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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』(ハヤカワミステリ)

 リチャード・オスマンの『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』を読む。イギリスの地方都市にある高級老後施設クーパーズ・チェイス。そこで暮らす四人の男女によって運営されているのが「木曜殺人クラブ」だ。彼らは毎週木曜に集まり、未解決事件のファイルをネタに真相究明に励んでいるのだが、時には本物の事件に遭遇することもあり……というのが本シリーズの基本形。
 シリーズ第一作の『木曜殺人クラブ』は非常に楽しい物語だったが、さてシリーズ二作目の本書はどうか。

 木曜殺人クラブのリーダー格エリザベスが、死んだと思われていた英国の元諜報員ダグラスから連絡を受け取った。エリザベスとの因縁浅からぬダグラスは、マフィアの持つ二千万ポンド相当のダイヤモンドを盗まれたと疑われており、マフィアにも命を狙われている。しばらくの間、助けてほしいというダグラスの頼みだったが、彼の居場所はあっという間に突き止められ……。

 木曜殺人クラブ二度死んだ男

 いやあ、これは素晴らしい。一作目も十分面白かった。十分に面白かったのだけれど、本作はそれをあっさり越えてきている。前作ではプロットが複雑で少々ゴタゴタしているところがあったり、謎解きのカタルシスが弱かったりと、多少は不満もあったのだけれど、そういった欠点が解消されると同時に、キャラクター造形の巧さや会話の面白さがさらに際立っており、正直、不満らしい不満がほとんどない。

 前作はシリーズ一作目ということもあり、そもそもシリーズになるかどうかも不確かなところがあるわけで、主要キャラクターが主要キャラクターかどうかすらも読者にはわからない。当然ながらサスペンスや犯人当てといった点ではそれが有利に働くという強みがあった。
 しかし、これが二作目になると主要キャラクターが明確になることで、少なくともサスペンスなどの点では大きくハードルが上がってくる。おまけにこのシリーズは主要キャラクターだけでも七名はおり(しかも全員が探偵役として動く)、下手をすれば探偵役より容疑者役の方が数が少なかったりするわけで、その状況で本格ミステリ的な趣向は相当に難しいはずだ。ところが著者はこのハードルを易々と超えてしまったのである。
 成功の理由は、綿密なプロットによるところが大きいだろう。メインとなるダグラス絡みの事件を軸に、木曜殺人クラブのイブラヒムが暴行された事件、地元のコカイン密売人の事件を絡ませ、さらには主要キャラクターのロマンスといったサイドストーリーまでもいくつかトッピングする。しかもそれらが相互に関係性をもち、無駄な要素が一切ない。前作では多少バタバタしたところもあったけれど、本作では各事件の重さにメリハリをつけて、それらの関係性をかなりわかりやすくしている。この点こそが大きく変わった点ではないだろうか。少なくとも本作だけみれば、著者のプロット作りの手際は尋常ではない。

 前作と同じように楽しめるのは、やはりキャラクターの魅力であろう。しかも会話の面白さはさらに磨きがかかっている。そもそも主要キャラクターは七名ほどいるのだが、その他のレギュラーも何名かいるわけで、この大人数をしっかりキャラ立ちさせ、かつ各人に見せ場を作る。七名もいるから、その時々で組み合わせを作って小チームで行動したり、ときには全員でミーティングしたり、その一つひとつの場面がすべて楽しい。

 ただ、あまりに本作が面白いので、ついつい忘れがちになるのだが、本作の舞台は老人ホームであり、主人公は老人である。本作の根底には「老い」というテーマが常に流れているのだ。
 復讐を誓う犯罪者が刑務所から出る頃には自分は死んでいるから問題ない、ペットを飼うと最後まで面倒を看れれない、外出が怖いなどなど、歳を取ることの悲哀を遠慮なく(ただしユーモラスに)教えてくれる。しかし、だからといって彼や彼女は止まることをせず、むしろ今の人生を謳歌し、歳を取ることの喜びもまた教えてくれる。この視点があるからこそ本シリーズは痛快なのだ。

 なお、本国では既に三作目も出版されているとのこと。ああ、早く次作が読みたい。


リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(ハヤカワミステリ)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうと、リチャード・オスマンの『木曜殺人クラブ』に取りかかる。

 こんな話。イギリスの高級老後施設のクーパーズ・チェイス。移住してきた老人はその暮らしをそれぞれに楽しんでいた。ところが敷地内にある墓地と庭園をつぶして、新たな棟を開発しようという計画が持ち上がった。対立する経営陣と入居者たちだったが、やがて経営陣の一人で、建設を担っていたトニーが殺されるという事件が起こる。犯人は開発に反対す住人なのか、それとも利益をめぐって内輪でも対立している経営側のひとりなのか。
 そんななか、警察に頼らず事件を解決しようとする住人グループがいた。その名も〈木曜殺人クラブ〉。元女性警部のペニーと友人のエリザベスと立ち上げた犯罪研究の同好会だったが、いまは寝たきりであるベニーの意志を受け継ぎ、エリザベスをリーダーとして元精神科医や元労働運動家、元看護婦が加わっていた。彼らは策略を弄して警官からも情報を入手し、事件解決に乗り出すが……。

 木曜殺人クラブ

 老人たちの溌剌とした活躍が繰り広げられ、これは実に楽しい一冊。先日読んだ『自由研究には向かない殺人』の対極にあるような設定だが、それでいてユーモラスで暖かな雰囲気は共通するものがある。ラストはほろ苦いものも感じさせつつ、静かな感動があり、読後の印象はなかなか心地よい。

 上手いのはなんといってもキャラクター造形だろう。木曜殺人クラブの面々だけでなく、彼らの家族、友人、警察官、施設の関係者に至るまで、非常に事細かく描写されている。
 見た目や心理描写もあるが、行動を通して心情を伝えるのが上手く、どちらかというとハードボイルドの手法に近いかもしれない。走りすぎてわかりにくい場面もあるけれど、そういう心情の原因になっていたものが終盤で明らかになると、非常に納得度が高い。

 ただ、惜しい点もある。タイトルからもわかるように本作はクリスティの『火曜クラブ』ひいてはミス・マープルものへのオマージュもあると思うのだが、謎解きミステリとしてはその域に至っていない。
 まず事件が意外と複雑というか、大小いくつかの謎が絡み合っているのだが、それほど効果的とは思えない。最初は真っ直ぐで引きこまれるが、中盤あたりから各事件の要素が浮き彫りになってきて、妙にとっちらかった印象になってしまう。物語が広がってワクワクするというよりは、芯になる事件がぼやけてしまった、といえば言い過ぎか。描写においても場面転換を多用したり、人称を混在させるなどのしているが、そのせいもけっこう大きいだろう。
 著者の狙いや、あえてそうしているのは理解できるが、もう少しネタを絞り込んでスッキリさせ他方がラストのサプライズは効果的だし、もっと落ち着いて読ませるほうが、全体の雰囲気にマッチしてよかったのではないだろうか。

 と気になる点も色々揚げたけれど、先に書いたようにキャラクターや雰囲気は非常によい。舞台装置といいキャラクター造形といい、とても新人作家とは思えないほどだ。次回作が出るならぜひ邦訳も期待したい。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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