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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

アリス・フィーニー『彼は彼女の顔が見えない』(創元推理文庫)

 アリス・フィーニーの作品は今年の初めに『彼と彼女の衝撃の瞬間』を読んで以来。いわゆる叙述系のネタを中心にいろいろ仕込んだ作品で、やりすぎ&作りすぎが気になったものの、その甲斐あって面白い作品にはなっていた。それに続く邦訳が本日の読了本、『彼は彼女の顔が見えない』である。

 こんな話。アダムとアメリアは結婚生活がうまくいかず、カウンセラーのアドバイスにしたがって旅行へ出かけることにした。タイミングよくアメリアの職場のクリスマスパーティーでくじが当たり、スコットランドの古いチャペルを利用できようになったのだ。
 ところが当日は天候が崩れ、やっとの思いでチャペルに到着する二人。しかもチャペルでは不可解な出来事が発生し、二人の間には険悪なムードが漂い始める……。

 彼は彼女の顔が見えない

 ううむ、またも叙述系だったか。
 本作の趣向もとにかく凝っている。まずアダムとアメリア、二人の視点がある。さらには第三の登場人物ロビンの視点が途中から加わり、これらはリアルタイムでの進行である。そして過去の回想として、妻がストレス解消のために書いているアダム宛の手紙(とはいえ決してアダムには見せないので、半分日記みたいなものだろう)が挿入され、都合四つのパートで交互に語られる物語となっているのだ。
 まあ、叙述トリックそのもの否定するつもりはまったくないが、読みどころがこれしかないというのはミステリ作家としてどうなんだろう。基本的にはしっかりと書ける作家さんだとは思うのだが、山っけが強すぎるのか、ウケ狙いの気持ちが強すぎるのか、とにかく仕掛けたくて仕掛けたくてしょうがない感じ。もう「信頼できない語り手」どころのレベルではなく、作りすぎの結果、さまざまな齟齬や矛盾が出てしまう。

 とにかくよくないのは、叙述トリックの存在が大前提みたいな作品なので、それを意識するとすぐに仕掛けが割れてしまうことだろう(登場人物が少ないことも損をしている)。個人的には手紙のパートの二回目あたりで全体の構造が見えてしまい、後は動機を探すぐらいの読書になってしまった。
 物語自体が面白ければそれでもいいが、本作については視点の変わり目でいちいちエピソードが挿入されるのもうるさく、まるで昔のゴシック映画でもみている気分になる。たとえば、「アメリアがドアを開けるとアダムの姿が消えていた」という展開でアメリアのパートが終わる。サスペンスを高めるための手法であることはわかるが、次の章でアダムが階段を上がっていただけとか、どうでもいいサスペンスが多すぎるのだ。
 また、各自のパートでも説明的な心理描写が多いのも気になったし、そのくせ肝心の自分の行動はうやむやにしてしまうのも気に入らない。アダムにしてもアメリアにしても、単なる一人称なのに、明らかに自分の胸中を正直に語ろうとせず、つまりは読者を意識して語る感じになってしまっているのだ。そういうのは手紙パートにもあって、手紙で会話を延々セリフとして書くというのはあまりに不自然で、ここでも読者のために読みやすくしているとしか思えない。
 普通に三人称で書けば、それら欠点もかなり解消はできるはずだが、問題はそれを本作でやると平凡な話になってしまうことだろう。『彼と彼女の衝撃の瞬間』の場合は普通の三人称で書かれても面白く読めたと思うのだが。

 あとはどんでん返しの多さもいただけない。ラスト二つのどんでん返しなど、ネタも後出しで、作者の思惑だけでどうとでもなる部分。それで喜ぶ読者もいるだろうが、個人的には余韻を壊すだけで不要としか思えなかった。

 というわけで今回はかなり辛目の感想になってしまった。もう食傷気味ということもあるし、そもそも叙述トリックの弱点としてストーリー上の必然性に欠けるところがあり、そこが個人的には引っかかる。その点が上手く解消できれば、また見方も変わるのだろうけれど。
 ともあれ著者については技術のある作家だとは思うので、叙述トリック以外の、異なる傾向の作品を読ませてほしいものだ。


アリス・フィーニー『彼と彼女の衝撃の瞬間』(創元推理文庫)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうシリーズ。今回はアリス・フィーニーの『彼と彼女の衝撃の瞬間』。

 こんな話。BBCの記者アナ・アンドルーズはBBCのニュースキャスターを突然降板させられ、失意のどん底にいた。しかも追い討ちをかけるかのように、自分が二度と帰りたくないと思っていた故郷ブラックダウンでの取材を命じられる。ブラックダウンはロンドンから車でたっぷり二時間はかかろうかというところにある田舎町。その森で女性の死体が発見されたというのだ。現地へ向かったアナは捜査担当の警部が元夫で、被害者が元親友だったことに驚くが……。
 一方、事件の捜査責任者となったジャック・ハーパー警部は、情熱に燃える若手のデリヤ巡査部長と組んで捜査を開始する。ところが死体を確認してジャックは愕然とする。被害者はジャックと関係を持っていた人間で、殺された当日にも会っていたばかりなのである。やがてジャックを犯人に落とし込もうとする罠が次々と明らかになって……。

 彼と彼女の衝撃の瞬間

 まずは「彼=ジャック」と「彼女=アナ」によって交互に語られるというスタイルに注目だろう。二人がそれぞれの立場で事件を語っていくが、その内容には少しずつ一致しないところがあり、どちらもがいわゆる「信頼できない語り手」である。そこに加えて、ときどき犯人のモノローグが挿入される。この三つの語りがある時点で、著者が叙述的な仕掛けを放り込んできているのは明らかなのだが、では、それは何なのかとなると、この語りとカモフラージュが巧みなこともあって、なかなか真相は掴めない。
 プロットはそれほど複雑ではない。しかし、主人公に関する過去の因縁を小出しにし、かつ現在迫りつつある危機を同時進行させ、さらにはそれを別々の語り手に説明させることで、読者を混乱あるいは誤誘導させることに成功している。
 ただ、本作が素晴らしいのは叙述そのものの仕掛けもあるけれど、オーソドックスな謎解きミステリとしてもハイレベルなところだ。正直、この過去の因縁の部分だけを普通に三人称でやってもそれなりに面白くなるネタだと思う。それを叙述+αでもって三倍ぐらいに捻ってくるから凄いのである。

 個人的な好みもあるが、全般的にやりすぎの感が強いのは残念。もうあざとさの極地というか、著者がミスリードを誘いたくてウズウズしているというか(笑)。彼と彼女による一人称の叙述というスタイルもそうだし、文章やキャラクターの言動もサスペンスありきのところがかなり目立ち、リアリティという面ではやや厳しい。
 もちろんこれらは著者の持ち味なのだろうし、あえてそうしているところは大きいのだろうが、もうちょっと抑えたほうが効果的な感じはする。実際、過剰描写というか思わせぶりなところが多すぎて、結果として最後まで性格が統一されていないようなキャラクターがちらほらいるのは残念だった。

 ということで、そんな気になる点はあれどもトータルでは十分傑作だろう。それにしても近年のベストテン作品はこういうタイプがずいぶん多くなったようだ。それとも出版社がこういうものばかりを選んで翻訳しているのだろうか。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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