もその一環。ホリー・ジャクソンの『自由研究には向かない殺人』。

 まずはストーリー。
 ピップはイギリスの小さな地方都市に住む、受験を控えた女子高校生。実父が早くに亡くなった後、母親はナイジェリア人の子持ちの男性と再婚。ピップは母と肌の色の異なる義理の父、弟の四人で暮らしていた。
 そんなある日、ピップは受験資格の一つである自由研究のテーマとして、五年前に町で起こった十七歳の少女アンディの失踪事件を取り上げることにする。当時の交際相手の少年サルが彼女を殺害し、自殺したとされる事件だ。サルの人柄を知るピップは彼が犯人だとは思えず、彼の無実を証明しようと町の人間にインタビューを開始する。するとアンディの秘密が徐々に明らかになり、同時にピップの身近な人間が容疑者として浮かび上がり……。

 自由研究には向かない殺人

 なるほど。これは評判がよいのも頷ける。根幹はオーソドックスながら、非常に上質で爽快な青春ミステリだ。
 主人公のピップが高校生なので、最初は中高生向きのライトなイメージもあるが、実は事件自体はかなり陰鬱。表面的には穏やかな街も、ひと皮めくればドラッグなどの問題や小さな町ならではの差別やいじめ問題が蔓延っている。ピップは調査を進めながらそんな闇に直面し、ときには落ち込み、ときには怒りを覚えながらも、まっすぐに自分の信じた道を突き進む。
 とにかくピップが魅力的だ。明るく前向きな性格、優しさ、頭の良さ、といったいかにも面だけでなく、正義や真実に対して真摯に向き合うところがよい。現代っ子らしい割り切りもあるし、ときには強引な手も使うが、基本的には真面目で純粋な少女であり、彼女のそうしたキャラクターが、陰鬱なはずの物語を軽やかで爽やかな読み物に昇華させているのだろう。

 ピップのキャラクターと語り口が良いので、ほぼ本作の成功は約束されたようなものだが、ストーリーや謎解きも思った以上にしっかりしている。女子高生が探偵役のミステリときくと、普通はスリラーや冒険要素をメインにしたタイプかなと思ったりもするが、本作は違う。むしろフレンチ警部もののようなオーソドックスな本格ミステリであり、足を使って事実を集め、推理を積み重ね、試行錯誤していくタイプなのだ。
 その流れのなかでアンディだけでなく友人や知人の秘密も徐々に明らかになっていく。いわばプチサプライズがテンポよく展開されるという寸法だが、このプチサプライズの組み立てが上手くて、けっこうな長丁場の小説なのに退屈させることがない。ラストの意外な犯人とどんでん返しなども過不足なく、実に良い感じである。

 ただ、警察が最初からきちんと捜査していれば、普通にあっけなく解決した事件ではある。結局のところ、中身はほんとにオーソドックスなミステリなのだが、捜査する主体を女子高生に変えることで、読み物としての魅力がアップしたのはもちろんだが、警察が介入しないゆえのジレンマやハードルが生まれ、ミステリとしての部分にも大きく貢献しているのがミソだろう。
 ライトノベルとはまたひと味違った、「大人のための青春ミステリ」である。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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